6日、「matohu」のデザイナー、堀畑裕之さんを中野キャンパスにお招きし、特別講義をおこないました。
異国から見たジャポニスムでもない、語りつくされてきた「和」でもない、身近にありながら言語化されていないために気がついていないような日本の美意識。そんな美意識に目を留め、それを衣服を通して表現する、という活動を続けている「matohu」。
5年先のコンセプトをあらかじめ設定し、5年分のインビテーションをまとめて、慶長の美を伝える「絵巻物」にするという長いスパンで見た「待とう」の姿勢もユニーク。ファストファッション&グローバリズム全盛の時代におけるこの姿勢こそが、なによりもかっこよくて貴重だと思う。
詳しいお話はOPENERSのほうでも後日アップされますが、本欄では、とくに印象に残った「日本の眼」シリーズから、メモ程度ですがお話いただいた日本的コンセプトをご紹介。
1.かさね色目=風景+色+言葉、で表現される。「花冷え」「川添の菜の花」「イルミネーション」など。風景を思い浮かべ、それを色で重ねていき、言葉を添える。そこに現出する豊かなイマジネーションにあふれる世界。
2.無地の美。むらや茶渋、ひびわれにこそ美を見てきた日本。お盆の塗装がはげていく過程にも同じ美が。とすると、ふだんなにげなく素通りしている景色の中にもこの美はあるかも。はげかけた塗装。表面がはがれかけた樹の幹。それを生地で表現すると…?
3.映り。一つだけでは生まれなかった美しさが、組み合わせることで互いに映えあうこと。料理と器、花と花器など。
4.見立て。質実剛健な道具、うちすてられた廃材を、花器に見立てて別の命を与えるなど。
5.やつし。格式のあるもの、豪華なものをあえて簡素にすること。遠山の金さんや水戸黄門もこれにあたる。そっけない麻に見えるんだけど、実はシルクで、着た人にしかその贅沢さはわからないようなもの。繊維をあえてとかしてぼろぼろに見せるんだけど、実はそのぼろが千鳥柄になっていたり、下の色を透けて見せさせたり。
6.あはい。余白や間に漂う詩情。空間恐怖のように装飾で埋め尽くす西洋的な美の概念にはない世界。
はっとさせられる哲学的で詩的な見方を教えられた、「あはい」豊かな時間となりました。言葉を得ることによって、風景やファッションの見え方が変わる。まさにそんな瞬間を体験しました。美しさは、見る人の心の中に生まれるものであり、身近な美に気づき、想像力を働かせることでこそ新しいファッションが生まれるのだということも、実例とともに実感。日本特有の繊細な思考にして表現、自信をもって世界への発信を続けていっていただきたいと強く思います。
待つことによって成熟を促すのは、素敵なこと。そうですね。あんなこんなの、さまざまな人との関係も、結果を焦らず、待ちましょう^_^;
キャンパス前で記念写真。私が着ているのが、先日、店舗におうかがいしたときに買った今シーズンのmatohuのコートです。丁寧に紡がれたたっぷりとした服地、ひとつひとつ異なる形の「あはい」あるポケット、千鳥が舞う白い裏地、さりげなくつけられた首元のファーなどに、デザイナーの繊細な美意識が感じられる、着心地のよい一着です。…にもかかわらず、留めてない胸元のボタンがあるとか、着るヒトの繊細さがあまりにもなさすぎでほんとにごめんなさい(T_T)