玉村豊男『食卓は学校である』(集英社新書)。食卓からはじまる比較文化論、現代社会批評、人生論。玉村先生が、朝礼にはじまり、1時間目から6時間目まで、やさしい口調で講義するようなトーンで書かれている。読みやすくて、学ぶところ多。以下、とくに心に残った表現を引用。
・「優しい甘さをたっぷり与えられてすくすくと育ち、甘酸っぱい青春を過ごした青年は、辛酸をなめて大人になり、人生というものを理解します。そして、ほろ苦い大人の恋と挫折を味わって、苦味走ったいい男、になるのです」
・(郷土食は、思い出や重苦しい過去やしがらみをひきずり、受け容れる者にとっては障害になる、という話につづき、)「世界中から移民が集まる『自由の国』アメリカは、ヨーロッパや、アジアの、古い歴史をもった国々が何百年も何千年もかけて育んできた文化や伝統を、なんでも分け隔てなく受け容れて吸収し、こんどはそれを、アメリカ式の、軽い、薄い、万人向けの味に調え直して世界に再輸出するのです。
アメリカという濾過器によって濾過された食べ物は、ローカル色を失ったかわりにグローバルな中立性を獲得し、誰もが気軽に受け取れるものに変身します。
ピザも、ハンバーガーも、ホットドッグも、アメリカ人のライフスタイルが憧れとされていた時代に、世界中に拡散しました」
・「なにもそこまで考えなくてもいいのに、と思うほど、いったんできあがったものをさらにとことんいじくって、より細密なものに、より洗練されたものに、より使い勝手のよいものにと、不必要なほどの改良を加えるのが日本人の特性で、現代のスシは、そうやっていわゆる『ガラパゴス化』してきた結果として、生まれたものなのです」
・「アメリカが一個の巨大な濾過器であるとすれば、日本は新しい小さな研磨機である、といえるかもしれません。世界中からなんでも受け容れて、それを一所懸命に磨き上げ、もとのかたちがわからなくなるほどツルツルにして、誰もがカワイイと思えるものに変えてしまう。スシに続いて、いま世界から注目されている日本の食は、弁当、洋食、ラーメン……どれも、日本がガラパゴス的な研磨作業で日本化したものばかりです」
・「『茶断ち』とか、『酒断ち』とか、願い事が成就するまでは好きなものを断つ、といってみずからに禁忌を課したことも昔はありました。好きなものが食べられないのは辛いことですが、願いがかなって晴れてそれを口にしたときには、ただの水さえ無上の甘露と感じられたことでしょう。もともとの動機がなんであるにせよ、食の禁忌というものはある意味で、平板に流れる日常を刺激して生活にメリハリをつけるひとつの仕掛けとして、これからも活用できるかもしれません」
・「日本の家族が変質したのは、電子レンジや電子ジャーが普及するようになってからのことです。そして、いわゆるホカホカ弁当とコンビニが出現して以来、日本の家族は崩壊の危機に瀕しています」
・「かつては、ひとりだけ温かいごはんを食べることはできなかった。お父さんのためにだけわざわざ大きな釜でごはんを炊くことはあったかもしれないが、家族のそれぞれが好きな時間に自分だけ温かいごはんを食べることは、『一人分の温かいごはんが買える』という社会的なインフラが整わなければ実現できなかったことなのです」
・「日本人は、粘り気の強い、たがいによくくっつく丸っこい短粒米を、炊いてすぐ、温かいうちに食べるのをよしとする規範を掲げることで、ともすればバラバラになりがちな家族の絆を、『ごはんですよ』の一言で結束させ、そのネバネバとした粘着力で、家族という集団から個人が離れていくのを繋ぎ止めようとしたのではないでしょうか」
・「私は、ヨーロッパでは、パン屋さんの独立によって、個人の自我が確立したのではないかと考えています。近代の個人主義は、自分だけの主食をいつでも好きなときに獲得できるようになった日から、はじまったのだと」
・(フランス語のCONVIVALITEについて解説につづき、)「つまり、ともに食べることは、ともに生きることである。ともに生きるということは、すなわち食卓をともにして、食べながら、飲みながら、語り合いながら、おたがいにいまこの同時代に生きているという幸福をたしかめることである……(中略)私は、一期一会、と意訳してもよいのではないかと思っています」
・「もう一度、いま食卓の上にある食べものや飲みものと、いまともに食卓を囲んでいる人の顔をよく眺めながら、歴史上のある一瞬、地球上のある一点で、これらのすべてが奇跡のように出会うという稀な出来事に自分は立ち会っているのだと思えば、日常のありふれた食卓の風景が、まったく違ったものに見えてくるのではないでしょうか」
一緒にごはんを食べる=ともに生きる=ともに幸福をたしかめあう、というコンヴィヴァリテの概念が、いたく染み入る感じ。一緒にご飯を食べたくてもなかなか時間が合わない、とか言っているうちに、関係は崩壊したり消滅したりしていくのだ……。