LVMHがいま、なぜ日本にこれほど大きな注力をしているのか?
中国市場が揺れる中、「ラグジュアリービジネスの未来」を模索するうえで、日本の文化的成熟度と消費者の洗練性が、かつてないほど重視されています。
アシュレー・オガワ・クラーク氏によるVOGUE BUSINESS最新記事『LVMH’s big Japan plan』では、京都・東寺でのディオールショー、大阪万博でのフランス館展示、銀座の再開発戦略、そして日本の職人との共創プロジェクトまで、LVMHの動きを通してその本質に迫っています。
私もクラーク氏の取材を受ける形で本記事に協力させていただきました。文化とビジネスが交差する現在進行形のラグジュアリービジネスの動向を、ぜひご一読ください。
Why is LVMH now placing such a strong focus on Japan?
As the Chinese market wavers, Japan’s cultural depth and sophisticated consumer base are becoming more central to the future of luxury.
In the latest Vogue Business article, LVMH’s big Japan plan, Mr. Ashley Ogawa Clarke’s story explores Dior’s show at Kyoto’s To-ji temple, LVMH’s striking presence at the Osaka Expo, major Ginza real estate moves, and meaningful collaborations with Japanese artisans.
I had the pleasure of contributing to this article. It’s a timely look into how culture and commerce are converging to shape the next chapter of luxury.
<Vogue Businessにアクセスできない読者のために、以下、日本語の概要を記しておきます>
LVMHの日本進出大計画
中国の需要が冷え込むなか、世界最大のラグジュアリーコングロマリットが、日本市場への大胆かつ可視的な攻勢をかけている。その動きは、業界全体の構造変化の兆候でもある。
執筆:アシュリー・オガワ・クラーク(2025年5月21日)
4月、京都の東寺にて桜の下で開催されたディオールのプレフォールショー。
先月開幕した大阪万博の「フランス館」は、「遺産と文化の祭典」と銘打たれているが、これはLVMHが日本市場での存在感を大きく拡大することを告げるショーケースでもある。
館内には、ルイ・ヴィトンのトランクが天井まで84個積み上げられ、それぞれの中に職人が製品を作る様子を収めた映像が。中央には白いトランク90個で構成された6.6メートルの巨大な地球儀が宙に浮かぶ。ディオールの展示では、400体のトワル(仮縫い服)が、3Dプリントの香水瓶やブランドを象徴する3色の「バー・スーツ」とともに並ぶ。
LVMHのCEO、ベルナール・アルノーはこの万博で「日本はLVMHにとって特別な場所」と述べた。この関係は1980年代、日本の消費者がラグジュアリーブームを牽引した時代に築かれたが、今あらためて重要性を増している。現在、日本は同社の売上の9%を占めており、アジアや欧州での売上減少が続く中、日本はその活動拠点として注目度が高まっている。
安定市場での「遺産構築」
中国市場の不安定さに比べ、日本のラグジュアリー市場は比較的安定して成長していると、LVMHジャパンのデジタルディレクター・遠藤祐樹氏は語る。実際、プラダとエルメスは2025年第1四半期に日本でそれぞれ18%、17.2%の成長を記録。LVMHは日本で1%の微減にとどまった一方、アジア全体では11%の減少だった。
インバウンド観光の回復と円安による購買力の上昇が、明るい材料とされているが、ユーロモニターのフルール・ロバーツ氏は「2024年の成長鈍化は、経済不安や人口減少による国内需要の弱さに起因しており、先行きは不透明」とも指摘する。
観光客頼みから国内需要へ
中国人観光客の消費は為替変動に敏感で、日本国内での価格上昇によって購買が鈍化している。そのため、多くの専門家は「日本人顧客との関係強化が今後の鍵」と口を揃える。
LVMHはその一手として、日本国内での「レガシー構築」に注力。4月に開催された京都・東寺でのディオールのショーには国内外から500人以上が来場し、日本人アンバサダーの起用も増加。たとえば、「SHŌGUN」主演のアンナ・サワイは、メットガラで白いディオールのスーツを纏った。
銀座争奪戦
こうしたブランドの活動と並行して、LVMHは不動産分野でも大きな動きを見せている。
2024年10月には、東京・銀座のアバクロンビー&フィッチの旗艦店ビルを400億円(約2億7600万ドル)で取得。さらに2025年7月には、アジア最大規模となるティファニーの新しい旗艦店が銀座にオープン予定であり、その向かいにはロエベの新店舗も開業する。
すでに銀座には数多くの旗艦店がひしめいており、GINZA SIX、三越、松屋といった百貨店にも広大な売り場面積が存在する。これらの場では、ルイ・ヴィトン、セリーヌ、ブルガリ、フェンディといったLVMH傘下ブランドが大きな存在感を放っている。
歴史的に日本のラグジュアリーショッピングの中心地であり、近年は観光客で賑わってきた中央通りは、着実に、そして確実にLVMHの「縄張り」となりつつある。
「少し観察するだけでも、LVMHが銀座をいかに重視しているかは明白です」と語るのは、日本市場戦略に詳しいプラス・キュリオシティのシニアパートナー、テオ・ニプフィング氏。「このエリアを戦略的に掌握していることは、LVMHが銀座を長期的なラグジュアリーの聖地として位置づけている証左です」とも付け加える。
とりわけ銀座のような一等地における商業施設の購入(あるいは賃貸)は、日本市場において極めて重要であると、ユーロモニターのロバーツ氏は語る。「日本では、実店舗でのショッピング体験が依然としてラグジュアリー商品の販売の礎になっています」と彼女は言う。「ブランドにとっては、実際の空間を通して触れることのできる本物の体験を提供し、職人技やブランドの独自性を国際的な来訪者に伝える絶好の場なのです」。
ローカリゼーションから共創へ
日本のファッション史家でありラグジュアリー分野の専門家でもある中野香織氏は、ルイ・ヴィトンの銀座並木通り店をその象徴的な例として挙げる。建築は青木淳氏とピーター・マリノ氏によるもので、真珠のように光沢を放つ壁面にアート作品が随所に配された空間だ。
「もはや高級ブティックというより、文化的なランドマークのように感じられます」と中野氏は語る。
食の展開も進んでいる。新たにオープンするティファニーの旗艦店には、日本初となる「ブルー・ボックス・カフェ」が併設される予定で、さらにディオールからも、ブランドのデザインにインスピレーションを得た前菜を提供する「カフェ・ディオール」が登場する見込みだ。
これは、最近ルイ・ヴィトンやプラダ、グッチなどが上海で店舗を閉鎖している中国とは対照的な動きである。
「日本で店舗が閉じられている? いいえ、むしろ次々にオープンしています」と語るのは、ニューヨーク拠点で日本の小売に詳しいコンサルタント、エレナ・キリウキナ氏。「これらの店舗では、ブランドの世界観を表現できるだけでなく、体験型イベントを開催したり、特別な催しのためのスペースも確保できます。可能性は無限大です」。
伝統と未来の両立
LVMHの一連の動きは、ラグジュアリー業界におけるより深い文化的転換を反映している。主要ブランドが日本との関係を、これまでとは異なる新たなかたちで強化しようとしているのだ。
中野香織氏は、「いま起きているのは、単なるローカライゼーションではなく、“共創”へのシフトの始まりだ」と語る。「もはや“ラグジュアリーを日本に持ち込む”だけでは不十分です。日本文化と相互に、意味のあるかたちで関わることが求められています」と中野氏は指摘し、日本を“購買力の高い市場”としてだけではなく、“文化的なパートナー”として見る視点の重要性を説く。
その具体例として挙げられるのが、前述のディオールによる京都・東寺でのショーである。1894年創業の京都の織物工房「龍村美術織物」は、1953年にクリスチャン・ディオールから最初の発注を受けて以来、実に70年ぶりにディオールと再び手を取り合い、プレフォールコレクションのためのブロケード(織錦)を制作。さらに、京都で5代目となる染色家・田畑喜八氏は、自らの工房でオリジナルの桜柄を染め上げた。
「これは単なるファッションではありません。文化への敬意、物語の共有、そしてディオールを“主役”ではなく“日本の遺産に招かれた客人”として位置づける行為です」と中野氏は語る。
文化的な境界線が、これまでになく曖昧かつ流動的になっていることも、こうした動きを後押ししていると語るのは、ジャパン・コンシューミングのマイケル・コーストン氏だ。
「LVMHのような企業が、その影響力を駆使して日本の伝統や工芸の美しさを積極的に際立たせようとするのは、今や自然な流れです」と彼は言う。「20年前であれば、海外のラグジュアリーブランドが日本の文化的伝統と融合することは違和感があったかもしれません。でも、今ではそれが非常に自然に感じられるようになっています」。
こうしたコラボレーションは、職人の高齢化や後継者不足に直面している日本の伝統工芸にも恩恵をもたらす。「これは“職人のオーセンティシティ(真の価値)”を、再び世界に輸出するという意味でもあるのです。というのも、こうした職人のことは、実は世界ではほとんど知られていないのですから」。
品質神話の再構築へ
LVMHグループの「メティエ・ダール(Métiers d’Art)」部門は今年、レジデンス・プログラムのアーティストに東京を拠点とする米澤周氏を選出。日本でこのプログラムが実施されるのは今回が初めてであり、同部門の公式サイトではこれを「日本の豊かな芸術的遺産と卓越したクラフトマンシップに対するコミットメントの深化」と位置づけている。
こうした地元のアーティストや専門職人とのパートナーシップは今後、大小すべてのブランドにとってますます重要になるだろう。というのも、いわゆる「ラグジュアリー商品」が高価格なわりに品質が見合っていないという懸念が、消費者の間で高まっているからだ。
ニューヨークを拠点とする日本市場の専門家エレナ・キリウキナ氏は、中国の不満を抱いたサプライヤーたちがTikTokで「ラグジュアリーブランドではなく、自分たちの工場から直接買った方がいい」と訴え、大きな反響を呼んだ事例に言及する。
「それが事実かどうかに関わらず、ビジネスには影響します」と彼女は肩をすくめる。「でも日本でつくっていれば、誰も“品質が低い”なんて言わないでしょう」。
Special Thanks to Ashley.
PHOTO: 東寺 撮影 Kakidai CC BY-SA 4.0