スーツとか大人の男性服を扱う時に、「モテる服」「女性ウケ」とテーマを設定すると食いつく方も多くいらっしゃるのかもしれないですが、根本的に間違っているのではと感じることが少なくありません。もちろん、個人的な意見なので、「それでも売れるからやる」と言われればもちろん反論はしません。

漠然とした「モテ」や「異性ウケ」は、装いの価値を他者から選ばれることに置く発想です。

およそ主体性をもつ、成熟した人間に求められるのは、選ばれるための服というより、自分がどのような人物であり、周囲にどのような空気をもたらすのかを示す服なのではないかと思うのです。「女性からモテるか」 から 「誰と、どこで、どのような関係を築く人に見えるか」を考えるべきところです。

さらにいえば、「女性ウケ」を第一におくことは、男性の装いを女性の承認によって価値づける、古い異性愛的な構図でもあります。女性向けファッション番組で、街の若い男性に女性モデルを並べて「どれがいちばんおしゃれか」と選ばせれば、かなり露骨な違和感が出るでしょう。性別を逆にすると見過ごされがちな非対称性が、ここにも残っています。そこにすがっていることじたいが、「古く」見えてしまいます。

本当の意味でモテたいのであればむしろ、モテ云々の発想に振り回されることから脱するのが早道です。「モテを脱する」とは、魅力を捨てることではなく、魅力の射程を広げることでもあります。異性から選ばれる魅力から、性別や世代を越えて信頼され、また会いたいと思われる魅力へ移る、ということです。そのために不可欠な要素こそ、主体性。

もちろん、「(具体的な)相手の喜びそうな服」を想像して着ることは主体的に考えている行為の一つでもあります。漠然とした不特定多数に近い「女性ウケ」なるものとは別物です。

筋の通った主体性をもって初めて、大人の男性の装いは次の段階に入っていくのでしょう。

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