紳士服業界にある方々にはつとに「常識」になっているのだが、今なお、政治家のなかにも「常識」が浸透していないと見受けられる場面が多いので、重ね重ねではあるが、ボタンダウンのシャツを着用する際の注意として記しておきます。
***************************
ボタンダウンのシャツは襟がきれいに立ち、ネクタイとも相性がよく、ネクタイなしでも様になる。実用性に優れた一枚である。
ひとつだけ注意したいのが「公式の場」での使用である。ボタンダウンはその成り立ちや印象から、いわゆる「格式」を重んじる場にはあまり適さない。その背景を少しだけ。
ボタンダウンシャツの起源は19世紀末のイギリス、上流階級の間で人気だったポロ競技にある。騎乗中に襟が顔にかかるのを防ぐため、襟先をボタンで留めたのが始まりだ。つまりこのデザインは、そもそもスポーツウェアの実用性から生まれたものだった。
その後、アメリカの老舗ブランド、ブルックス・ブラザーズが1900年頃に商品化し、「ポロカラーシャツ」として定番化させる。ハーバードやイェールといった名門大学の学生たちがこぞって着るようになり、ボタンダウンは知性や清潔感の象徴として広まっていく。いわゆるアイビールックの代表アイテムであり、アメリカ流のカジュアルな上品さを体現する存在になった。
ここで注意したいのは、「カジュアル」と「公式」の違いである。
たとえば、第35代アメリカ大統領ジョン・F・ケネディ。彼はアメリカ政界きってのスタイルアイコンと称され、当時としては比較的細身のスーツを颯爽と着こなし、現代にも通じるエレガンスを体現した。そんなケネディ大統領は、プライベートではボタンダウンシャツを好んでいたものの、大統領演説や外交会談といった公式の場では一貫して着用しなかった。代わりに、レギュラーカラーやセミワイドカラーのシャツを選び、ネクタイとのバランスや襟元の美しさを大切にしていた。アメリカという若い国のリーダーとして、伝統的なヨーロッパの格式に敬意を払う姿勢の表れでもあった。
ヨーロッパ、とくにイギリスやフランスでは、シャツの襟元はフォーマルウェアの要とされる。ボタンで襟を固定するボタンダウンは、「略式」として扱われるのが通例だ。タイノットの立体感や襟のロールが制限されるため、正統なスーツスタイルの美意識にそぐわない、という感覚が根強くある。
日本においては1960年代以降、アイビールックの流行とともにボタンダウンがビジネスシャツとして普及したが、その文化的背景やTPOの区別が十分に浸透しないまま定着してしまった。とりわけ、目上の方と対面する場や式典、外交的儀礼のような「格式の要求される空間」では、ボタンダウンは控えるのが国際的にも妥当である。
ボタンダウンのシャツは、親しみやすく、どこかくつろいだ印象をまとう。だからこそ、信頼関係のある商談や、日常のビジネスにはふさわしい。一方で、表彰式、記者会見、外交、葬儀など、儀礼性の高い場では、レギュラーカラーのシャツを選ぶと、節度が漂う。
Photo: Cecil Stoughton, White House. 1963. Public Domain
返信を残す
Want to join the discussion?Feel free to contribute!