☆カキモトアームズ青山店の西岡さんが「今日の服にはコレです」と有無を言わせず作ったヘアです。
顧客の意見をきかず、むしろ提案、啓蒙する。そのくらいのサービスを提供してくれるからこそ高い価値がある、ということはいろんな場面で見られますね。
「ラグジュアリー」として高い価格を張れるのは、顧客の想定外を出してくる啓蒙型です。顧客の思い込みをむしろ打破して「こうきたか!」と驚かせることができるか。
エルメスも「マーケティングをしない」ことが知られていますね。
☆先日のカルティエ展覧会での驚きのひとつは、北野武さんの絵画がたくさん展示されていたこと。なにをやらせても一流なのですね。この方の、芸術の本質を見抜く力がよくわかるのがForbes Japan 掲載の記事。
「本当の伝統のよさ」について語っているのです。以下、引用します。
「例えば、なんで俳句や短歌の七五調はこんなにリズムが心地いいのか。綾小路きみまろと川柳をやったとき、オイラは『5・7・5って素数じゃないか』と思ったんだ。5も7も素数。足しても素数。短歌もそう。5+7+5=17、5+7+5+7+7=31、どっちも素数なんだ。「古池や」に続く「蛙飛びこむ 水の音」の7・5は割り算では割れない。「古池や」以外の言葉じゃありえない。
で、奇数を足していくと二乗になる。1+3=4(2の二乗)、1+3+5=9(3の二乗)、1+3+5+7=16(4の二乗)。
これを映画に置き換えてみると、シーンを1秒撮って、次のシーンが3秒、5秒と足していくと、奇数だけ足して二乗になる。映像が倍返しみたいになって、心地よい「間」が生まれるんだ。漫才もそうでさ、奇数と偶数のかけ合いになると間が悪くなっちゃう。
尺の違いに着目して、居合いみたいに間合いを詰めていったら、単なる笑いじゃなくて二乗の笑いが爆発するかもわからない。いままで誰もつくったことがない「二乗のリズム」が映画に生まれるかもわからない。革新の発想だよね。」
まさか、俳句や短歌と映画のリズムの心地よさが「素数」でつながってくるなんて。こういう意外なことがつながる快感が、北野さんの描く絵にもあるんですよね。
そういえば、銀座に北野武さんの絵画がたくさん飾られている喫茶店があるんですよ(神田神保町にも支店があるそうです)。陶磁器もヨーロッパの一流ブランドがそろっていて、オーナーの趣味の良さを感じることができます。インバウンド勢に蹂躙されたくない(ゴメン)お店です。
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