2日前に書いた「私の常識は必ずしも世間の常識ではない」ということにも関連しますが。

世代の格差が広がれば、知識の格差も広がり、住む世界の違いが広がれば、必要とされる情報の格差も広がります。

監訳した『シャネル、革命の秘密』(ディスカヴァートウェンティワン)に関し、日本人に関係のなさそうな詳細が省略されているというご批判をいただいたので、謹んでお答えさせていただきます。

出版社が主に読者ターゲットとしたのは、これから初めてシャネルに触れる若い人や「ファッションの専門家ではない人」です。

原作はかなり精緻に脚注つきで情報が書き込まれた、ジャーナリスティックにしてアカデミックな大著です。原作の本文にはいちいち、出典を示す脚注番号が入り、巻末にその「典拠」が載っています。かなりの分量です。これをすべて反映させていたのでは、本としてかなり読みづらいうえ、本のページ数も格段に増える勢いでした。

さらに、本文をすべてもれなく翻訳するとなれば、ただでさえ分量の多い(上下2段組み、500ページ超)今の形の二倍、すなわち上下二巻セットとなります。

このような形でも、出版が可能な経済事情や購入してくれる読者が想定できればよいのですが。

シャネルに初めて触れる人や、なにかと忙しい現代人にとって、これはかなりハードルの高い体裁です。したがって、できれば1冊で読み切りたい読み手の事情を考慮して、すべての脚注を省き、物語を冗長にしそうな詳細すぎる記述を大胆に「超訳」し、「次へ次へと読み進めたくなるリズム」を最優先にしてあります(もちろん、可能な限り原文の情報は生かしております)。

ちなみに、日本語版のタイトルも出版社がマーケットを考慮したうえで、決定しています。

舞台裏の事情をさらに少し明かすならば、この本は、シャネル社「公認」ではなく、むしろシャネル社が「書いてほしくなかった」ことが明かされている本です。そのため、シャネル社が広告を出している多くのファッション誌は、書評の掲載を見送りました(わざわざ、配慮がある旨を告げられました。ブランドから圧力がかかったということでは全くありません。むしろ、編集部が自主的に配慮するのです)。ファッション誌を出しているような大手の出版社が手を出そうとしなかった理由の一つもそこにあります。私は、原作者のジャーナリストとしての姿勢に敬意を表し、また、「明かされた秘密」によってかえってシャネル本人に対する愛と理解が深まり、決してシャネル社の名誉を傷つけることはない、それどころか逆にシャネルファンを増やすだろうと判断したので、監訳を引き受けました。

そのことで、一時的にシャネル社と気まずくなったとしても、最終的には、シャネルへの一般の関心が高まり、歴史家としても正しい判断であったと思っています。ブランドもオトナですから、それほど引きずることもないと信じています(あるいは、かくも大ブランドとなれば、これしきのことはまったく気にもかけていないかもしれません)。

巻末のクレジットをご覧になればおわかりになるかと思いますが、本一冊に50人以上のスタッフがかかわっています。ターゲットとする若い一般読者に対し、少しでも親しみやすい形で届けられるように、全方位からあらゆる考慮が払われた結果、一部の専門家の方々にとっては、不満の残る結果となったかもしれません。その点は、深くお詫び申し上げます。

1冊の監訳本にしても、多くのスタッフが関与するビジネスでもあり、日ごろあまり本を読まない初心者から専門家まで、すべての読者を完璧に満足させることなど本当に難しいということ、ほんの少しでもご理解いただけたら幸いです。

ビジネスとはいえ、この本に関しては莫大な経費がかかっている割には何千部も売れるタイプのものでもなく、経済的なことだけをいえば、監訳者含め、負担のほうがはるかに上回っています。何万部も売れるビジネス書の存在が、マイナス分を補ってくれているのですね。これまで「スカスカの」売れ筋のビジネス書を軽んじていてごめんなさい。30分で読めるビジネス本が何万部、何十万部と売れてくれるからこそ、私が手掛けるようなマイナーで、経済的利益にはつながらない仕事が助けられているのです。今回はとくにその仕組みを垣間見て、安易にものごとの是非を決めつけないようにしようと誓いました。

話がとんで失礼しました。ご意見に心より感謝申し上げます。一つ一つの仕事によって、どのような形で世の中に役立てるのか、ほんとうに手探り状態ですが、引き続き、研鑽を積んでまいります。

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