現代の日本には真面目な人が多い。ただ、自己啓発が好きすぎて、自己啓発病、みたいになっているのじゃないかと見えることもある。他人が勧める方法論をぐるぐるなぞるばかりでますます均一・横並びになっている。インスタグラムでアピールされるメイクも同じ。美容医療の成果なのか顔のパーツの形まで同じになっている。難のない、大量生産型を目指すと安心を得られるのだろうか。
思い出すのは、シャネル社元社長、リシャール・コラスさんの講義である。2011年から3年連続でおこなわれており、2013年にも聞く機会に恵まれた。
最後の質問タイム 「コラスさんが考える女性の美しさとは?」 コラスさんの答えは、シンプルだった。
「自分であること」。
イメージとしてコラスさんの脳裏にあったのは、ブランドの始祖ココ・シャネルであろう。自分であることを貫き、自分が勝てるコンテクスを創り上げていったシャネルは、社会変革までもたらした。
世間が決めるスペックをよりどころにしない。「世間並み」のアリさんレースを突き抜けて、「比較級のない」ラグジュアリーな海に泳ぎ出るには、自分を知り、一貫した行動を、限界突破しながら一定期間継続するのが基本中の基本、と当時、メモしていた。
人生に疲れも入ってきた今だったら、「そうか、猫を見習おう」と思うのだが。
突き抜けるにせよ猫になるにせよ、ラグジュアリー・クエストの旅は、どれだけ本来の自分を活かせるか、という挑戦と不可分になる。
日本のラグジュアリーに関してもそうで、どれだけ日本が本来もっている有形無形の文化資産に気づき、活かせるか、という挑戦につながってくる。
話が大きくなって恐縮だが、つまり、よそで成功した方法論の模倣を続けている限り、永久に「比較級」の劣等版から逃れられないということ。
オーセンティック(真正にその人であること)を追求するほうが、はるかに本物の安心に近くなる。
(写真は、能登空港へ向かうANAの機内から見えた富士山)
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