朝日新聞後藤記者より取材を受けて、デザイナーとしての桂由美さんについてコメントしました。有料記事ですが、5月1日16:42まで無料で全文公開されているそうです。
マリー・クワントやヴィヴィアン・ウェストのような偉大さを感じます。先駆者として一時代を築き上げ、次世代にレガシーを遺した、すばらしいデザイナー人生でした。
朝日新聞後藤記者より取材を受けて、デザイナーとしての桂由美さんについてコメントしました。有料記事ですが、5月1日16:42まで無料で全文公開されているそうです。
マリー・クワントやヴィヴィアン・ウェストのような偉大さを感じます。先駆者として一時代を築き上げ、次世代にレガシーを遺した、すばらしいデザイナー人生でした。
桂由美先生が逝去されました。94歳。現役で働き続け、今年もショーを開催されたばかりでした。
ショーは一時間たっぷりの見応えあるもので、だからこそ毎年、伺うのが楽しみでした。
写真はとりわけ記憶に刻まれる2020年のホワイトアニバーサリーのショー。「最悪に見える状況の中でも、私たちは幸福を分かち合うこと、愛を育てていくこと、支え合うこと、成長することができる。そんな人間としての尊厳を、世界が苦境にあるからこそいっそう大切にしたい」というメッセージが響きました。
桂由美先生は、1964年日本初のブライダルファッションデザイナーとして活動開始し、翌年、日本初のブライダル専門店をオープンし、日本初のブライダルショーを開催した方で、日本のブライダルファッション界の第一人者です。
1981年のNYショーのデビューを皮切りにローマやパリへと活動の場を広げ、世界各国30以上の都市でショーをおこなっています。ブライダルファッションだけでなく、日本の伝統美を後世に繋げる活動として、友禅や西陣織を駆使した作品を発表。絹文化の発展に貢献した功績も大きく、蚕糸功労者最高賞「恩賜賞」を受賞しています。
今後はユミカツラのデザイナーであり、30年以上桂由美の右腕として共にクリエイションをしてきた藤原綾子さん、森永幸徳さん、飯野恵子さんが率いるユミカツラのクリエイティブチームが新生「Yumi Katsura」を継承されるとのこと。
桂由美先生、ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
写真は©55周年記念2020Yumi Katsura Grand Collection in Tokyo
NewsPicksの動画、『経営者・東浩紀が語る「知とビジネス」の最適解』が知的な刺激満載でした。以下、コメントしましたが、会員でない方もいらっしゃいますので、以下に共有しておきます。
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かつての人文知の勢いとその凋落を目の当たりにしてきた(なんなら巻き込まれた)身には、現在地が明確にわかり、未来への指針のヒントまでいただいた気分です。井上さんの、飾らない誠実な聞き方もすばらしいです。不器用に見えるけれど真摯な態度が、東さんから的確な言葉を見事に引き出していました。
・人は「考えない」こと、「コスパ」にお金を使う。「味わう」楽しみを次世代へ伝えることの難しさ。「若手論客」も死語になった今、過去の「教養主義」とは異なる欲求の耕し方はどこに。
・テック系の社会論、世界観にも人文系は応えていくべき
・原初的口コミの強さ。熱量の高いファンを集めておくことで時間が経てば評価されていく可能性
・ジブリだってかつてマイナーだった。最初は話題にならなくても軸をブラさず、トレンドに流されず、自分の世界を貫くことが重要。
・コンテンツそのものは安くなり、薄く簡単に広まるのでこれだけでビジネスにはならない。音楽ならライブ、グッズ、その後のイベントすべて含めた体験の提供を考える。本も、それを取り巻く面白い体験を創ることでお金が入る。
・「学問は楽しい」と書くな。学問を楽しそうにやっている様を見せる。楽しさを伝えるためには「プレー」する。
まさしく!です。楽しそうにやっている様に人は憧れをかきたてられ、自ら巻き込まれていきますね。人文学に携わるみなさん、嘆くのはやめよう、「プレー」して魅了しましょう。
トッド・ローズ『ダークホース』(三笠書房)。
型破りなルートで活躍するようになった「普通の人々」をダークホースと位置づけ、その特徴を抽出。ユニークな具体例とともに示される。中でも興味をひかれたのが、全米トップの紳士服テーラー(「タウン&カントリー」選出)、アラン・ルーロー。アメリカの慣習にもイギリスの伝統にもない独特なきわどいテイストの注文紳士服を創る。テーラーの職人修行も積んでないし、ファッション業界にいたわけでもないのに、ボストンで空きビルに部屋をみつけ、まず看板を掲げ、そこから作り方を学び始めた。数年も経たず多くの賞を獲得するまでに。賭けではなく、必然。なぜこんなことが可能だったのか? 詳しくは本書でご確認を。以下はランダムですが、個人的な読書メモ。
・20世紀初頭からの「標準化時代」に対し、現在を「個別化の時代」と位置づけ、他者目線の、正規のコースから外れない「成功」ではなく、個人軸での「充足感を追求することによる成功」を考えよ。従来の「努力を重ねて成功すれば充足感を得られる」ではなく、「充足感の追求が成功を導く」。
・標準化の目標は生産システムの効率化。このために大切なことは、多様性の排除。標準化社会においては、個性はムダ。働き方を標準化し、学び方を標準化し、人間の一生を標準化した。こんな社会に未来はない。
・ダークホース的な考え方において、リスクは「フィット」で決まる。フィットとは個人と機会の多次元的な相互作用。
・独特で細分化された「小さなモチベーション」が多ければ多いほど、特定の機会を選択することによって、あなたの情熱は大きくなり、その結果、選択のリスクは小さくなる。あなたが自分の小さなモチベーションを把握している限り、誰よりも正確に選択のリスクを判断できるようになる。
・自分の小さなモチベーションと目の前の一つの機会とのフィットの度合いを見積もったうえで、重大な選択をするなら、その都度、あなたは自分の目的を確固たるものに作り上げていける。人生の意味と方向性を、自ら決定できるようになる。自分に合う戦略を突き止めたとき、目標を達成することができる。
・ダークホースが自分の選択した道に全力で挑めるのは、それぞれの目的意識が明確だから。曖昧な態度でその場をとりつくろったり、両賭けして失敗の危険を分散させたり、また、自分の進む道を観測気球を上げて様子見するようなつもりで選択したりしない。彼らは決然とした態度で行動に出る。なぜなら、自ら決めた進むべき唯一の道が彼らにはあるからだ。あなたが大胆な行動をとるときは、どのような場合でも、世界に向かってあなた自身がこう宣言するときでなければならない。「これが、私の進む道です」。
・目的地は忘れろ。既存の成功は既製服。標準化されたシステムからは標準化されたものしか生まれない。しかし目標は無視しない。目標は、個性から出現する。能動的な選択から生まれる。対照的に、目的地は自分以外の誰かが考えたもの。目標は、具体的に達成可能なもの。
・勾配上昇法。上達を目指して登ろうとする山の、もっとも険しい急斜面を探す。
・成功という山を踏破するには、自ら作り出した情熱から生まれるエネルギーと、自ら生み出した目的意識から生まれる方向性とが必要であり、湧き起こる充足感に満たされるには、自ら設定した目標を達成して得られる誇りと自尊心と充実感が必要である。
・ダークホース的な発想の4要素を人生に適用したとき、充足感と成功は、あなたが意図的にコントロールできるものになる。もはや運に翻弄される操り人形ではなく、自分の運命を支配する主人になる。自分にとって最も大切なことで上達しようと重点的に取り組むとき、もはや不安げに彷徨うこともなくなり、山腹に道を切り開きつつ上へ上へと昇っていける。本当の自分という明るい光を放つ標識灯に導かれて。
・能力主義は才能の貴族主義、定員主義。富裕層と特権階級が有利な立場に立ち続ける。これからは万人が成功する社会へ。(ここに「新ラグジュアリー」論がフィットする)
ここ一週間くらいの移動中インプットのなかで印象に残っているエンタメと本のメモです。
◎シティハンター◎
Netflix。原作の漫画も知らずに見始めたのですが鈴木亮平のあまりのすばらしさに驚愕。ガンアクションが細部に至るまで華麗。コスプレ会場でのアクションもお笑い交じりなのにダイナミックで美しい。かけらの無駄もない筋肉×天真爛漫笑顔でのもっこりダンスサービス。英語音声になったままで見ていたので、出演者全員、なんてすばらしい英語をナチュラルに話すんだと感動していましたが、これ英語版吹替だったのですね。英語版で世界制覇可能なレベル。
◎破戒◎
こちらもNetflix。恥ずかしながら島崎藤村の原作を読んでいなかったし、過去何度かの映画化も見ていなかった。弱い人間の心が差別を生む。差別の構造は100年前も今も変わっていない。時代が変わっても偏見に凝り固まり同じような意地悪をする人が大勢いる。シンプルでずしり重たいストーリーですが、間宮祥太朗の端正な清潔感、全編に貫かれる美しい日本語と救いのあるラストにより、すがすがしい余韻も残る。
◎谷川嘉浩『人生のレールを外れる衝動の見つけ方』(ちくまプリマー新書)
キャリアデザインとか人生設計なるものをかねてよりうさんくさく思っていたので(自分がレールを外れっぱなしだったのでよくわからないだけなのかもしれないですが)、そうそうそう、と膝を打つような箇所がずいぶんあった。プラン通りの平均的な人生やキャリアのレールを歩むこと、「本当にやりたいこと」を見つけさせられること、「モチベーションをもつこと」に対する疑問を思いっきり呈してくれる。
衝動は、モチベーション(3種類)という基準ではとらえきれない。合理的な説明では回収しきれない「過剰さ」や「残余」として指さすことができる、と著者は言う。「え?なんでそんなことを、そんな熱量で?」と質問せざるをえない、謎の力。このあたり、ラグジュアリーのことを考えている身には痛く共感できる。ラグジュアリーは、過剰と不可分だ。
自分で自分の価値を高めて対価をもらう、という経済行為に関しても、「自分自身で市場に売られに行く」ようなものであることに、はっと気づかされる。就活や友人関係、恋愛関係でも同じ。自分を市場価値の基準に合わせて磨いてみたりするのは、「自分を高く見せて『商品』として売り込もうとすること」ですね。それはつまり「自分を『売り物』として扱う生き方」。だからこんなにみじめな気分になってくる。
衝動は、自分でも驚くような行動をもたらす、という指摘にも共感するし、衝動は意外と持続可能性があるという指摘も、人文学的に(!)正しいと思う。というのも、こうした衝動に基づく「レールを外した」人生やキャリアというのは、私がよく講演で引用しているキャンベルの「ヒーローズ・ジャーニー」とも合致する。ヒーローはだいたい、「呼び声」に逡巡しつつも、結局は衝動に従い否応なく敷居をまたいで冒険の旅に出てしまうのだ。で、こっちのほうが自分にとっても人類にとっても確かなお宝を手にすることができる、と古今東西の神話は伝え続けています。
衝動は強い欲望ではなく、深い欲望であるということも注意喚起点として著者は指摘する。自己啓発書やセミナー、宣伝、SNSで喚起されるのは他人指向型の欲望であって、「これを欲望せよ」と決めてくるものに振り回される限り、不安から逃れられない。「私のほしがるものから私を守って」というジェニー・ホルツァーの引用は秀逸ですね。「底から湧き上がる小さな気泡に気づけ」。
衝動を見つけるために、「自分を丁寧に扱う」ことの大切さ、「それっぽい説明」で思考停止しないことの大切さなども説かれる。衝動を感受しやすいメディアに自分を変える方法、についても著者は考える。「多孔的な自己」というワードが紹介されていますが、詳しく知りたい方は本書にあたってみてください。
ラグジュアリー論との関連でもうひとつ、共感したことは「誘惑」についての議論の展開。「誘惑って、実は共犯関係なので、対象に魅力があれば自動的に誘惑が生じるわけではないんです。こちらが一定の感度や感性をもっていなければ、魅力に気づくこともできません」。「目の前にあるものに誘惑される力があれば、日々当たり前に生きている日常の光景もガラっと変わり、それによって自身も変わっていく。<中略>誘惑される力って、SNSで『私を見て』って自分の魅力をアピールするのと真逆の方向」。「この『誘惑される力』こそ、衝動を憑依させる自己の敏感さにほかなりません」。
ラグジュアリーと不可分なもう一つの要素に「誘惑」がある、ということも『新ラグジュアリー』はじめ多くの媒体で書いてきた。階級が厳然とあった時代と、一見平等社会なんだが格差が広がり上昇志向が存在する時代、そして真の多様性を実現したいと願う人が増える時代における「誘惑」の要素が異なるのは当然ですね。「これ持ってたら上級国民/リッチ/格上に見えて素敵だろう、みんなにすごいと思われるだろう」みたいな誇示(マウンティングっていうんですか)が背後に透けて見えるものは、これからの時代にはラグジュアリーとはみなされなくなるというのは、納得いただけるでしょう。
「ラグジュアリーの羅針盤」Vol. 18は、スリランカでアーユルヴェーダを施すホテルを営む伊藤修司さんの起業ストーリーです。
身体をまるごとリセットして「生きること」を問い直した方、ぜひ訪れてみてください。
事情あって100種類超の香水を試香した。これだけの数を試香すると、数時間後に記憶に残るのは大きく分けて2パタン。
①「好感」の範囲を逸脱しすぎて「なにこれ?」レベルの強烈な個性を発揮する勇敢な香水 ②これまでのブランドのベースを踏襲しているため表層が変わっても「やはりこれ!」と安定感を与える香水
そして圧倒的に大切なのはネーミングとボトル。プラスチックの実験用品みたいなサンプルケースに入ったものを試すのと、実際のボトルを手に取って試すのとでは香りの印象が全く異なる。
そんなこんなのあらためての気づきも得ながら香水と格闘した。詳細は6月。しばらく香水つけたくない気分。
麗しく藍の5色グラデーションを形成する靴下は、いわき靴下ラボ&ファクトリー製です。藍染工房Watanabe’sとのコラボで、ケミカル不使用。糸は最高級のエジプト綿GIZA45を使用。
色目もさることながら、肌に触れたときの感触がとろけるようです。桐の箱に丁寧に入れられ、真田紐で結ばれて届きました。一足一足を心を込めて作っているいわきラボのみなさんのお顔が思い出され、あたたかさが心に広がります。靴下で驚かせ、感動させるって、なかなかできないこと。
いわきラボ取材記事はこちらです。
CFCLの高橋悠介さんにインタビューしました。
ジャーナリストだったお母さまのお話やロンドンのゴールドスミスカレッジ時代のお話、アートとファッションに対する考え方など、あまりこれまでのインタビューで語られていなかった内容を中心にお話いただきました。非常に面白く、内容も濃くて、あっという間に時間が過ぎました。
ちょうど「白子藝術祭」が始まるということでオフィシャルパンフレットをいただきました。長嶋りかこさんブックデザインの、ぬくもりある手とじの本です。
白子藝術祭は、千葉県誕生150周年記念事業の一環として開催されています。4月27日から4月29日まで白子町にあるシラコノイエ(国登録有形文化財)で、100年後の衣食住を考える展示がおこなわれます。
「衣」に関して高橋悠介さんが担当していらっしゃいます。「住」は隈研吾さん、「食」は大田由香梨さん。
この藝術祭は暮らしそのものを藝術としてとらえようという試みで、
「どんな家に住み
どんな服を纏い
どんな食を頂くのか
その日々の選択が人生を紡ぐ」
という考え方が根底にあります。100年前を見つめながら100年後を考える高橋さんのエッセイも掲載されています。古民家にCFCLの服。意外としっくりなじんでいます。
Netflixの映画「グレートスクープ」。性犯罪者エプスタインと交流があった英アンドリュー王子のインタビューを実現したBBCの舞台裏を描く。報道ドラマ。プロフェッショナルな女性たちが本当にかっこよく、アンドリュー王子に自由に語らせて「真実」を引き出すインタビューはかくあるべしというお手本にもなっている。王子は終始、「否認」しているのだけれど、事実の積み重ねにより視聴者の前に真実が浮かび上がる。結果、王子はこれを機に公務から身を引くことになる。しびれる。イギリス文化、英王室に関心のある向きにもおすすめ。
Books and Cafe主催による君塚直隆先生のエリザベス女王に関する講演をズームで拝聴。濃密で圧倒的な2時間で、質問コーナーの「ジョージ5世とニコライ2世の見分け方」から始まるエピソードも印象深かった。ポルトガルやギリシアの弱小王室は救うがツァーリズムが行き過ぎたロシアは立憲君主制を守るためあえて切ったと。それにしてもこの二人、ヴィクトリア女王もいつも間違えて(見分けがつかず)ニッキーをジョージと呼んでいたというのも納得なほどうりふたつ。軍服もこてこてにデコレーションがされていて、すべての装飾に意味があるはずなのだが、もうなにがなんだか。
高校生のころは実は政治家になりたかったという君塚先生。現実の日本の政治家の人品のいやしさに触れて過去の偉大な政治家を研究するほうに向かったそうで、どうりで、政治や外交の話となるとますます熱を帯びてくる。政治がつまらないのではなく、政治を語る人が面白ければ政治も面白くなるのだということを実感。同じことはいろんな研究に適用されますね。(自戒)
・日本の宮内庁が実は25年間まったく改革ができていない背景も納得の理由。現宮内庁の皇室PRにもダメ出しと具体的な提言。ばっさばっさ斬っていく君塚節が小気味よい。
・ブレグジット決定後の王室外交についての具体的な交渉がスリリングで、ブルーリボンをここぞの時に使う王室のやり方、幼少のジョージ王子をメルケルと会わせる外交の手順など、劇画を見ているようだった。
・ダイアナとチャールズがうまくいかなかった根本の原因、実際に会ったカミラの人柄、ダイアナがもし今も生きていたら……という話にも触れられて、ああ、書くのは憚られるようなことだけれどそれはそうだろうな、と。
・年号や日にち、訪問回数、団体の数、その他もろもろの細かい数字をメモも見ないで、映像を見せるように話していくレベルの高さにもあらためて感銘を受けた。仮にも専門分野をもつならばこういうレベルを目指し、さらに超えるくらい無敵でないと意味がない、と痛感。
王室外交の、人間の心理の綾をついたデリケートなやり方は、世俗の人間関係にも応用可能なことが多々あることにも気づく。人文学が役に立つか立たないかは、あくまでそれを受け取るほうの感受性の問題だ。
沖縄の米軍放出品ショップで飾られていた新品の軍服に「呼ばれて」いる気がして衝動的に購入。いつも頼もしい心斎橋リフォームの内本久美子さんにお願いし、ぴったり身体に合うようにリフォームしていただきました。さすがの腕前、着心地は最高で背筋がすっと伸びるのが快い。とはいえ「どこで着るんですか?」と久美子さんからも入るツッコミ。
これまでなんどか「いつどこで着るのかわからないけれど呼ばれている気がした」服が、逆に予想もしなかった機会を連れてきた、ということがありました。きっとそういう服なんだろうと思って気長に機会を待ちます。
日本経済新聞「モードは語る」、4月20日(土)夕刊掲載Vol. 89は明治神宮ミュージアムで開催中の展覧会「受け継がれし明治のドレス」で展示されている、昭憲皇太后の大礼服について書いています。
電子版の記事はこちら。
5年かけて国際修復チームが復元した、現存する日本最古の大礼服です。修復プロジェクトによる研究成果も興味深いのです。修復するからこそ判明した内部の構造、そこから浮かび上がる当時の内政や外交。強い意志が宿るドレスは無形の思いをのせて時を超えます。
前期は5月6日まで。十二単も展示。関心のある向きはぜひ鑑賞にお出かけくださいね。
写真©大聖寺
本日4月18日で創業6周年を迎えました。
2018年に起業して以来、右も左もわからないなか、多くの方々に助けていただき、なんとか6周年を迎えることができました。アカデミズムの世界にとどまっていてはまったくわからなかったことを多々、学ぶことができました。読者のみなさまはじめ、関わってくださった全ての方々に心より感謝申し上げます。
今年は桜の開花が例年より遅めでしたが、ソメイヨシノが散ったあと、見事な八重桜が咲いています。つつじも咲き始めました。
毎年毎年、きちんと咲く「順番」を守って咲き始めることに驚異を感じます。
こういう自然の慎ましさに倣い、エネルギーを蓄えるべきときには地道に研鑽を積み、咲くべきときには過不足なく咲いて世界の片隅を楽しませる、というあたりまえのことをきっちりと続けていきたいと思います。
あらためて、みなさまのご支援に感謝申し上げます。
Akris 2024 Fall Winter Collection. 国立新美術館にて。アルベルト・クリームラーが打ち出す今期のテーマは「二元性」。
ブラック、モカ、深緑、深紫のメランコリックな色の合間に、マゼンタ、ペリドット、エクリュの明るさ。
メタリックな靴とバッグはパンチ力あり。ソックスにヒール靴を合わせるのは見方が分かれそうですが、新鮮でした。
トップ写真で着用しているのは2024 Winter Cruise Collection の作品で、フラワーモチーフをテクノオーガンザに刺繍で施したセットアップです。
ハリと透け感を両立させたアクリスの技巧を堪能できる一着です。
バッグはアクリスのシグネチャー、トラぺゾイド(台形)状に牛革を編み込んだ「ブレイデッド・トラぺゾイド」。ストラップを調整することで多様なスタイルを楽しめる「アヌーク・スモールデイ」と呼ばれるバッグです。
GQ 誌上でのDavid Marxさんとの「現代のジェントルマン」を考える対談が、全文、ウェブでも公開されました。
最新のイギリスメンズファッションの動向、日本の「紳士的」ビジネス、グローバル資本主義の価値観の次を提示する日本の伝統産業まで話題がつながっています。どうぞご高覧ください。
対談をまとめてくださった平岩さん、編集部の高杉さん、イラストレーターのNaoki Shoji さんにあらためて感謝します。
GAGAホームページに掲載されています。
『フェラーリ』がザ・マチスモな映画だとすれば、 『プリシラ』はガーリーの極み。 1950年代後半から60年代を背景にするとこういう映画が作りやすいんですね。いまのジェンダーフリーもいいけど、こういう両極端の感覚にふりきった世界観の表現も好き(その時代に生きて楽しそうかどうかは別の問題)。
試写拝見しました。アダム・ドライバーが59歳のエンツオ・フェラーリを銀髪で演じて違和感なし。ペネロペ・クルスはお色気封印で好演。
ミッレミリアのすさまじい迫力もさることながら、1957年のメンズファッションが眼福です。アニエッリまでシャツの上に時計という伝説のスタイルでちらっと登場する。フェラーリは女性関係においてもイタリアン・マチスモ全開。ザッツ・映画という複雑な感慨が豊かに残ります。
「うまくいく場合、見た目も美しい」。
昨年9月に丹後まで取材に行き、その後、折に触れ日経新聞やNewsPicksはじめ、各種講演でご紹介させていただいているkuska fabricが念願の帝国ホテルアーケードに進出することになりました。おめでとうございます。
丹後ブルーのネクタイやジャケット、バッグなど。バレッタ、イヤリングなどアクセサリーもあります。レザーの糸で作られたスーツケースやスニーカーなども。
楠さんオリジナルのハイテク手織り織機も展示されています。手織りによって、ソフトな風合いと光沢ある発色が表現できます。
ここから丹後の織物を世界に発信していくという決意を語る楠泰彦さん。世界中からゲストが訪れる帝国ホテルアーケードは最適な場所ではないでしょうか。日比谷公園の散策がてら、みなさまもぜひ立ち寄ってみてください。
「婦人画報」5月号フレグランス特集の巻頭でインタビューを受けた記事が、ウェブ版に転載されました。こちらです。転載、早いですね…。
20年前から伊勢丹のメディアなどで香水の記事に折々、関わってきましたが、当時はまったくひっそりとしていた市場も、今は盛り上がりを見せています。日本の調香師のなかにもアーチストとして活躍する人が出てきたりして、今後ますます楽しみですね。
風が変わると、香水も変えたくなりますね。雑誌の「モテ香水」みたいな、「これをつけるとモテますよ」みたいな勧め方をされる香水はスルーでいいと思います。ほんとうにモテる人は香水なんかつけなくてもモテます。それより、香りをかいだときにふっと自分のマインドが変わり、結果、表情がやわらぐとか、ご自身の直感的な感覚を研ぎ澄まして、それを大事にするのがいいですよ。判断基準を他人にゆだねていると、ましてやマーケティングの口車に乗せられていると、いつまでたっても不安から逃れられない人生になります(自戒)。
愛子さまがジュエリーをご愛用ということでがぜん注目を浴びているミキモトですが、製品としての完成度の高さ美しさは言うまでもありませんが、そもそも海産物のなかから一番高く売れるものとしての真珠に目をつけ、ならば養殖真珠を世に出そうというトンデモ発想を抱き、12年以上かけて真珠の養殖に成功し、国際社会からの「養殖真珠はにせもの」という総バッシングにもめげず7年かけてパリ裁判を闘い勝利を獲得し、「贅沢は敵だ」の第二次世界大戦の危機を耐え抜いた真珠王、御木本幸吉のことにも思いを馳せてほしいなと思います。高貴な輝きの真珠にひけをとらない、強くてしなやかで尊い御木本幸吉のスピリット。
銀座・ミキモトビルの前を通るたび、幸吉さんの屈託のない笑顔とユーモアあふれる言葉を思い出して元気になれるのです。
詳しくは拙著『「イノベーター」で読むアパレル全史』でも項目を立てて力説しておりますので、お読みいただければ幸いです。
「婦人画報」5月号発売。画報ではほぼ10年ぶりの香水特集が掲載されています。なので「再びのフレグランス道」というタイトルがついてますが、特集の巻頭でインタビューを受けました。歴史から最近の潮流まで、時代とフレグランスの関係を中心に解説しています。新しい季節の香水選びのご参考になれば幸いです。