28日、交詢社 午餐講演会でお話をさせていただくという光栄に浴しました。

交詢社とは、銀座6丁目バーニーズの入っているビルの9階にある、日本最初の実業家紳士社交クラブ。

福澤諭吉が提唱して以来の、長い歴史を持ちますが、昨年、かつての建物の品格をそのままに保つ形でリニューアルされています。レッドカーペット、シャンデリア、重厚な木、高い天井。クラシックな時計やカレンダー。こんなに品格のある落ち着いた空間があるのかと感動しました。

福澤諭吉のお孫さんにあたる、名誉顧問の福澤武さまほか、理事の方々と同じテーブルでランチを一緒にいただいたあと、平均年齢75歳(なかには100歳超えの方も)という130名ほどの紳士を前に「ダンディズム その誤解と真実」をテーマに60分の講演でした。伝統的に質疑応答はありません、と言われておりましたが、すみません、伝統を破って私の方から2名ほどの方に質問させていただきました。「前例がない」と言われると、(許されると判断した場合のみですが)つい前例になる行動をとってしまうのです。

ふざけたタイトルでしたが、みなさまさすがに知的水準が高く、寛容で、すぐに理解し、とても面白がってくださいました。終了後も「シャツの胸ポケット」の話などでひとしきり盛り上がり。楽しい時間となりました。

 

 

記念写真をレッドカーペットの階段で撮っていただきましたが、内部の写真公開は禁止ということですので、アップする写真はありません。

(アイキャッチ画像は、旧白洲次郎邸)

図書館もあり、「酒場」もあり、ビリヤードもある、限られたソサエティの紳士だけのジェントルマンズクラブ。「女性」は巨大な4枚の絵画としてのみ存在。緊張感がありながらもすばらしい空間でした。入会するためには45歳以上でなくてはならず、2名の会員の審査が必要。かつてはイギリスのブラックボール制度(入会反対の意思は黒球を投じる)にならって囲碁の「黒石」投票をしたこともあるとか。笑

ここはドレスコードも厳しく、ジーンズやポロシャツは禁止。ポロシャツを着てきた場合は、入り口で襟付きのドレスシャツに着替えさせられるそうです。

伝統と格式を誇る、リッチで知的な世界で講演させていただきましたこと、貴重な思い出になります。心より感謝申し上げます。

 

 

 

紀尾井町のザ・プリンス・ギャラリーが開業一周年を迎えました。その前夜にあたる26日(水)、「ラグジュアリーコレクション」の名にふさわしい、一周年記念商品の発表会がおこなわれました。

Your Only Home Bar.  特別なウィスキーを、特別な場所で、特別なアイテムとともに。日本では、プリンス・ギャラリーのバー「イルミード」と、芝公園のプリンス・パークタワーのバー「もくれん」、この2つのバーで、それぞれ1セットのみ販売されます。

 

世界で100本限定のウイスキー“THE GLENLIVETウィンチェスターコレクション ヴィンテージ 1966”。1966年からザ・グレンリベット蒸留所の中で宝石のように守られ、ザ・グレンリベット史上最も長い、50年という熟成期間を経た最上級のウイスキーだそうです。日本に入ってきたのが3本のみ。(そのうちの1本はすでにほかのホテルのバーで売れてしまいました。)

これを、世界でたった一つのオリジナルチェアでいただく。椅子は世界的に活躍するデザイナー 小市泰弘氏によるデザイン。後ろの脚がクリスタルガラスでできており、電気をつけると光るのです。バーでは意外に後ろ姿が目立ち、それが神々しく見えるようにというデザイン。背が高いほうが「もくれん」用。アームレストの前の部分も光りますが、ここはぎざぎざになっていて、触れるとなかなかよい感触です。そこまで考え抜かれています。もちろん本革装。

そして手作りガラス工房の田島硝子による江戸切子のオリジナルペアグラス。

左側の黒いアクセントがあるものは、プリンスギャラリー。手前および右のグリーンのアクセントがあるグラスは、緑豊かな芝公園のパークタワー。

特別にカッティングされたグラスに注がれた最上級のウイスキーを手に、オリジナルのチェアで寛ぎながら、自分だけのホームバーとして楽しむことができる……というわけです。

1セット700万円で販売されます。どなたのもとに嫁ぐことになるのでしょうか……。(*椅子に座っているヒトはついてきません)

Forbes Japan 9月号発売です。

5月にIWC×Forbes Japanの企画でシャフハウゼンに行きましたが、その模様が詳しい記事になって掲載されています。目次はこちら

「IWCの伝統と5人の日本女性たち」

なんと8ページにわたります。お話をうかがったクルト・クラウス、フランチェスカ・グゼル、クリスチャン・クヌープ、ハネス・パントリ、各氏のこともすっきり整理されて書かれています。私に響いたことと、ライターさんのまとめが若干ずれております。同じ話を聞いても、受け取る人によって違うところが印象に残る。なるほど、そこか!と。そんな受け取り方の違いを知るのも楽しいものです。

機会がありましたらご笑覧くださいませ。

 

本日付けの日本経済新聞「The Style」。先週に引き続きダイアナ妃の話題です。

ダイアナ妃のパーソナルデザイナーとして妃の日常着をデザインしていたアイルランド人のデザイナー、ポール・コステロ氏にインタビューした記事を書いています。

ダイアナ妃のパーソナルデザイナーとしてのコステロ氏を日本人がインタビューするのは(日本のメディアが記事にするのは)初めてのことだそうです。(釜石のコバリオンを使ったリングのデザイナーとしては一度NHKでちらりと紹介されました。)

ぜひご覧くださいませ。
ケンジントン宮殿で開催中のダイアナ妃展では、主に夜会に着られるフォーマルなステイトメントドレスを中心に展示されています。コステロ氏が作ってきたのは、いくつかの公式訪問服を除けば、ほとんどが日常着。そのため、今回の展覧会には展示されていません。


「マイ・ホース」(私の馬)と言って笑うコステロ氏(左)。右は息子さんでコステロブランドの広報を担当するロバート。

コステロ氏には6人の息子さんがいらっしゃいます。

2010年のロンドンファッションウィーク。ずらりと並んだ6人の息子さんがメンズのショウを締めくくりました。Six Sons. なんという壮観。

コステロ氏が釜石産の合金コバリオンを作って作る「クラダリング」の話も紹介しています。


(インタビュー中にさらさらとデザイン画を描いてプレゼントしてくださいました。)

 

 

*English version of the arcile

  

On Paul Costelloe – Princess Diana and Japan Claddagh Ring

23rd July 2017

 

Twenty years after her death, Princess Diana is still very much loved as “everyone’s princess”.  The image of the “royal but familiar princess “ has also been influenced by fashion. The designer who contributed to that image is none other than Paul Costelloe (72), one of Ireland’s leading fashion designers. From 1982 until 1997 when Princess Diana passed away, he served as her personal designer. I had the pleasure of interviewing him at his design studio in London.

 

It was a coincidence that Princess Diana found him. When Mr. Costelloe opened a boutique near Windsor where the residence of Queen Elizabeth II is located, the designs in the window caught the eye of the Princess. “She understood and liked my tailoring immediately”, Mr. Costelloe said.

 

Upon receiving a request from Princess Diana, Mr. Costelloe went to Kensington Palace for fittings. At the time, an Irish designer was perhaps not so welcomed by the staff of the palace.  But Diana was sure to give him a warm welcome. Mr. Costelloe remembers those moments well. “I always brought her a bouquet of flowers” he said.

Many of the styles requested by the Princess were worn on her official tours around the world, including print dresses created using Irish linen which she wore during a formal visit to Australia. But his most frequent work was her daily wear – outfits worn for her day-to-day responsibilities such as collecting the two young princes, William and Harry, from school. These outfits were functional but smart and beautifully tailored. It was these “everyday pieces”, which combined the elegance of the princess herself and the relaxed and real manner in which she lived her life, that helped to foster the image of Diana as “everyone’s princess”. Princess Diana sent Christmas cards every year to Mr. Costelloe until she died. And Paul is proud to call himself “everyone’s designer”.

 

“What kind of person was Princess Diana, from the viewpoint of a personal designer?” I asked Mr. Costelloe. After thinking for a while, he put it like this: “She had guts…she became a real game changer.”  She fought against prejudice, and talked honestly about her feelings, expressed in her own words. By breaking the standard mannerisms and customs of the royal rules she fundamentally changed the way the Royal Family should be and should behave. Mr. Costelloe says he feels happy Diana’s revolutionary words and actions have influenced her two sons in a positive way throughout their lives.

 

Mr. Costelloe is now working closely with a Japanese family-owned company that produces a cobalt-chromium alloy, Cobarion, in Kamaishi City, Iwate Prefecture. He is working with the firm on the design and development of an exclusive Claddagh Ring – the first of its kind to be made in this metal which is only produced in Iwate Prefecture and nowhere else in the world. The Claddagh Ring first emerged in Ireland in the 17th Century. It’s iconic heart, crown and hands motif has become a globally recognized symbol of love, friendship and loyalty.

 

The ring was launched in Japan in 2017 to coincide with the 60th anniversary of the establishment of diplomatic ties between Japan and Ireland but more importantly is a symbol of remembrance and solidarity for the lives lost in the tsunami which struck north-east Japan and Kamaishi City in March 2011. A wave engraved around the band of the ring is a reminder of the disaster and the many lives that were lost and all those affected. In a ring designed by the “everybody’s designer”, I feel that I can see the charitable spirit of Princess Diana living on – someone who strived to give love and friendship to the injured and suffering.

 

原文の言語: 英語

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(前項からの続き)
朝ご飯は、専用ラウンジで和食が用意されます。1の膳(スターター)、2の膳、3の膳(デザートとコーヒー)。朝からボリュームたっぷり。

珈琲(と漢字で書きたくなる)のカップ&ソーサーは九谷焼(久谷金山)。ゴールドがふんだんにあしらわれています。当然、食洗器にかけられないのですべて手洗いだそうです。

この花香路の宿泊客は専用ラウンジ(眺望がないのが玉にキズ)だけでなく、


庭園に面した眺めのいいグランドプリンスのクラブラウンジ「花雅」(はなみやび)も使えるうえ(↑)、

隣のさくらタワーのスパや新高輪グランドプリンスの2つのプールまで使えます。


(新高輪グランドプリンスにはダイヤモンドプールとスカイプールがあります。上はダイヤモンドプール、下がスカイプール。スカイプールは夜のライトアップがロマンティックです。)

つまり、和と洋のいいところどり+庭園でつながる3つのホテルのいいところどり。


さらに、都会のわびさびといった風情の庭園内の茶室のなかでのお茶の体験(ホテルスタッフがもてなしてくれる)や、着付け・折り紙・風呂敷体験までできるという盛りだくさんのお楽しみが用意されています。初心者にも形式をうるさく問われないのが嬉しいですね。


きめこまやかに選ばれたアメニティや浴衣や調度品など、海外からのお客様にはとりわけ喜んでいただけるのではないかと思います。


最近の外資系ラグジュアリーホテルは、高層ビルの30階あたりがフロントになっていて、さらにそこからエレベーターを乗り換えてさらなる高層の客室に行く……というタイプが多いですね。それはそれで非日常感があっていいのですが、こんなふうに広々と庭園が広がる昭和ゴージャススタイルのホテルもやはりすばらしい。内装やおもてなしを時代に合わせてアップデートしていくことで、外資に負けない日本独自の高級ホテルスタイルを発信できるのではないかと思いました。

ホテルスタッフのみなさま、あたたかなおもてなしをありがとうございました。

 

品川のグランドプリンスホテル高輪、「花香路」に滞在しました。和風旅館とラグジュアリーホテルの長所を折衷した、「ホテル内旅館」といった趣きの全16室。専用の入り口があります。



次の間もあり、廊下も広く、とても開放感のある和室。16室それぞれに花の名前がつけられており、各部屋にはその花をモチーフとした装飾がさりげなくあしらわれているのです。ちなみに今回泊まった部屋は「沈丁花」でした。



バスルームも広々としているばかりか、檜の枠と、十和田石という、お湯を入れると青く光る石の浴槽。

トイレもゆったり。

アメニティはジョン・マスターズ・オーガニック。和の香り、和のモチーフの形に作られた素敵な入浴剤がつき、女性にはミキモト基礎化粧品セットがプレゼントされるというのも海外の方にはとても喜ばれますね。

リラクゼーションサロン「たゆた」(←たゆたう、に由来する名)で、日本酒のフットバス(←足だけつかっているのに全身の血行がよくなります)の後、和製のオイルを使ったマッサージをしていただきました。室内の置物や器具などにいたるまで、すべて部屋の雰囲気と調和するように木や陶器などで作られています。


ゆかたと下駄風のスリッパ、香りつきの足袋なども備えられ、グランドプリンス内は浴衣で過ごすことができます。


備え付けの食器や急須なども選び抜かれています。これは南部鉄器。とても軽やかで粋なデザインです。




夕食も部屋で。しゃぶしゃぶのコースでは、前菜とお刺身、焼き物までの段階ですでにお腹がいっぱい……その後に佐賀牛のしゃぶしゃぶが続きます。薬味も全13種類!

部屋内のお風呂も外の景色が見えるうえ、洗い場も広くゆったりできるのですが、花香路の宿泊客は隣のさくらタワーの地下のスパ(ジャグジー、サウナ)も使えるようになっています。
夜の庭園も神秘的で美しい。(続く)

 

読売新聞夕刊連載「スタイル アイコン」。

本日は、ブルトン・ストライプを流行させたアイコン、芸術家のパブロ・ピカソについて書いています。

これが「ピカソのマン(手)」と題されたドアノーの写真。このシャツはブルトン・トップ(Breton Top)と呼ばれます。柄の名はブルトン・ストライプ(Breton Stripes)。

(French Sailors in Breton Stripes)

 

日本語ではこの柄を「ボーダー」と呼ぶことが定着しているようですが、

英語のborder に「横縞」の意味はありません。縞柄は、横も縦もstripe。

うめだ阪急のプレミアムウォッチフェア。

IWCの南出留理さんのスマートで的確な進行と解説のもと、Code of Beauty, Code of Lifeについて話をしてきました。IWCのコード・オブ・ビューティーとは論理であり、それは黄金比や「生命の花」などの数学的な規則的パターンを基盤にしていること。そこから出発して、ダ・ヴィンチに関わる人、ダ・ヴィンチの各モデルが連想させるさまざまなスタイルアイコンにおけるCode of Life のお話など、私の勝手な連想もまじえつつ。

どうも反応が薄いかな……まずかったかな……(時計のメカニカルな話を期待していらしたゲストの方には見当違いな話だったかも……笑いどころ?も思い切り外したし……)と思って落ち込んでいたら、終了後、ひとりの女性がやってきて「75歳ですが、今日の話を聞いて人生を変えようと思いました」と。

感激しました。
こういう方がたった一人でもいてくださると、少し報われた感がありますね。私も感想はできるだけ伝えるようにしようと心に誓ったできごとでした。ありがとうございました。

他社ブースですが、一着50億円といわれる宇宙服や、

日本初の「機械遺産」に認定された腕時計も展示されていました。「ローレル」という名前が大正ロマンっぽくていいですね。

豊かな時計の世界を楽しませていただきました。時計については学べば学ぶほど奥が深いことをあらためて実感しました。

ゲストのみなさま、およびお世話になりましたスタッフのみなさまに、心より感謝申し上げます。

本日付けの日本経済新聞 The Styleにおいて、ダイアナ妃ファッション展のことを書いております。

写真が大きく、ゆったりした構成で作られたきれいな紙面です。どうぞご笑覧くださいませ。

*日本のメディアではしばしば「ダイアナ元妃」と表記しますが、英語ではPrincess Diana のままで、「Ex」などつかないのです。だから、私はできるだけ「ダイアナ妃」として表記しています。

 

 

こちらのほうは海外の方が対象で、もう締め切られてしまったのですが。明治大学主催のクールジャパン・サマープログラムの一環として、8月1日、「ファッションとジャポニスム」についてレクチャーをします。English version is here.

19世紀の第一次ジャポニスム、1980年代の第二次、21世紀の第三次にかけて一気に一コマで流れを概観します。今年度は明治大学も5年×2期、任期満了の年になります。本当に楽しくて充実した期間を過ごさせていただいたことへの心からの感謝をこめて、機会をとらえて「10年間の集大成」としてご恩返しをしていきたいと思います。

<To the students who have applied for the program>
We will overview the first Japonism of the 19th century, then the second wave of Japonism in the 1980s, when the Japanese designer acted as game-changers. After that, we shall look at the Japonism of the 21st century, and examine the interrelationship between the Japanese fashion and Western fashion. How is the identity of <Japan> expressed, or used in the global fashion scene?  Let’s think and discuss together.

I look forward to seeing you in the class.