ケンブリッジ・アナリティカ問題をご記憶でしょうか。2016年のアメリカ大統領選挙において、トランプ陣営がデータ解析企業ケンブリッジ・アナリティカの協力を得て、Facebookのユーザー5000万人分の情報を不正利用していた問題。ユーザーのデータに基づいて、その人の投票行動に影響を与えるような個別の政治広告を配信していたとされます。
その告発を内部から行ったのが、クリストファー・ワイリー(当時28)でした。髪をカラフルに染めている、ゲイのカナダ人で、データオタク。ゲイは流行や時代の流れを敏感に読んで取り入れるアーリー・アダプター(新しもの好き)であることが多く、ワイリーもその点でケンブリッジ・アナリティカ創業者たちに好かれて仲間入りしたようです。
そのワイリーが、Business of Fashion のVoicesで、ケンブリッジ・アナリティカがユーザーのファッションブランドの好みをどのように彼らの投票行動に利用したかというおそろしい話を語っております。こちら。
ナイキ、アルマーニ、ルイ・ヴィトンを好む人は、開放的、良心的、外交的、愛想がよく神経症的で、そういう性質を利用し、ケンブリッジ・アナリティカは政治的メッセージを送っていた。
一方、アメリカのヘリテージブランド、たとえばラングラー、LLビーンなどを好む人は、開放度が少なくて保守的で、トランプを支持しようというメッセージにより反応(賛同)する傾向があったという。
醜悪なものであっても、データに基づくインターネット上の心理操作によって、それを好もしいと思えるように導くことは、可能なのですね。たとえばクロックス。あのビニールのサンダルです。どう見ても美しくはないものですが、サイオプス、すなわちサイコロジカル・オペレーション(心理操作)によっていくらでも好もしいものに変えることができるのだ、と。(実際、そうなりました)
大衆に、トランプ大統領やブレグジットを選ばせたものが、まさにこの類の操作だったと彼は告発するのです。醜悪なものがどんどんトレンドになる仕組みと、醜悪な政治リーダーが選ばれる仕組みの背後には、このような背後の力による心理操作があったとは……。
ミウッチャ・プラダは「醜さを掘り下げることは、ブルジョア的な美より興味深い」と語っています( T magazine)。醜悪さってたしかに新鮮でもあるんですよね。醜悪なファッションを時折楽しむ分にはいいですが、醜悪な政治を選んでしまうと、取り返しのつかないことになる。情報操作は、まさに大量破壊兵器になるんですね。
ワイリーに戻ります。
ファッションブランドの好みというユーザーのデータが、ブランドも知らないうちにこのような情報操作&行動を促すことに利用されていたことが分かった今、逆に、ファッションブランド自身が方向転換することによって、人々の行動をよいように導き、文化を守ることもできる、と彼は示唆します。
いやしかし、そうなればなったで、さらなる新しい情報戦争が仕掛けられるのだろうな。好きなものを自発的に選んでいるつもりが、実は背後の大きな力によって選ばされている、そんな時代に生きる空恐ろしさを感じます。
「ファッションは服を売るビジネスではない。ファッションはアイデンティティを売るビジネスである。人間の根源的な問題<私は誰なのか? 社会のどこに所属したらいいのか?>に答えるツールを提供するビジネスである」。
だからファッションの問題はおろそかにするわけにもいかないのです。