◇行方昭夫先生『サマセット・モームを読む』(岩波書店)読み終える。岩波市民セミナーでの講義をもとに書籍化された本。行方先生の声がありありと聞こえてくるような、読みやすくてためになる一冊だった。
モームが日本に紹介されたときの経緯や来日時のエピソードも明かされる。当時の「モーム来日」騒動というのは、今なら「レディーガガ来日」みたいな扱いだったのだなあとイメージを重ねてみる。客層はまったくちがうだろうけど、セレブ来日に振り回される人たちのミーハーっぷりが、なんだか、変わらないなあ、と。
「人間の絆」「月と六ペンス」「サミング・アップ」「かみそりの刃」「赤毛 大佐の奥方」それぞれの作品の読みどころの解説が、楽しい。作品を読んでない読者や、話を忘れてしまった読者に対しても、、あらすじがわかるよう、講義が進んでいく。モームの人間観や、その解説を通した行方先生の人間観がちらりちらりと語られるあたりに、興味をひきつけられる。聴衆にもマニアックなモームファン&行方ファンが多かったようで、質疑応答のレベルも高い。
数々のモームの人生観の指摘のなかでも、心に響いたものがいくつかあり、以下、メモ。
・人生はペルシャ絨毯。人生に意味はない。明るい色ばかりじゃ絨毯は味気ない。暗い色彩、悲しげな模様もあってこそ、深い味わいのある豊かな絨毯が織り上がる・・・という「ペルシャ絨毯の哲学」。
・人間は不可解で矛盾に満ちていて、首尾一貫などしていないこと。
・恋が報いられるということは、めったにない、ということ。だから逆に、そういう恋を得られたら、この世は奇跡となり、人生に深い意味が与えられるように感じてしまうものであること。
エッセイ集「サミング・アップ」を時折、読み返すのだが、いつも感じるのは、モームは「正確」だいうこと。人間の心の動きのいや~な部分も、偽善など取り払い、率直にありのままに見て、「正確」に表現するのだ。読者の反感を買わず、ありのままに、正確な人の心の動きを記述する。自分でエッセイを書こうとするとわかるが、これはなかなか、たいへんなことなのだ。いやなやつだと思われたくないために、偽善のオブラートをかけてしまいがちである。でも、作品が普遍性を帯びるためには、シビアに正確さを追求する(そしてなお愛される)技芸が不可欠なのだと実感する。
◇朝日新聞17日(土)付の、磯田道史の「この人、その言葉」。堺利彦の巻。
「心の真実を率直に大胆に表すことを勉めさえすれば文章は必ず速やかに上達する」
たまたまモームの文章から考えていたことに響き合ったので、膝をうつ。
<真実を語ること><腹案>のほかに、<気乗り>が重要、という点にも、共感。「『よく寝る。散歩する。旅行する。場合相応の本を読む。他の仕事を片付ける』などして<自分の頭の機嫌を取って>調子のよい時に筆をとる。具体的に読み手を想像しその人に語りかけるように書くといい」。
先生の『モードとエロスと資本』に触発され、四方田犬彦氏の『「かわいい」論』ちくま新書(2006)も読んでみました。
「かわいい」の歴史からそれを取り巻く特徴的な間隔・「かわいい」のグローバリゼーション化など緻密に分析されています。
四方田氏の書籍は以前から読んでいましたが、この本は知りませんでした。
ぜひ、中野先生と四方田先生(明治学院大学言語文化研究所所長兼任)で「エロスとかわいい」について対談して『文芸春秋』あたりに載せてください。いやマジで(*゚▽゚)ノ
>Kiichiroさん
ご提案ありがとうございます。
このご提案が、どこかの雑誌の編集者の目に留まることがあれば(笑)。
そうそう、クニッゲの「人間交際術」買いました。いまどきの若い人にうけそうな「超訳」版の方です。こういうの、増えてますねえ。
The Summing Up サミング・アップ / モーム
昨年の忘年会の時、「好きな映画と好きな本をあげてみて…」 というお題があり、その3冊の中にあげた1冊がこの本。 NYから戻ってきたばかりの時、少し時間があったので、 読書の時間にあてたりしていたけど、その頃出会った本だったっけ。 The Summing Up サミング・アップ / W. Somerset Maugham サマセット・モーム http://wwwmode.kaori-nakano.com/blog/2010/07/post-da42.html……