「記憶に残るドレスは、ただ見た目が素晴らしいだけでは不十分です。
それは、わずか数ヤードの布や、前と後ろのスケッチにすぎないものではありません。
そのドレスには、着る女性を魅了し、心を躍らせ、変容させるだけの十分な魅力と神秘を織り込まなければならないのです。なぜなら、ドレスを忘れがたいものにする最も重要な要素は、ほかでもなくそれを纏う女性だからです」(”100 Unforgettable Dresses”にアルベール・エルバスが寄せた序文より)
先日、あるウェディングドレスをめぐるレンタル店と利用者とのやりとりがSNSで大きな反響を呼びました。レンタル予約されていたドレスが、別の場面で意図せず使用されたと伝えられたことから、利用者が不満を示し、議論は職業観や価値観の問題にまで広がりました。
このできごとは、ドレスという一枚の衣服が持つ力をあらためて思い起こさせます。アルベール・エルバスが『100 Unforgettable Dresses』の序文で述べたように、女性の魅力と一体となったドレスは単なる布切れではなく、女性を変容させ、その瞬間を永遠に刻む力を発揮します。マリリン・モンローのゴールドドレスやオードリー・ヘプバーンのジヴァンシーのブラックドレス、ダイアナ妃のウェディングドレスやリベンジドレスが、ある時代の象徴として歴史に刻まれているように、究極のドレスは人の人生を変容させ、社会の記憶に残るほどの力を発揮します。
そして忘れてはならないのは、その力が価格やブランドに依存するものではない、ということです。高価であるか否かにかかわらず、「その人にとって」究極の一枚であるならば、それはラグジュアリーの領域に属します。ラグジュアリーとは、人の心を高揚させ、自信と輝きを与え、変容をもたらすパーソナルな体験そのものだからです。
今回の一件は、職業観や背景の違い、そもそものデザインを持ち込んでの論争にも発展しましたが、ドレス、とりわけウェディングドレスが女性にとってどれほど大切で特別な存在であるかを私たちに思い起こさせるできごとでもあったのではないでしょうか。着用者の心を曇らせることなく高揚させ、歓喜と自信を与え、新しい自分へと変容させるほどのパワーをもつもの、それが「その人にとって」高い価値をもつウェディングドレスなのです。一点でも心を曇らせる何かが入り込めばすべて台無しになる、だからこそウェディングドレスのデザイナーも業界は最大限の配慮を怠たらない。
たかが服、代わりはなんだってあるでしょ、という見方もあるでしょう。その一方で、ドレスと女性と歴史にはこのような本が書かれるほどの歴史があるということを知ったうえで、一枚のドレスが生み出す変容と記憶の力をもっと尊重してもいい。と思っています。
*ウェディングドレスのデザインに生涯を支えた桂由美さんについても、『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』に詳細に解説しました。ぜひお読みになってみてください。


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