朝日新聞2月15日(土)付け、オピニオン欄「今こそ政治を話そう 二分法の世界観」、是枝裕和監督・談。

こういう人を真のリベラルで良識のある文化人、と呼ぶのでしょう。以下、とくに強く印象に残った言葉のメモ。

★特定秘密保護法案に反対する映画人の会に賛同した件につき、政治的な「色」がつく懸念はなかったか?という記者の質問に対し。

「そんな変な価値観がまかり通っているのは日本だけです。僕が映画を撮ったりテレビに関わったりしているのは、多様な価値観を持った人たちが互いを尊重し合いながら共生していける、豊かで成熟した社会を作りたいからです。(中略)これはイデオロギーではありません」

★「あるイベントで詩人の谷川俊太郎さんとご一緒したのですが、『詩は自己表現ではない』と明確におっしゃっていました。詩とは、自分の内側にあるものを表現するのではなく、世界の側にある、世界の豊かさや人間の複雑さに出会った驚きを詩として記述するのだと」。

★「昔、貴乃花が右ひざをけがして、ボロボロになりながらも武蔵丸との優勝決定戦に勝ち、当時の小泉純一郎首相が『痛みに耐えてよく頑張った。感動した!』と叫んで日本中が盛り上がったことがありましたよね。僕はあの時、この政治家嫌いだな、と思ったんです。なぜ武蔵丸に触れないのか、『二人とも頑張った』くらい言ってもいいんじゃないかと」。

★「世の中には意味のない勝ちもあれば価値のある負けもある。(中略)武蔵丸を応援している人間も、祭りを楽しめない人間もいる。『4割』に対する想像力を涵養するのが、映画や小説じゃないかな」。

★「日本では多数派の意見がなんとなく正解とみなされるし、星の数が多い方が見る価値の高い映画だということになってしまう。『浅はかさ』の原因はひとつではありません。それぞれの立場の人が自分の頭で考え、行動していくことで、少しずつ『深く』していくしかありません」。

わかりやすい星いくつの評価とか、すぱっと明快な分類とか。そこからとりこぼれる複雑でわりきれないものに惹かれる人がいる限り、映画も小説も絵画もなくならないはず。それがいやおうなくランク付けされてしまうのは矛盾してるとも思うのですが。

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