エリザベット・ド・フェドー著『マリー・アントワネットの調香師』(原書房)。王妃の香水を調香していた香水商ジャン・ルイ・ファージョンの視点から、当時の宮廷やマリー・アントワネットをとりまく革命の状況を描いていくという物語。香水商が扱うもののなかには、化粧品や健康補助、治療用の薬品も含まれていた。

丁寧に掘り起こされた史実の間に、当時の香水の事情や、著者の想像もはさみこまれながら、「トップノート」から「ミドルノート」、「ラストノート」へとドラマティックに物語が紡がれていく、香り高い本。2005年のゲラン賞を受賞している。

マリーアントワネットの調香師

とても充実した内容の本ですが、やや翻訳に残念なところがあり、主語と述語が呼応していなかったり、校閲が徹底していないようにうかがわれる箇所もあったので、以下、興味深かったことのメモですが、必ずしも本文のままではありません。適宜、要約してあります。

・香水発祥の地はモンペリエ。モンペリエ風オードトワレの処方は「9つの植物—イリス、camanneの根、ローズウッド、白檀、カラムス、スーシュ、シナモン、クローブの実、ラブダナム、そのほかあらゆる対比を与える香り」

・治療性のある薬剤を扱う薬剤師のうち、香水のエッセンスを蒸溜するアラブの技術を習得した者にはアロマタリという称号が与えられる。

・ハンガリーウォーター。14世紀に60歳の老妃ジャンヌが、放浪の修道士から手渡されたもの。ハンガリーウォーターはジャンヌ王妃に以前のような体力と美しさを取り戻させ、76歳でポーランド王にめとられた。ハンガリーウォーターはかくして万能薬として認知され、とくに若さと美しさを取り戻すと信じられていた。

・デュ・バリー夫人が訪れた時、ジャン・ルイはシトロン、ネロリ、イリスをコニャックに混ぜ合わせ、メースとニンジンを調合した香りを差し出す。「サンシュエルウォーター(快楽の水)」として。

・1775年にジョン・フランソワ・ウビガンが「コーベイユ・ド・フルール」という名の店舗を開く。花だけを使い、肌をリフレッシュさせて保湿するウビガンウォーターも発売。

・「王妃風」とは、スミレ、ヒヤシンス、赤いカーネーション、ジョンキル、ムスクの組み合わせ。

・入浴剤「ル・バン・ド・モデスティ」(慎みの入浴)。スウィートアーモンド、エレキャンペーン、松の実、リネンシード、たちあおいの根、ユリの球根からできている。

・王妃に仕える侍女は、ヴィネグレットの小瓶を持ち歩き、王妃の気分が高揚してしまった時に使用。

・マリー・アントワネットの要望にあわせ、ファージョンは、ワインエキスを使って、バラ、スミレ、ジャスミン、ジョンキル、チュベローズなどの花を蒸溜したエキス水を創る。そこへムスク、アンバー、オポナックスを加える。ファージョンはこれを「エスプリ・アルデン(熱烈エキス)」と呼んだが、王妃は「エスプリ・ベルサン(染み入るエキス)」と呼ぶ。

・アントワネットが別荘用に所望したプチ・トリアノン香水の核となるのは、イリス。イリスはギリシア神話でゼウスの使者から名づけられ「奇跡の粉」とも呼ばれる。毅然とした香りが、王妃に似つかわしい。ファージョンはすでにこれを王妃の手袋用香水に使い、国王用の髪粉にも応用していた。また、ファージョンはイリスを使ってスミレの香りを再現することにも成功。スミレの香りは、かつてのフェルセン伯爵との「消え去りし恋」も象徴した。

・フェルセンが勇気をふりしぼって用意した国王一家逃亡計画。目立ってはいけないにもかかわらず、王妃はあらゆるものを新調、馬車に詰め込んだ。王妃がファージョンに発注した香水周辺グッズは次のようなリスト。トリアノン香水、ファージョン風パウダー、ポマード入りケース、ラベンダーウォーター、セレストウォーター(天空の化粧水)、スヴランウォーター(至高の化粧水)、オレンジウォーター、ラベンダーエキス。鎮静効果で有名なトニック、ヴィネグレット、「慎みの入浴」と名付けた入浴剤入りサシェ。ベルガモットエッセンス、ヘリオトロープポマード・・・。髪結いまで予約をしたので、結局、国王一家の逃亡はバレバレに。

・王妃幽閉中も、ファージョンは、苦悩から解放されるためのラベンダーウォーター、オレンジフラワーポマードのほかに、トリアノン香水を届ける。

・1786年にファージョンが購入したスルス城にほど近いシュレーヌの家屋は、それまではスケルトン伯爵の持ち物だったが、一世紀半後、この地に香水商フランソワ・コティが住まい、1904年にはシテ・ド・パルファムをここに設立。

巻末には香水の成分の解説や、製法の解説、手袋の製法、詳しい参考文献リストがつく。香水のことを学びたい方には役に立つ参考書ともなる一冊。革命前のアンシャンレジームの宮廷生活も、匂いを通してありありと想像できる。

 

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