加藤和彦『エレガンスの流儀』(河出書房新社)。メンズファッション誌のスター、とりわけ日本人となると、かなり限られてくる。白洲次郎ブームがひとしきり続いたあと、近頃、あちこちで取り上げられているのが、加藤和彦氏。没してから、本が続々出版され、雑誌でも特集を組まれるようになっている。
この本も、生前の「GQ」の連載を、没後にまとめた本。これがかなり粋なエッセンス満載で、うなるところ多々。
エレガンスの模範とされていたウィンザー公をばっさり、のくだりには、驚きながらも感心。
「公を見ているとエレガントというものが逆説的に分かってくる。我慢がないのである。公は好きなように、王位を捨てたごとく思うがままに、多少屈折して服とつきあった。其れ故非常に目立った。しかし、目立ってはいけないのである」
ロンドンにおけるテーラーでの過ごし方をつづったくだりにも、「やられた!」感あり。テーラー=整形外科医説には、うなる。
Yohjiの服を語りつつ男の優しさを論じたあたりも、シブい。
「『優しく』は、するのではなく、なるのだと思う。自分自身に対して、強く、ハンブルになればなるほど、優しくなる。やせがまんでもなく、偽善でもなく、自棄でもなく、自身に謙虚であることが優しさを生む。ストイシズム的な苦楽超越ではなく、自然体の冷静な生きかたが好きである」
そういう感じが、Yohjiの服にはある、と。
JFKのスーツが、IVYの権化とされていたが、実はすべてサヴィル・ローのヘンリー・プール製であった、という指摘には、ええっ?!と。
「サヴィル・ローをしてナチュラル・ショルダーを作らせてしまい、着こなしとしてアメリカ・イースト・コーストの香りが漂っていたのは流石である。
こういう普通さ(本当は普通ではないが)が好きである。一見して出どころが分かるような着こなしは、お里が知れるというものである」
これほど「かっこよさの本質」や男の作法を知りつくした日本の男性がいたとは……。生前にお話を伺っておかなかったことを、心底惜しいと思わされた本。
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