毎日楽しそうでけっこうですね、と皮肉交じりに言われることもあるが、多くの人々の例にもれず、生活の半分以上は苦い思いをしたり、辛抱したりすることでなんとか成り立っている。ただ、知らない人まで暗い気持ちにさせたくはないので、明るい話題しか口にしないし、書かない、というだけのこと。他人の不幸話やみじめ話は蜜の味、ということもあるけれど、それはまた別のカテゴリーでの話。
ただ、ビターな思いというのはそんなに嫌いではない。苦さを味わえばこそ、嬉しいことがあったときのありがたみも増すし。苦い思いがすっかり親しいものになっているということもある。
忘れかけていた過去のビターな思いと直面する必要に迫られた夜。シラフでは行けないなあと思って直前に立ち寄ったいつものバーで、バーテンダーが出してくれたカクテルが、"Fine and Dandy "であった。 「あまり女性にお出しするカクテルではないのですが」とのお断りつき。ジン、コアントロー、レモンジュースに、ビターズが1ダッシュ。フレッシュで苦みが強い。芯のある苦みが心地よい。
Fine and Dandyというカクテルが存在することすら知らなかった。Fine and Dandy、1930年代にブロードウェイで歌われて、ジャズのスタンダードにもなっているらしい。
英語のイディオムとしても使われる。excellent と同じような意味で使われるが、そこには皮肉がこめられる。’How are you?’ と聞かれたときに、’Everything was fine and dandy, until my girlfriend left me.’ (彼女にフラれるまでは、何も言うことはなかったね)とか。
‘Our boss suggested going abroad on vacation'(上司、休みに海外に行くんだとさ)という話がでたときに、’That’s fine and dandy for him, but what about the poor assistants like us?’ (そりゃけっこうなことで。でもわたしらビンボー人は)とか。
楽しそうですね、などと言われたときに、どんなにみじめなことがあった後であったとしても、返す言葉としては、なかなかいいようだ。Yes, everything is fine and dandy.
ダンディズムの本なんぞ書いていながら、こんなdandyの使い方も今さらはじめて知った。ほんとに、知っているべきことに上限というものがない。なさすぎる。
それにしても、このバーがすごいのは、いつも心の状態にあったカクテルを「処方(prescribe)」してくれて、新しい発見や知識を与えてくれること。偶然が重なってるだけかもしれないけど(笑)。たしか、カウンターのアンティークっぽい酒棚にはPrescriptionというような文字が見えた記憶があるが、本来、お酒とはそういうものであったかもしれないな、と腑に落ちる。
ちょっとだけ覚悟していた過去との直面のほうは、苦みなどすっかり薄まって、水みたくさらさらの無味無臭になっていた。ほっとすると同時に、これはこれで、やや拍子抜け。
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