岡田温司「グランドツアー 18世紀イタリアへの旅」(岩波新書)。グランドツアーに関するイギリス側の事情は読んだことがあったが、この本ではおもにイタリアの話が紹介される。実際に貴族の子弟が訪れた、18世紀当時のイタリアの事情が、旅しているように具体的に描かれる。「人」「自然」「遺跡」「美術」という章立て。

「人」の章で発見あり。かのイギリスの「マカロニ」が、イタリアの「チチスベイ」や「カストラート」に象徴される、あやしいジェンダーに影響を受けている、と。なるほど。ファッション史上ではたんに「イタリアかぶれの軽薄な洒落者」と位置づけされていることが多い「マカロニ」だが。チチスベイやカストラートの文化にまで視野を広げると、見え方もちがってくる。

「男が男らしさを失ってしまうのは、イタリアが『チチスベイ』と『カストラート』の温床だからであり、反対に女が強くなるのは、同じ国が『アマゾネス』たちの活躍する国だからである。イギリス紳士の卵である若者にとって教育の最後の仕上げとなるグランドツアーが、あろうことか反対に、その彼らを堕落させてしまうとは。イタリアにかこつけたこのようなステレオタイプ化にはまた、同性愛にたいするイギリス上流社会の強迫観念が投影されているように思われる」

騎士道とチチスベイとカストラートとアマゾネスとジェンダーレスとジェントルマンと同性愛。マカロニの背景にこれだけの文化的事情を語ることができるとは。

「自然」の章で紹介される、18世紀のピクチャレスクと崇高と廃墟&絵画との関係も、具体的でわかりやすかった。ぎっしりと18世紀のヨーロッパ文化が学べる充実した本。

ただ、ときどき出てくる「周知のように」という表現に小さなひっかかりを覚える。「周知のように」いう前置きで語られる読者対象は、ある程度、学問的素養のある層なのだ。「周知のように」と言われて「知らねえよ!」と心の中で叫ばずにはいられない読者には、ハードルが高く感じられるのではないか。

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