ラグジュアリーの価格は本当に不条理だ。というのも、ラグジュアリーの価格を最終的にどうでもよくしてしまうのが、感情だからだ。昨今、一部ではとくにアート市場と同じような感覚で価格がつけられている。バッグが数百万円。それでも買う資格を得るために課金行列まで生まれる。マーケティングの勝利である。

本気でその市場のプレイヤーになろうとすれば 人間のありとあらゆる感情の動きをとことん研究すべきだと思う。価格なんて忘れるほど、価格以上の価値があると感じさせるほど、人間の欲望を突き動かすような感情。

人と違いたい。「上」あるいは「特別な人間」に見られたい。ステイタスを誇りたい。美しいと感じたものと一緒にいたい。投資という名目のもと「損したくない」。ちやほやされる顧客体験にひたりたい。すごい、いいね、と言われて気分よくなりたい。夢見た自分になりたい。最高のものに囲まれていたい。新しい自分にワクワクしたい。いろんな感情がうごめいている。プレイヤーはそれを巧みに購買につなげていく。

人間の感情なのでそこに善悪や倫理をもちこむつもりはない。ただ、万一、翻弄されてるなあと感じるようなことがあれば、自分の感情をありのままに徹底的に分析するのも悪くないと思います (困ってなければ放置していいと思いますが)。

ラグジュアリー領域に関わるには人文学が重要とかねてから書いていますが、歴史や文化の素養だけでなく、ますます文学や心理学の要素が求められていく。

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