セルジュ・ルタンスの新作「光の王国」コレクションの発表会。銀座・資生堂ビルにて。

ルタンスならではの詩的で芸術的な世界に一瞬にして導かれる光のコレクションです。赤・金・黒のアラベスクをまとったボトルは、砂漠と文明のあいだに張られた「金の架け橋」を思わせる。東西の神話と現代生活に橋を架けるパルファムのコレクション。

今回の意図のひとつは、素材主義の復権です。ローズ、レザー、タバコ、シプレ、アイリス、ウード。いずれも香水史においては定番ですが、扱いはあくまで現在形。過去の記憶(手袋香や交易路の風景、儀礼の香)が肌の上で再編集されます。

以下、5種の香水の概略的なご紹介です。詩的な表現はこれでもかなり省略しています。本家の言葉はさらに難解すれすれの豪華絢爛な文学世界。

“Sidi Bel-Abbes (シディ・ベル・アッベス)” 。しなやかな革に、蜂蜜のぬくもり、煙草の陰影が寄り添い、夕陽を吸いこんだような密着感が残ります。強さはあっても角はない。近づけば、布の裏地のように滑らかで、離れがたくなる。個人的にレザーは苦手なことが多いですが、これはいつまでも深呼吸していたくなる温かみと落ち着きがあります。かなり好きな香り。

 “Cracheuse de Flammes(クラシューズ・ドゥ・フラム 火を吹く女)”。ダマスクローズの紅が、スパイスとアンバーの微熱に息を吹きかけられたように艶めくイメージ。勝ち気な女神の物語を借りながら、光輝だけを残す。視線を集めるのに、近づくほど柔らかい。そんな矛盾を楽しめます。私はローズ好きを公言しておりますが、これには完全に心を奪われました……。自分史上、最も魔力を感じたローズかもしれません。

“Tarab(タラブ)”。清冽なシブレです。端正なシトラスに始まり、オークモスとラブダナム、パチョリが層を重ねます。灼けた石畳に立つ足もとを風が抜け、暑さと冷気が溶け合う瞬間が訪れるというイメージ。ノスタルジアを品格に変える、研ぎすまされた輪郭をもつ香り。

”Zurafa(ズラファ)”。アイリス、白の威厳。アイリスの一般的なイメージを快く裏切り、可憐ではなく端正、甘さではなく余白で魅了してきます。言葉の代わりに品位の沈黙を残す、というか。

”Bois Roi D’Agalloche(ボワ・ロワ・ダガロッシュ 王の木)”。ウード。影の金属光沢。宗教的な厳かさと世俗の官能が一瞬同じ高さで交わります。只者ではない、宗教的な別次元へ連れていかれる感じ。香りをまとう人を「神に変える」(!)という表現を使って陶酔させることができるのは、ルタンスだけ。

五つの柱は、香りのワードローブとして機能します。距離を縮めたい夜はレザー&タバコのぬくもりを。舞台に立つ日にはローズの輝きを。思考を整える会議室にはシプレの清冽を。余白が必要な場にはアイリスを。節目を刻むならウードを。選ぶたび、香りは装いと場に共鳴し、日常に文学的なめりはりが生まれます。

「人を神に変える」という表現がうそくさくならないルタンスの夢の香水は、厳しい現実を生きぬくための力を与えてくれます。

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