『英国貴族のすべて』(宝島社)。数人の執筆者による解説と豊富な写真。
ダウントンアビー(主にシーズン1~3)を例にとりながら、イギリスの貴族の相続問題、階級、テーブルマナー、呼び方、ファッション、結婚、使用人の序列と仕事内容、給与明細など、美しい写真とともに解説されています。2016年2月15日発行のムック。
しかし、「ファッション」の項目は、恐縮ですが、間違いが目立つのです。スルーしておいてもいいかとも思ったのですが、これを参照するファンも多く(FBのダウントンラバーズのウォールでも紹介されていました)、やはりこの記述はあまりにも……と思うところがありましたので、ダウントンファンのみなさまのために、指摘させてください。
69ページ。
真ん中あたりのキャプションに、「パーティーの正装では色が派手なものを着用することも」と、あたかもグランサム伯爵らがおしゃれで赤のジャケットを着ているように書かれていますが、そうではなく、この赤いジャケットは「メスジャケット(またはメスドレス)」と呼ばれるもので、将校がディナー時に着用した、フォーマル用の「制服」の一種です。将校は実に多種類の制服を着分けており、メスジャケットも「NO.10」などとも呼ばれた制服の一種です。グランサム伯爵もマシューも陸軍将校でしたね。
さらに同ページ上、伯爵が羽織っているマントのキャプションに「日本ではシャーロック・ホームズが愛用するコートとして有名なケープ状の袖なしコート。正式にはインヴァネス・コートと呼ばれ、英国紳士の洒落た上着として愛された」と書かれていますが、そうではありません。インヴァネス・コートは長いコートとケープが二重になったコートです。伯爵がメスジャケットの上に羽織っているこのケープもまた、将校用のクローク、軍服の一種ではないでしょうか?(名称はいま探し中です。軍服に詳しい方どうぞ教えてください)。メスジャケット、クローク、ともに将校の軍服であって、「洒落た上着」などではないはずです。
そもそもインヴァネス・コート(インヴァネス・ケープとも呼ばれます)は、このタイプです。
ちなみに、エリザベス女王も海軍将校のクロークを着た肖像画を残し、写真も撮らせています。このクロークはGieves & Hawkes製。
上は、One Savile Row: Gieves & Hawkes (Flammarion)が紹介する、1930年代の軍服のインディケーター。将校は時と場面に応じてこれだけの種類の制服を揃えなくてはならなかったのですね。これは海軍の場合ですが、「Full No.1」「Undress No.9」「Mess Dress No.7」などと書かれたその下には、細部のアクセサリーにいたるまで何を装着すべきかが指示されています。
ほかにも本書には疑わしい記述がありますが、今の段階では「確たる根拠」を提示できないので、もやもやのままにしておきます。
レディスファッションの記述も怪しいです。漠然としすぎているというか。「現代日本人女性が結婚式やパーティーで身にまとう華やかなドレスが普段着だった。いや、それよりもさらにゴージャスだったと言っていい」「高貴かつハイセンスなものが求められた」って……。この時代、この階級ならではの服装の特徴やルールの解説、具体的な名称がほしかったところです。
一つが疑わしくなると、ほかの箇所の信憑性もやや不安になってきますが……。コンセプトはとてもいいと思うので、続編を作られる際はぜひ、細部の正確さを徹底させたものを出していただきたく、心よりお願いしつつ、楽しみにしています。
いい点も書きます。この本のなかでの最大の発見は、チャーチルの母ジャネット・ジェロームについてのコラムでした。アメリカの新興成金の娘である彼女は奔放で、結婚後も夫より地位の高い男たちを愛人にもち、そのネットワークを息子や夫の出世に利用したとのこと。そして夫の死後は、若い男性との恋に生き、二度目の夫はチャーチルと同じ年、三度目の夫はさらに三歳年下だって。かっこよすぎますね。(ほんとうだとしたら。)