ビー・ウィルソンの『食品偽装の歴史』(高儀進・訳、白水社)読了。「フラウ」連載のネタにと思って読み始めたが、「ドルチェを待ちながら」こんな話題をふられたらぜったい食べる気なくすよな、っていう話のオンパレードで、コワ面白かった。とりわけアプトン・シンクレアの小説『ジャングル』(1906年)のソーセージ工場の描写ときたら・・・・・・。

1820年代、産業革命とともに問題になり始めた、食品偽装の歴史。偽装そのものはローマ時代からすでにあったのだが、大量生産時代に入り、「利益」が追求されるなかで、信じがたいような偽装がエスカレートしていったようだ。

偽装が必ずしも悪とかぎらない、と考えさせる視点も豊富で、「何が善で、何が悪なのか?」と頭がぐるぐる回り始めてくる。それがこの本の面白いところ。

有機栽培でつくられた原料をつかったものには必ず昆虫が一定の割合で混ざることは避けられず、昆虫の入らない製品を作ろうと思えばどうしても殺虫剤を使わねばならない。どっちがいいんだろうか・・・(涙)。

新しいことばもいろいろ学んだ。以下備忘録として、ランダムに記しておきます。

*「深鍋の中に死がある」――19世紀の食品安全運動のスローガン。ピクルスが銅で緑色になっている、胡椒には掃き寄せた床の屑が混ざっている、菱形飴がパイプ白色粘土から作られている、紅茶がリンボクの葉でごまかされている、というような、命にかかわる食品偽装を警告するスローガン。19世紀にはほかに、カスタードに風味を加えるために危険な西洋博打木の葉を使う、チーズの発色をよくするために染料を使う、パンを白くするために漂白剤を使う、というようなことがおこなわれていた。

流通経路が複雑に枝分かれすればするほど、どこに偽装の源があるのかわからくなってしまうのは、現代にも通じる話。

*「買い手危険負担」(caveat emptor)――もし消費者が偽装品を選んで買うなら、それは消費者の責任である、という議論。

たとえば、「現代の露天売り場で、売り手が<デザイナー>香水を信じがたいほど安い値段で売りつけてくれば、ちょっとでも考えると、それは盗品か偽物に違いないのがわかる。それでも買うなら、買い手は欺瞞の共謀者になる」

*「食品恐慌」疲れ――ある週は「油分の多い魚をもっと食べるべき」と推奨され、翌週は「油分の多い魚を食べ過ぎると水銀中毒になる」と脅される。そのうちに、人はそういう記事を読むと目がどんよりしてくる。これが食品恐慌疲れ。新聞は恐怖を商売にし、読者は、デマと真実を区別するのが難しくなる。

*「純正食品会社」――1881年、悪質な食品偽装に戦おうとして、ハッサルがおこなった食品改造計画。「純正」な食品だけを売り出したが、会社はつぶれた。モノは純正だったかもしれないが、まともな「食べ物」ではなかったのである。欺瞞を憎むあまり、おいしい食べ物の必要を忘れたという皮肉な結果が待っていた。(・・・正しさの追求は必ずしも幸せをもたらさないのだなあ・・・)

*「代用食品病」――戦争中、代用食品は、資源を保存する愛国的な手段として奨励された。灰はきれいな包みに入れられて「代用胡椒」。挽いたクルミの殻を入れたものを「コーヒー」と呼んで飲むのは、良き市民のしるし。飢えと不気味な代用食品を食べることが一緒になって生まれたのが、代用食品病。その代用食品の多くは「動物の消化不能の残骸」を含んでいた。(・・・こわすぎ・・・)

*モック食品――本物そっくりに見せる、見せかけ食品。戦争中に発達。モック・クリーム(ゼラチンを混ぜた無糖練乳)、モック・チョップ(すりつぶしたジャガイモ、大豆の粉、タマネギ)・・・・・・まともな味を出すよりも、本物に見えるような視覚効果が強調されるようになっていった。食卓での「幻想」が士気を維持するのによい方法。配給制度が何年も続いた結果、まやかしものの代用食品に人々が慣れてしまって、戦後、以前よりもそれを食べるようになってしまった。低価格で食品が自由に選択できるという幻想を、代用食品が与えてくれたから。1960年代には、果物屋で「すてきな熟成梨――缶詰と同じくらい美味!」という掲示が出るほど。(・・・缶詰みたいにおいしいフレッシュフルーツ、というものが売り物になる皮肉!・・・)

*オーソレクシア――ひたすら正しい食事をすることに取りつかれる病気。エコロジー的にもっとも健全な食べ物を食べたいと願うあまり、極端に限られた、社会的に孤立した食餌で生きていくことになる。自然食品は一切の分別を捨て、「有機」というブランドの純正を信じ込めと暗黙のうちに促す。しかし、分別を捨てるというのは、騙されたくなければ、最悪のこと。多くのすぐれた食品は自然食品である。が、すべての自然食品が優れているというわけではない。

欺瞞と戦い、食べ物の安全を守り、おいしさを楽しみ、分別を失わずにすむ正しい方法は? 著者はいちおう「正論」を提示してくれるが、その実行の難しさも同時に感じたのであった。

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