このたびJクオリティ認証第一号となったのが、グランプリを獲得した三陽商会のSanyo 100年コートです。
三陽商会が2013年に会社設立70周年を迎えたことをうけ、「コートのSanyo」を象徴するようなものを作りたいという思いから発足したプロジェクトです。
「日本における匠の技を集結させ、世代を超えて永く愛してもらえるコート」がテーマ。100年オーナープランを打ち立て、たとえばベルトが痛んだ、生地が色あせた、というときにも、三陽商会が100年にわたってケアし続けるとのこと。
実際、着用させていただきましたが、見た目よりも軽く、とても着心地がいい。細部に至るまで丁寧な作りで、三陽商会のプライドの象徴、という言葉にも納得がいきました。デザインにクセがないことも、タイムレスで着続けるための条件ですね。
このコートにつき、ある方から、「トレンチなのにベルトにDリングがついていない」と指摘がありました。トレンチコートと銘打っているわけではないので細部をそこまで再現する必要はないのではと思いましたが、やはり、服にうるさい方にとっては、細部こそが重要になるのですね。いちおう、開発担当者である三陽商会の梅本祐助さんに質問してみました。
以下は、「トレンチ型の100年コートにDリングがついていない理由」、梅本さんからの回答です。長すぎるところなど、ほんの少しだけ、アレンジを加えてありす。
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三陽商会の歴史に登場したトレンチコートの代表作『ササールコート』が原型だからです。
100年コートは元々開発する際に、三陽商会の象徴となるものを作りたいとのコンセプトや想いがありました。
もしコンセプトが本物のトレンチを作りたいから始まっていれば、おっしゃるようにDリングを付ける事もあったかもしれません。
デザイン面でのリソースになっているのは、弊社創業者吉原信之が1959年に当時三陽商会で一番ヒットした(1シーズン5万着売れた)と言われている、映画3月生まれでジャクリーヌササールさんが着た『ササールコート』がベースになっております。
Dリング以外にも背中のアンブレラヨークやガンパッチ等、特徴的なデイテールがデザインソースで当時のトレンチコートにもDリングが付いておりませんでした。
ササールコートは婦人のトレンチコートなので紳士では付けようか?との議論もあったことは事実
ですが、三陽商会らしさを大切にしたかったことや、紳士婦人で並んだ時に違和感の無いように、Dリングをなくしています。
また、もう一つの理由として、
100年コートが描く未来に向け必要が無い付属品だと判断したからです。
ご存知の様にトレンチコートの起源は1914年に英国陸軍が第一次世界大戦の際、塹壕用に作ったコートです。元々はタイロッケンのコートをベースに作られていると思いますが、当時戦時中だった為に、手榴弾をぶら下げるようとDリングが付いておりました。
また当時は腕を負傷した兵士が袖を通し易い様にラグランスリーブにしていたり銃や水筒を掛けられるように肩章が付いていたりと、デイテールの全てに意味があり塹壕が戦争中に必要な装備を付けトレンチコートは作られていました。
上記の事から紳士用のコートがトレンチコートの起源という事だと思いますが、ササールコートを創業者が作った時代は女性が社会に進出して、お洒落着としてトレンチコートを着ており、女性のコートにDリングを付けるということはおそらくですが創業者は考えなかったと推察しています。
また、三陽商会は1943年に設立し最初の3年はコートを作っておりませんでした。(当時は石を切る機械やパンクしないゴムボールを作っていたそうです)
その後に起きた第二次世界大戦により創業者は全てを失い、軍隊時代の友達から防空暗幕が日本画材という会社の倉庫に眠っているのを聞き、雨を凌ぐレインコートを1946年に作りました。
非常に大変だったと想像される時代の中で、二度と我々も戦争が起きて欲しくないとの思いもあります。
色々と調べましたが特にDリングについては武器等をぶら下げる以外に意味が無く、今の時代やこれからの未来に必要のないものだから外しました。
私がもし仮にバーバリーの企画をやっていてトレンチコートを作るなら必ず原点であるトレンチコートをコンセプトにするのでDリングを付けます。
またメンズで本物のトレンチコートを作る事が目的であればもしかしたらDリングを付けるかもしれません。しかしながら、今回の100年コートは男性も女性も親から子、子から孫へ受け継いで欲しいとの思いがあります。2013年の当時から100年先を考えて未来に向け意味のないものは付けないとの理由が一番大きいかもしれません。
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とても説得力のある回答ですよね。このような作り手の思いがわかると、コートの見え方も変わってくることがあります。