「王様の仕立て屋」4巻~7巻。服×人生のエピソード、よくこれだけ考えられるなあ・・・と感心しつつ、楽しむ。とくに印象に残ったことばをメモ。
・4巻<ミラノの春>
「ナポリは赤の他人でも紹介された次の日にはチャオと呼び合う街だ 人の心の垣根を払う雑把な風土が産み出したのがナポリ仕立てなんだ」「ダヴィンチだのストラディバリウスだのド完璧な芸術ばかり眺めてる方々にゃ解り難いか知れないがね ナポリは皺も楽しむのさ」
・同<アジアの旅人>ナポリの名士とイギリスの名士の、いずれゆずらぬ服談義がおかしい。
(伊)「私も一度 話のタネにロンドンでイギリス服を作った事があったが 三日と着ていられなかった 重くて窮屈でまるでコルセットだ 水を飲み下すのも難儀だから ダイエットには向いてるかもな」
(英)「服が窮屈でどこがおかしい! イギリス人はきりりと身だしなみをして自らに紳士たる矜持を刻み込むのだ 油だらけの料理で腹がせり出すに適した服など間抜けの極みだ」
(伊)「口を慎め若造! 腹がせり出す程物が食えぬとはいっそ哀れな事だ 白身のフライとスコッチしか受けつけぬ体なら 大人しく自分の庭でウサギでも追っているがいい!」
結局、主人公が仕立てたチノパンが和解の鍵になるのだが。
「イギリスの紳士は人前で滅多にジャケットを脱がないから イギリスのズボンはジャケットとの調和を焦点に仕立てられる」「片やイタリア人はジャケットを脱いでも格好よくありたいと思っている つまりジャケットを脱いだ後にもエレガンテを表現できるように仕立てるのですな」
・5巻<醜いアヒルの子>
「ブレザーにジーンズを最初に合わせたのは かのポップアーティスト アンディ・ウォーホルだ」「エドワード7世がズボンに折り目を入れたように ウィンザー公がセーターをゴルフウエアにしたように 掟破りが新しいファッションのスタンダードになった例はいくらもある そもそもラグビーの起源こそサッカーの掟破りだったんだ」
「あのスタイル(ブレザーにジーンズ)には裏話がありましてね あのスタイルはウォーホルが友人のフレッド・ヒューズを真似た物だという ヒューズは上から下まで全てをイギリス製で統一するイギリス気質で ヒューズが着るとリーバイスさえサヴィル・ロウ仕立てに見えたそうだ しかし知名度はウォーホルの方が圧倒的だったから ウォーホルルックとして定着してしまった」「受け継がれる伝統の中から 突然 発生する 革新のスタイルが心を自由にする ファッションってのは本当に不思議ですね」
・6巻<かあさんの歌>
「わざわざ仕立て屋に来る客ってのは 単に服だけを求めちゃいません 大なり小なり服によって変わる幸福を求めていらっしゃる」
・同<邪道の粋>
「邪道 屈折 大道芸・・・・・・ そいつあ歌舞伎役者にとっちゃ最高の褒め言葉でござんすよ」「”歌舞伎者”とは”傾く者”・・・・・・ とどのつまりは世の中を奔放にわたる無頼の表現でござんしてね 日本は徳川の御世に何度か贅沢禁止のお布令が出て歌舞伎も弾圧された歴史がござんす」「しかし やたらにお上の目が行き届く狭い日本で馬鹿正直に突っ張ったって面白くねえ そこで生まれたのがお上の見えないところに金をかける粋でござんす それでも裾からちらりと覗くのが奥ゆかしいんで 流石におっ広げて見せびらかしちゃ お里が知れますがね」
・7巻<ダンディの条件>
「(フレッド・アステアは)『ダンスの神様』と呼ばれた名優だが 体格は小柄で貧相だった だが彼はその体型を包み隠さない着こなしでダンディズムを見事に実践した」「格好のいい着こなしはまず自分の体型を認める事にある 意外かも知れないがダンディで名を残している人の多くは小柄だ 小柄ならではの軽快感や敏捷性がそのまま魅力にできるからだ」
ダンディと呼ばれた人は、みな世間的に「欠点」とされるものをプラスの価値に転じた人たちだった・・・・・・という話はおもにイギリス男を中心に扱った拙著にも書いたのだが。アメリカ人でもイタリア人でもたぶん日本人でも同じなんですね。欠点を魅力や長所に変える強さの秘密をうかがい知りたくて、もともとカンペキな美男よりも、はるかに興味がつきない対象となるのである。
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