ジャパン・イノベーション・レビューさまより著者インタビューを受けました。
前編が本日公開、こちらからお読みいただけます。……が会員登録がある方のみ全部読めるようになっているようです。恐縮です。
アルマーニとオニツカ・タイガーの事例を基に話しました。
ファッションは、時代ごとに移り変わる価値観、ジェンダー観、地政学、技術、感情など、時代の無意識を映し出すメディアでもあります。異業種の経営者にこそ、「次に何が来るのか」を知るためのヒントが満載だと信じています。
45周年を迎えた「25ans」の巻頭リレーエッセイ「新時代のエレガンスとは?」。12月号でアンカーを務めさせていただきました。
創刊時は「赤文字系」雑誌全盛でした。レイアウトぎゅうぎゅうで学生モデルをつめこんだアレです。もはやそれらはほぼ全滅。
45年間「異端としてのエレガンスの王道」を貫いて盤石の支持を築いている雑誌はレアです。トレンドに易々と乗らないこともまた持続の秘訣、でしょうか。
45年前はただの熱心な一読者でした。それがやがて書き手として場を与えていただき、いくつもの連載の機会をいただき、45年後にはこのような責任ある機会を与えていただいていることに深く感謝します。
The 45th-Anniversary Issue of 25ans features a lead relay essay titled “What Is Elegance in the New Era?”, and I had the honor of serving as the anchor writer for the December issue.
When the magazine was first launched, the era of so-called “red-letter magazines” (akamojikei) was in full swing — pages packed with text and student models. Those magazines have mostly disappeared today.
It’s rare for a publication to have maintained such unwavering support for forty-five years by steadfastly upholding the royal road of elegance as a beautiful outsider. Perhaps the secret to its longevity lies in never chasing trends too easily, but rather staying true to its core.
Forty-five years ago, I was merely an avid reader. Since then, I’ve been given the opportunity to write, to contribute to many series, and now, after all these years, to take on such a meaningful and responsible role — something for which I feel deeply grateful.
#25ans #élégance #newelegance #palacehoteltokyo #miucciaprada #tildaswinton #cocochanel #giorgioarmani #kaorinakano
『御堂さん』11月号。
「装い文化の履歴書」という特集でインタビューを受け、スーツ360年の歴史について話し、読みやすい記事にしていただきました。
『御堂さん』は、浄土真宗本願寺派が発行する文化誌で、信仰・芸術・暮らしを通して人間の豊かさを考える雑誌です。
はじめてお仕事をさせていただいたのですが、特集にはほかに「お袈裟」の歴史についての専門家の解説もあったりして、学びの多い世界でした。
スーツ業界だけでなく、広く一般の方々にファッションの奥深さと面白さを知っていただきたいと願っています。
良い機会をいただき、ありがとうございました🌹
The November issue of Mido-san magazine features an interview with me for the special section “The Cultural Biography of Attire,” where I spoke about the 360-year history of the suit.
It was my first time working with the magazine, and I truly appreciated their thoughtful and insightful editorial approach.
Mido-san is a cultural magazine published by the Jodo Shinshu Hongwanji sect, exploring the richness of human life through faith, art, and everyday culture.
This issue also includes an enlightening feature on the history of Buddhist robes (kesa), making it a fascinating intersection of attire and spirituality.
I’m grateful for the opportunity and hope the article helps a wider audience discover the depth and beauty behind fashion history.
北日本新聞別冊「ラグジュアリーの羅針盤」Vol. 35。富山から発信するローカルラグジュアリーをテーマに、8月末に2日間にわたり開催されたレクサス富山のイベントから学んだことを書いています。
それにしても一か月経つのは早くて、一か月は十分に長い。
EON 11月号「オヤジの本音」特集。
本音が愛される男と嫌われる男の違いについて、お題をいただきました。
秋らしい好天でございますね。
よい一日を✨
キネマ旬報」10月号 ウェス・アンダーソンの最新作「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」を特集しています。
この映画でもカルティエ、ダンヒル、プラダ、オリバー・ピープルズの小物たちが重要な役どころとして登場するのですが、ウェスの世界観とハイブランドとの相性がよいのはなぜなのかを解説しました。
映画はオールスター・キャストでこれまで以上にウェス色全開。音楽、衣裳、小物、ストーリー、カメラワークの細部まで徹底的に作りこまれたウェスワールドに、ファンはおそらく終始ニコニコです。
キネ旬に書くのは超お久しぶりです。この雑誌にはかつて4年半、映画の連載をもっていたことがあり、そのころは一年に150本以上の映画を見ていました。あの頃の体力はどこへ。
The October issue of Kinema Junpo features Wes Anderson’s latest film, “The Phoenician”.
In my piece, I unpack why Anderson’s universe pairs so naturally with high luxury houses—this time Cartier, Dunhill, Prada, and Oliver Peoples all play pivotal “supporting roles” as accessories with narrative weight.
The film is an all-star ensemble and Anderson at his most distilled: music, costumes, accessories, story, and camera work are obsessively crafted down to the last detail. Fans will be grinning from start to finish inside this fully realized “Wes-world.”
It’s been ages since I last wrote for Kinejun! I once ran a film column there for four and a half years, during which I watched more than 150 films annually. Where did that stamina go, I wonder?
Men’s EX 秋号が発売です。特集「教養としてのファッション」。
スーツ360年の歴史と現在地・未来につき解説しました。3ページにわたる年表つきのわかりやすい記事としてまとめていただいております。編集部の小曽根さんありがとうございました🌹
それにしてもMen’s EXの創刊が1994年なんですね。当時はインターネットもなくて、スーツの歴史の本を書くには今のことも知っておかないと、と思って毎号買って研究させていただいていました。いつのまにか書く方に回っているという時の流れの速さよ…
Youtube 動画Be Suits 服学シリーズもあわせてご覧ください。スーツ360年の歴史と地球レベルでの広がり、ジェンダーを超える力、文化史的な面白さをぜひ。「マフィアとスーツ」は今日の時点で9.7万回ものビューをいただき感謝します。
そして全国のテーラーのみなさん、スーツ関係者のみなさん。2026年のスーツ生誕360年という貴重なチャンスを、「ヘリテージ」として最大限に活用してください。
GQ10月号「ニュースーツ」特集。巻頭エッセイ「スーツ、360年目の自由」を書いています。
ご高覧いただけますと幸いです。
連日の35度越え…。早くスーツが楽しめるほどの涼しさが到来しますように。
MEN’S EXから新しいラグジュアリーの価値観についてインタビューを受けた記事がウェブ公開されました。
英語版はこちらです。
写真は富山城。レクサス富山のイベント出演のため3泊4日過ごしたANAクラウンプラザホテルの部屋からの写真。
真珠王・御木本幸吉さんの項目も『アパレル全史 増補改訂版』より 抜粋・編集してPresident Onlineに公開されています。
うどん屋の息子だった幸吉は青物商を始め、海産物も扱うようになる。海産物の中で最も儲かるものは…… 海女が偶然に出会う天然真珠だった。
であれば、養殖して作ればいい、と発想する楽観性。
今現在の現実の足元をまっすぐな目で観察し、思い込みから「ムリ」と決めつけたりはせず、すぐに行動し、研究を重ねて成功するまで12年でもやり続けるという行動力と執念。
世界中から「ニセモノ」とバッシングを受けても闘い続ける強さと自信。
周りの人を笑顔にしてしまうユーモアと茶目っ気。
私が敬愛してやまない起業家です。
さらに詳しくは、『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』をお読みになってみてください。
英語版はこちら。
Photo: Mikimoto展示会にて筆者撮影 Yuima Nakazato × Mikimotoのコラボ
ブライダル一筋を貫くことで、日本文化の復興にも貢献した桂由美さん。
『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』から抜粋・編集して、プレジデント・オンラインに記事が掲載されています。
戦後、神前式結婚式がポピュラーになったのは 神道が普及したためではなくて 神道の宗教的な意味が欠落していたから。クリスマスの普及も同じですね。大衆化の過程においては 、(是非はさておき) 意味が欠落しているほうが広まりやすいということがありますね。
英語版はこちら。
Photo: Yumi Katsura のショーにて筆者撮影
「記憶に残るドレスは、ただ見た目が素晴らしいだけでは不十分です。
それは、わずか数ヤードの布や、前と後ろのスケッチにすぎないものではありません。
そのドレスには、着る女性を魅了し、心を躍らせ、変容させるだけの十分な魅力と神秘を織り込まなければならないのです。なぜなら、ドレスを忘れがたいものにする最も重要な要素は、ほかでもなくそれを纏う女性だからです」(”100 Unforgettable Dresses”にアルベール・エルバスが寄せた序文より)
先日、あるウェディングドレスをめぐるレンタル店と利用者とのやりとりがSNSで大きな反響を呼びました。レンタル予約されていたドレスが、別の場面で意図せず使用されたと伝えられたことから、利用者が不満を示し、議論は職業観や価値観の問題にまで広がりました。
このできごとは、ドレスという一枚の衣服が持つ力をあらためて思い起こさせます。アルベール・エルバスが『100 Unforgettable Dresses』の序文で述べたように、女性の魅力と一体となったドレスは単なる布切れではなく、女性を変容させ、その瞬間を永遠に刻む力を発揮します。マリリン・モンローのゴールドドレスやオードリー・ヘプバーンのジヴァンシーのブラックドレス、ダイアナ妃のウェディングドレスやリベンジドレスが、ある時代の象徴として歴史に刻まれているように、究極のドレスは人の人生を変容させ、社会の記憶に残るほどの力を発揮します。
そして忘れてはならないのは、その力が価格やブランドに依存するものではない、ということです。高価であるか否かにかかわらず、「その人にとって」究極の一枚であるならば、それはラグジュアリーの領域に属します。ラグジュアリーとは、人の心を高揚させ、自信と輝きを与え、変容をもたらすパーソナルな体験そのものだからです。
今回の一件は、職業観や背景の違い、そもそものデザインを持ち込んでの論争にも発展しましたが、ドレス、とりわけウェディングドレスが女性にとってどれほど大切で特別な存在であるかを私たちに思い起こさせるできごとでもあったのではないでしょうか。着用者の心を曇らせることなく高揚させ、歓喜と自信を与え、新しい自分へと変容させるほどのパワーをもつもの、それが「その人にとって」高い価値をもつウェディングドレスなのです。一点でも心を曇らせる何かが入り込めばすべて台無しになる、だからこそウェディングドレスのデザイナーも業界は最大限の配慮を怠たらない。
たかが服、代わりはなんだってあるでしょ、という見方もあるでしょう。その一方で、ドレスと女性と歴史にはこのような本が書かれるほどの歴史があるということを知ったうえで、一枚のドレスが生み出す変容と記憶の力をもっと尊重してもいい。と思っています。
*ウェディングドレスのデザインに生涯を支えた桂由美さんについても、『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』に詳細に解説しました。ぜひお読みになってみてください。
キンドル版でもお読みいただけるようになりました。
夏休みの読書にお役立てください。一節、一節がミニストーリーになっているので、気になるところだけ拾い読みしてもワクワクする(たぶん)。
起業家列伝、自己啓発書としての性格も備えています。
夏の定番、シェラトングランデ東京ベイのガーデンプール。

夏がくるとやはりここで一度は滝潜りをしたくなってしまいます(成長していません…)。
いつ来ても解放感があって、広々とした空間の中で気持ちが伸びます。
みなさま、素敵な夏をお過ごしください。

さて、本題です。秋から始まるプロジェクトのために、読み進めている本のご紹介。
J.G.・パーンウェル&ケリー・メン・パーンウェル著 “Research Methods in Luxury Management” (Routledge).
ラグジュアリー・マネジメントを扱うときに必要な言語や枠組みがみっちり書かれた、一種の教科書です。国際的な共通言語を知りつつ、日本の独自性をどのように活かしていくのか、一緒に考えていきたいですね。
One of the books I’m currently reading in preparation for a new project launching this autumn is Research Methods in Luxury Management by Michael J.G. Parnwell and Kelly Meng (Routledge).
It’s essentially a textbook—dense with the language and frameworks required for engaging with luxury management from an academic perspective.
As we deepen our understanding of the global vocabulary surrounding luxury, I hope we can also explore how best to bring Japan’s unique sensibilities into the conversation.

(自分の子どもの写真を撮るような行為と同じようなものだと思ってください)
人生を変えたい、変わりたい、という願望をよく耳にする。スピリチュアル系が人気なのもそんな願望に応えているのでしょうね。
私も変革者が大好きなので、そんな願望に共感するのですが。
ファッションの領域での変革者を研究し、本にも書いている立場から何か言えることがあるとすれば、現実レベルで地味にも見える行動をある一定期間変わらずに続けてきた人が結果として人生を変え、時に社会まで変えている、ということ。
エルメスの創業者ティエリー・エルメスは、13歳のときパリをめざし500キロの道のりを一人で淡々と歩いた。
MIKIMOTOの創業者、御木本幸吉は 真円真珠の養殖の成功までに15年かけている。
現代においても、スズサンの創業者、村瀬弘行氏は、知人もいないデュッセルドルフで一件一件、泥臭く営業するということを5年続けている。
舘鼻則孝氏もメールを100通送り続け、ようやく3人から返事をとりつける。その一人がレディ・ガガのスタイリストだった。
現実を大きく変えるもっとも確実な方法(のひとつ)は、志を変えず地道に行動を続けること。
『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』では、迷ったときに道しるべを示してくれる、そんな変革者たちを紹介しています。
Photo: By Courtesy of Mikimoto
We often hear people say they want to change their lives—or change themselves. The popularity of spiritual practices likely reflects this widespread longing for transformation.
I, too, am drawn to changemakers and deeply resonate with that desire.
From my perspective as someone who studies and writes about innovators in the world of fashion, if there’s one thing I can say with confidence, it’s this:
Those who have truly transformed their lives—and sometimes even society—are often the ones who quietly and consistently carried out seemingly modest actions over a sustained period of time.
Thierry Hermès, the founder of Hermès, walked 500 kilometers alone at the age of thirteen to reach Paris.
Kokichi Mikimoto, the founder of MIKIMOTO, spent fifteen years perfecting the cultivation of round pearls.
In more recent times, Hiroyuki Murase, founder of Suzusan, spent five years persistently visiting shops one by one in Düsseldorf—a city where he had no connections—to promote his brand.
Artist Noritaka Tatehana sent out 100 emails before receiving just three replies. One of them came from Lady Gaga’s stylist.
One of the most reliable ways to bring about real change in life is to stay true to your vision and keep taking steady, grounded action.
In The Complete History of Apparel Through Its Innovators – Revised and Expanded Edition, I introduce the stories of transformative figures—changemakers who offer guidance and inspiration when we find ourselves at a crossroads.
中島敏郎『英国流 旅の作法』(講談社学術文庫)を読み返していたら、ペデストリアン・ツアーについて書かれたところで「スーツにリュック」の源流と思われるイラストに遭遇した。
(以前も見ていたはずなのだが、現代生活のなかでス―ツにリュックを不思議な光景として見ていたので、意識の中に入ってきたのでしょうね)
1780年代のイングランドでは、歩いて移動することは、貧しくて階層も下であることのあらわれと見られていた。ところが10年経った1790年代には、少数の上流階級の人々が歩き出した。ただ、歩く人は散策で歩いている「しるし」を服装であえて示さなくてはならなかったとのこと。それがこのリュックでしょうか。
「スーツにリュック」は決して21世紀の日本特有の光景ではなく、源流は1790年代の「自然」にロマンを求め始めたイングランドの徒歩ツアーに源流がある、ということで。
図のクレジットは次の通り:Sylvanus [W. M. Thackeray], Pedestrian and Other Reminiscences at Home and Abroad: with Sketches of Country Life (Longman, 1846), frontispiece.
半年以上前にパリコレ詐欺でコメントした朝日新聞の記事に関し、 なぜか今また反応が活発になった。またどなたか学生さんが「パリコレにモデルとして出ました」とSNS投稿して炎上しているらしい。
あの時だいぶ浸透したと思っていたのだが、世間一般に常識となるほどには広まっていなかったのですね。
先月出した『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』のなかで 「パリコレもオートクチュールも安易に使用してはいけない用語」 というコラムとして知っておくべき基本的な情報をまとめています。 何らかの形でかかわろうとする方は是非お目を通していただきたいです。
パリコレに出たと主張するのも、それを批判するのも、まずは基本情報を共有したうえでおこないませんか。無知なだけで叩かれる若い人を見るのはしのびない。
もし、ほんとうに公式スケジュールであることを強調したいのであれば、正確な表記は「パリ・ファッションウィーク®に参加」です。
このパリ・ファッションウィーク®の原型を作ったのが ほかならぬ髙田賢三さん。 1971年10月におこなった合同ショーがそれです。この詳細も『増補改訂版』の「髙田賢三」の項目に詳しく記しています。ぜひ、お読みになってみてください。
正しい知識を身に着け、騙される若い方がいなくなるよう、願っています。
*ファッションジャーナリストの宮田理江さんに丁寧なレビューを書いていただきました。ありがとうございました。
新著『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』、全11章の各章の扉につけた格言風のことばのなかから、たとえば第6章「ラグジュアリーブランドの系譜」の扉につけた次の言葉をちょっと補足させていただきたい。
Luxury apparel is not worn. It transforms.
「ラグジュアリーは、装いによって自己と文化の形を変える力である」
よいコートは身体を温める。ラグジュアリーなコートは歩き方を変える。
よい宿は安らぎを与える。ラグジュアリーな宿は新しい文化を創る。
ここでいう「ラグジュアリー」はいわゆるハイブランドである必要はないし、 設備が豪華絢爛な高級ホテルであることとはまったく無関係。ましてや「富裕層は何が好きか?」を探ることとは何の関係もない。
ではなにが現在と未来においてそのような力をもつのか?
ラグジュアリーを考えるということは、自己と文化を変容させるほどの力を考えるということ。
*写真は、ボッテガべネタ銀座旗艦店でおこなわれた詩人・菅原敏さんの詩の朗読イベントより。
『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』本日、発売です。
ご協力を賜りました方々に、あらためて、厚くお礼を申し上げます。
各章扉につく格言(英語・日本語)も、著者の私が作成いたしました。先人の名言をもっともらしく引用するのはもう十分、やりつくされた感もあります。自分が新しく言葉を作ってもよいのではないかと思い、挑戦しています。
西洋と日本、ハイブランドから日本の先駆者、裏原から伝統工芸まで、100人の変革者を通してアパレルの今を概観しました。
初版にあった口絵の年表をはずし、代わりに、LVMH、ケリング、リシュモン、それぞれの傘下にある全ブランドを一覧にしました。エルメスの家系図もつけております。巻末には日本のファッションブランド一覧をつけました。参考文献、参考映画一覧も整え、全494頁です。
“The Complete History of Apparel Through Its Innovators – Revised and Expanded Edition” launches today.
I would like to extend my heartfelt thanks once again to everyone who supported the making of this book.
Each chapter opens with a proverb—crafted by me in both English and Japanese. Rather than quoting famous lines of the past, I felt it was time to create new words that reflect our present. This was my personal challenge.
From Western maisons to Japanese pioneers, from high fashion to Ura-Harajuku and traditional crafts, this book explores today’s apparel landscape through the stories of 100 innovators.
In this new edition, I removed the original timeline and instead included a full index of brands under the LVMH, Kering, and Richemont groups. A Hermes family tree is also featured, along with a comprehensive list of Japanese fashion brands. References include both books and films. The final volume is 494 pages.
Men’s EX 2025年夏号は、ラグジュアリーライフ特集。マテリアリスティックな話が多い誌面ではありますが、そのなかで「ラグジュアリーの価値観をアップデートする」というテーマで取材を受けました。ラグジュアリーの歴史の概要から最新のトレンドまで。大雑把な年表つきです。ラグジュアリー文化を考える糸口になれば幸いです。
The Summer 2025 issue of Men’s EX features a special edition on luxury lifestyles. While much of the content leans toward the material aspects of luxury, I was interviewed for a piece exploring how our values around luxury are evolving.
The article offers an overview of the history of luxury as well as current trends—complete with a broad-strokes timeline. I hope it serves as a starting point for Japanese readers to reflect more deeply on the meaning and cultural significance of luxury today.
新刊『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』の見本が届きました。質・量ともにオリジナル版から大幅にパワーアップいたしました。社会にインパクトを与えたクリエイター、経営者、ディレクター、エディター、学芸員まで、西洋と日本を広くカバーしています。変革者の情熱と功績に焦点を当てながらファッションの推移をたどる、類のないファッションの近現代史です。
ご協力を賜りました多くの方々に、厚くお礼を申し上げます。
The sample copy of the new edition of The Complete History of Apparel Through the Lens of “Innovators” – Expanded and Revised Edition has arrived. It has been significantly enhanced in both scope and depth compared to the original version. Spanning from Western to Japanese contexts, it covers creators, executives, directors, editors, and curators who have made a profound impact on society. By focusing on the passion and achievements of these transformative figures, this is an unparalleled modern history of fashion that traces the evolution of the industry.
I would like to extend my heartfelt thanks to all those who have offered their invaluable support.
アマゾンなどでのご予約を受け付け中です。
初校ゲラが届きました。
大幅に増補・改訂し、500ページ近い本になりそうです。
ラグジュアリーブランドの系譜から伝統工芸をアップデートするクリエイターまで。20世紀を更新したデザイナーから21世紀を動かすカリスマ経営者まで。総勢100名ほどのアパレルイノベーターが登場します。
6月20日発売です。 各ECサイトで予約受付中。どうぞよろしくお願いいたします。
#『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)
The first proofs of my upcoming book A Complete History of Apparel through Innovators – Expanded and Revised Edition have arrived.
This extensively updated volume will span nearly 500 pages, covering a wide range of innovators—from luxury brand visionaries and creative directors redefining Japanese traditional crafts, to the designers who reshaped the 20th century and the charismatic leaders shaping fashion in the 21st.
Around 100 key figures in global apparel innovation are featured. The book will be published by Nihon Jitsugyo Publishing on June 20.
I’m also currently seeking international publishers interested in producing a translated edition. If this project resonates with you, I would love to connect.
Q JAPAN 4月号特集はTokyo New Ivy。
ブリティッシュ・アイビーについて解説しました。
とはいえ「ブリティッシュ・アイビー」なる用語は当のイギリスでは使われず、日本独自の分類・解釈により生まれた言葉&スタイルと思われます。
(こういうの、日本は巧いですよね)
日本の「アイビールック」(これじたい、アメリカを経由したイギリスのトラッド由来ですが)がイギリスの伝統服装を再解釈した結果……イギリス側では日本独自のスタイルとして認識される可能性があります。
The April issue of GQ JAPAN features “Tokyo New Ivy.”
I provided an explanation of British Ivy.
That said, the term British Ivy is not actually used in the UK. It seems to be a concept and style born from Japan’s unique classification and interpretation.
(Japan is quite good at this kind of thing, isn’t it?)
Japan’s Ivy Look (which itself is essentially British trad filtered through America) has reinterpreted traditional British clothing. As a result, there is a possibility that it may be recognized in the UK as a uniquely Japanese style.
全方向から、さらに分解された内部の構造から、歴史上の衣服の詳細を視覚的に明らかにする驚きの西洋近代服飾史。447ページにおよぶ、ずしりと重いオールカラーの写真本は類例がない。長谷川彰良さんの情熱の結晶、『近代服飾史の教科書』。本当におめでとう。
本HPの長い読者の方には記憶があるかもと思われるのですが、まだアパレル企業に務めていた彼から初めて衣装コレクションを見せていただき、これは世界で誰もやってないはずだからGO!と背中を押してしまってから10年。
こんなに素晴らしく結実した成果を見て深く感動しています。10年は実に長く、でもあっという間だ。私も次の10年を視野に入れて着実に行動を積み重ねていこうと気持ちを新たにしました。
先日、お伺いしたポーラ文化研究所でご恵贈いただいた本、『平成美容開花』。これが優れた平成美容史になっているのです。
コロナ禍において、研究員のみなさまが平成に出版された美容誌やファッション誌をくまなく読み込んで研究。その成果が本にデータとして反映されているとのこと。
あと50年経ったら(今も、ですがさらに)とんでもなく貴重な文化資料になっているでしょう。
コスメの空前のブームです。自分を素敵に見せるメイクの研究に余念がないのはけっこうなことですけれど、どのような時代にどんな思いをもって何を目指して自分はヘアメイクをしているのか?ということは一度考えてみても無駄ではないように思います。
それを考えるときの基準として、近過去の日本女性によるヘアメイクの闘い(!)を知るのも一興です。
瞬間風速的に「かわいい」「きれい」をめざした集合体の無意識が、時の経過で浮き彫りになる感じ。
ポーラ化粧文化研究員のみなさまによる地道なリサーチとわかりやすいアウトプット、リスペクト💙
SPUR 12月号、発売です。
「読む『宝石と腕時計』」特集で協力させていただきました。宝石を連想させる文学の言葉を探せ、というミッション。
ボードレール、シェイクスピア、キーツ、宮本輝、三島由紀夫から探してきました。本棚の埃がきれいになりました。
よろしかったら本誌をご覧くださいませ。
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文学の言葉は長く残り、時空を超えて後世の人々に影響を与えるものであるなあ……ということを改めて実感していた矢先に、ちょっと心に引っかかる光景を目にしたので、記しておきます。
リアルであれインターネット上であれ、
仮に言葉をかけるならば、どんな相手であれ最低限の敬意をもってかける。
よほど軽蔑や怒りが大きければ、ひねりのある皮肉で昇華する形で伝える。
それさえ難しければスルーするか思い切り距離をおいて法的処置にゆだねる。
それが人に影響を与える言葉を使う人間の責務であり大前提とされてきたし、 言葉によって社会になにがしかの影響を与える人間の価値でもありました。 学問の世界に長くいたのは、そんな「生きるお手本」のような先達への尊敬と憧れがあったためです。
そのような倫理観が公然とふみにじられる光景を目にしました。
若者や子供たちは、それでもなお影響力をふるう大人の態度を模倣します。
罵倒や侮蔑のことばを立場のある人が公然と放てば、それをOKなのかと受け取る若者が主流になる数年後、「そんな」世の中になってしまう。
言葉を用いて仕事をする人が(そうでなくても、ですが)責務を倫理的に果たすということは、何年後かの自分ないし子孫が生きる未来の社会環境を作るための、最低限の投資でもあります。さらにそれを美しく使えば、後世の人々を救う光にもなります。
自戒を込めて、です。
北日本新聞別冊「ゼロニイ」10月号発行されました。「ラグジュアリーの羅針盤」Vol.23 「ゲストに迎合するのではなく、啓蒙せよ」。
ラグジュアリーに関する講演をするたびに受ける、「富裕層に気に入られるにはどうしたらいいですか?」という質問について考えていました。なんかこれって、「女性にモテるにはどうしたらいいですか?」という質問と似ているなあ、と。
女性っていっても女性の数だけいて一人一人全く違うし、ましてや「富裕層」なんてひとくくりにできるものではない。新興のインフルエンサー系の富裕層と先祖代々の資産を守っている富裕層では考え方も趣味も全く異なるし、保守層の中でも個性がそれぞれ違う。マクドナルドのハンバーガーを好むウォーレンバフェットのような人もいる。
そもそも、「こういうの、お好きでしょう?」「マーケターによれば富裕層はこういうものをお好みらしい」みたいにブランディングされ、提供されたものが面白いのだろうか? マーケティングの結果の予想をはるかに超えてくるもの、圏外から新しい発見をもたらしてくれるようなものに、人は価値を見出すのではないだろうか?
ジェンダー問わず本当にモテる人は、媚びたりせず、自分を曲げても相手の好みに合わせたりはせず、主体性をもち、新しい発見をもたらしてくれる。だからこそ、会いたくなる。
それと同じで、結果的に富裕層にモテるサービスは、志や理念をもち、ゲストに迎合しすぎず、むしろゲストに新しい視点を提供して啓蒙してしまうようなところがある。だからリピートされる。
マーケティングリサーチ以前に大切な前提があるように思います。
LEON 11月号発売です。LEONには珍しく、ビジネスウェアがスタイリングされておりますね。
特集「チラリズム The Art of Teasing Glimpse」において巻頭エッセイを寄稿しました。お近くに本誌がありましたらご笑覧ください。
SPUR 11月号「私が愛した香水物語」でインタビューを受けました。フレデリック・マルに香水を選んでいただいたときのエピソードを紹介しています。お近くにSPURがありましたらご覧ください。
さて、フレデリック・マルがパリ本店で顧客に香水を選ぶとき、顧客の話を聞きながらアドバイスをするので、その結果、「パリの秘密の人間関係のすべてを知っている」ことになるわけだが(まるで告解室)。フランスに奥深い香水文化が発達していることと、パリに秘密の人間関係がたくさんあることとの間には、密接な関係がある。
ヨーロッパ型ラグジュアリーの源には、語源のイメージから、「色欲(lust)」があるということを本にも書いた。ヨーロッパ、とりわけフランスは色恋沙汰には寛容である。フランスの大統領の不倫やら恋愛沙汰はプライベートの問題で仕事や人格とはまったく無関係と見られてきたし、一般人も、他人様のことをとやかくいう資格は私にもないので、という態度である。
このような、自由奔放な性愛の快楽を肯定する思想を「リベルティナージュ」という。遠くアンシャン・レジーム時代の貴族社会に根を持つこの伝統、早い話が不倫に関する寛容さが、ヨーロッパの服の色気や優雅な空気感、香水の繊細で奥深い魅力をひそかに支えている。
リベルティナージュをホメているわけではないが、その独特の秘めやかな雰囲気を理解しないと、フランスのラグジュアリーも理解できないだろう。
一方、日本は、皆様ご存じのように、リベルティナージュ一発退場である。日本という環境でヨーロッパ型ラグジュアリーを真似をしても本物感が生まれにくい理由もそこにある。
日本は日本で、自分たちの独自の快楽や文化を冷徹に見つめなおし、そこに根差すラグジュアリーを創造していきたいものです。
8月31日におこなわれたDesign Week Kyoto 2024の内容が写真とともに公開されました。
私が話をさせていただいたプログラム3「モノづくりの持続性」はこんな楽しい図解でまとめてくださっていました。
かえすがえす、台風で現地に行けなかったのが心残りです。
さて、きもののルールやマナーや「格」について諸説とびかう状況が再燃していますが、きものを存続させたいという一心で書かれた、きもの愛に支えられた以下の2冊の本を、大前提としてお読みになることをお勧めします。
まずは、経済学者の伊藤元重さんと、きもののやまと会長の矢嶋孝敏さんによる『きもの文化と日本』。きもの警察さんが言う「格」や「正解」について、痛烈に斬っていきます。
矢嶋さんによれば、「きものの格」は着物業界の策略。シチュエーションごとに1枚ずつ買わせようという作戦であり、きものそのものに「格」があるという考え方が根付くのも、1976年以降とのこと。
みんなが「正解は自分の外にある」と感じていれば、その正解を知っている人が優位に立つ。ルールをつかさどる司祭のように。ルールを複雑にすればするほど、消費者より優位に立てる。その不安につけこんできたのが戦後のきもの業界だった。売る側からしたら高額なフォーマルのきものを売るほうがいい。フォーマルの場合、個人の美意識は無関係になる。「こういうものなんです」といわれたら、よくわからないまま買うしかない。いくらでも高いものが売れる、と。
そういう実態を知れば、今うるさく言われている格もマナーも、伝統でもしきたりでもなんでもないことがわかります。
もう一冊は、Sheila Cliffe, “The Social Life of Kimono: Japanese Fashion Past and Present”. Bloomsbury.
英語版ですが、「日本の着物を殺しているのはきもの学院」という旨をずばり書いています。
着物は本来、これほど着付けにうるさいものでもなく、因習にとらわれたものでもなかった。なのに、教条主義的なきもの着付け教室ではとても細かなルールを順守すること、がまんすることを強いられる。それ以外の着方をするだけで批判されるし、着物が本来もっていたエロティシズムがまったくなくなっている。これが着物から人を遠ざけている最大の要因である、としています。
上記の2冊とも、<きもののルールが恣意的に厳密に作られすぎ、敷居が高くなっている。一般の方がもっとカジュアルに自由にきものを楽しむことができれば、需要も増える> という思いに基づいています。フォーマルきものはフォーマルきものの世界があってもちろんよいですが、よりカジュアルに、日常で自由にきものを着られる雰囲気が醸成されれば、きもの産業全体へ利益が還元され、ひいては伝統の継承につながるのではないでしょうか。
有川一三さんが「これを読んで人生が変わった」と推薦していた、鈴木鎮一さん著『愛に生きる』を読む。バイオリンの「スズキメソード」の鈴木先生の本。人間が「才能をのばす」ために必要なシンプルな真理が豊富な具体例と共に紹介されていて、心が浄化されていくような読後感がある。盲目のこどもがバイオリンが弾けるようになるまでのプロセスには心がゆさぶられた。
鈴木先生の理想のイメージのなかには、アインシュタインとその知友のグループと共に過ごした体験がある。
人間の理解に基づいた深い思いやりに包まれ、「あの人びとの高い感覚、謙虚な姿、人間への深い愛情を持った人間に育てたい」という夢の実現に、鈴木先生はすべてをかけることになる。
こういう理想を共有しながら才能を育てあう、という社会が実現できたらすばらしいですね。次世代教育においても、企業研修においても、はたまた自身を育てることにおいても、このシンプルな真理を徹底・実践することで才能は自らのびていく。身近な愛に包まれることが、世界平和への最短の道でもある。
この考えに影響を受け世界一のジュエリーコレクターとなった有川さんの例を見ても、グローバル型ではない日本のラグジュアリーを「育てる」(という表現はおこがましいですが)上において鈴木先生の思想は大きなよりどころになる。
『愛に生きる』(講談社現代新書)は1966年発行で現在99刷。
W. David Marx著 “Status and Culture”日本語訳が筑摩書房から刊行。おめでとうございます㊗
22年に英語版が出たときにDavidからご恵贈いただき、Xにアップしたら黒木章人さんが訳したいと手を挙げてくださいました。実現して540頁近くの品格ある本になり、感動もひとしおです。議論の場が広がることを楽しみにしています。
翻訳家の黒木さんとのご縁は、そもそも私が『メガネの歴史』の書評を共同通信で書いたこと。この本の翻訳者が黒木さんでした。以来、Xでのご縁が続いています。
デイヴィッドとGQで「ジェントルマン」について対談したときにも、この本について触れています。よろしかったらこちらで復習(予習?)してね。
君塚直隆先生が監修した本、2冊。ともにマニアックな小ネタもおさえられ、初心者から専門家まで楽しめそう。
まんが版『エリザベス女王二世』をさっそく読了したのですが、巻末には「エリザベスのお悩み相談室」まであって、女王の名言が「お答え」として納得感あるよう使われています。そのお茶目っぷりにも君塚先生らしさが表れる愛らしい本。小学生対象のようですが、小学生気分が抜けない私にもぴったりだったかも。
『イギリスを知る教科書』のほうはあらゆる領域をカバーしなくてはいけないため、当然「ファッション」の項目は不足感が多いのですが、こればっかりは仕方ないですね。全分野の概略とポイントを、イラストと写真でわかりやすく表現するのはかなりたいへんなこと。こんなふうに概略がつかめると心強い。
婦人画報9月号発売です。『「ハレ」の日のバッグ』特集で巻頭エッセイ書きました。現代におけるハレとケの意味を考えるのがサブテーマになっています。
見かけられたらお手に取ってご覧くださいませ。北海道特集も眼福です。
酷暑が続きますが、どうぞご自愛ください。
谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』のなかの「懶惰の説」を読む読書会に参加。
大昔に読んだことがあった本で、再読ではあったがすっかり新しい印象。この本は日本の西洋化が進む「二重生活」の矛盾のなかで失われつつある日本の美点を指摘した本でもあった。
当時とは逆に、(行き過ぎ)グローバリズムから日本の伝統の見直しが進む今だからこそ、新しい発見が多い。伝統を見る視点と言葉を与えてもらった。
とりわけ「懶惰の説」は、努力や意志で勤勉にあくせく目標を達成していく西洋型に対する、東洋的「懶惰」の在り方からの痛烈な批判になっている。
面白いのは、谷崎自身は、勤勉に小説を書く、懶惰の逆タイプなのだけれど、ここでの論理はあくまで懶惰の側に立って東洋的なあり方の良さを説いている。この茶目っ気のある余裕がいいですね。
刺戟性の強い食べ物を食べ、精力を濫費する西洋型の養生法よりも、決まった粗食を少なく食べ、あまり動かない東洋型養生法のほうが長生きする、食中毒になることもないし、という指摘にも笑いました。コスパ・タイパでパーパスに向かってハッスルしても、帰結するのは同じところだからねえ、たしかに…(笑)
いくつも興味深い発見あり。おいおい、原稿や取材などに反映させていきます。伝統工芸を見るときにはやはり、グローバル化以前の視線や言葉を知っておくことも不可欠ですね(勤勉型すぎる自分)。
高知へ二泊三日の出張。行きJALは可能な限り「K」席をとって富士山を眺めるのが好きなのですが、毎回、表情が違う。今回の富士山は水墨画のようでした。
〇異動の合間に山口周さんの『クリティカル・ビジネス・パラダイム』読了。新しい言葉で現実を明快に分析し、これからのビジネス、ひいては社会のあり方を提示してくれる本でした。
社会運動・社会批判としてのクリティカル・ビジネス。新・ラグジュアリーも歴史上のアパレル・イノベーターもすべてクリティカル・ビジネスというカテゴリーにくくられることになるんだなと共感。従来のありかたを批判し、新しいパラダイムを提示する、という意味で。
・品質や機能ではなく、哲学
・ビジョンに顧客や市場が含まれない
・マーケティング理論では説明不可
・市場に存在しない問題を生成する
センスの悪い顧客のウォンツに答え続けている限り、水準の低い世界が広がるばかり(アファーマティブ・ビジネス)。クリティカル・ビジネスは新しい理想を掲げ、むしろ顧客を批判・啓蒙し、その結果、社会を変え、市場を新しく作ることになる。社会課題解決型のソーシャル・ビジネスとの違いは、ソーシャル・ビジネスがすでにコンセンサスがとれていることに取り組むのに対し(SDGs的なこと)、クリティカル・ビジネスはアジェンダを最初に掲げる。
「問題とは、『あるべき姿と現状のギャップ』として定義されます。ですから『それまで問題でなかったものが問題になる』というのは、現状を『そのようなものだろう』とこれまで受け入れてきた人が、ある日、目の前の現状とは異なる『あるべき姿』をイメージするようになったとき、初めて生まれる」。ここに新しいビジネスが立ち上がるわけですね。なのでその過程には必ず世界観・価値観の転換が起きる、と。
「次世代の人にぜひとも譲り渡していきたい」ものを本当に作っているのか、環境負荷の大きい物品を作り続ける現代に批判的に問う姿勢こそが今求められること、という主張は新・ラグジュアリーの考え方とも通底するものがあり、確かな言葉で視界を開いていただいた思いがします。
トッド・ローズ『ダークホース』(三笠書房)。
型破りなルートで活躍するようになった「普通の人々」をダークホースと位置づけ、その特徴を抽出。ユニークな具体例とともに示される。中でも興味をひかれたのが、全米トップの紳士服テーラー(「タウン&カントリー」選出)、アラン・ルーロー。アメリカの慣習にもイギリスの伝統にもない独特なきわどいテイストの注文紳士服を創る。テーラーの職人修行も積んでないし、ファッション業界にいたわけでもないのに、ボストンで空きビルに部屋をみつけ、まず看板を掲げ、そこから作り方を学び始めた。数年も経たず多くの賞を獲得するまでに。賭けではなく、必然。なぜこんなことが可能だったのか? 詳しくは本書でご確認を。以下はランダムですが、個人的な読書メモ。
・20世紀初頭からの「標準化時代」に対し、現在を「個別化の時代」と位置づけ、他者目線の、正規のコースから外れない「成功」ではなく、個人軸での「充足感を追求することによる成功」を考えよ。従来の「努力を重ねて成功すれば充足感を得られる」ではなく、「充足感の追求が成功を導く」。
・標準化の目標は生産システムの効率化。このために大切なことは、多様性の排除。標準化社会においては、個性はムダ。働き方を標準化し、学び方を標準化し、人間の一生を標準化した。こんな社会に未来はない。
・ダークホース的な考え方において、リスクは「フィット」で決まる。フィットとは個人と機会の多次元的な相互作用。
・独特で細分化された「小さなモチベーション」が多ければ多いほど、特定の機会を選択することによって、あなたの情熱は大きくなり、その結果、選択のリスクは小さくなる。あなたが自分の小さなモチベーションを把握している限り、誰よりも正確に選択のリスクを判断できるようになる。
・自分の小さなモチベーションと目の前の一つの機会とのフィットの度合いを見積もったうえで、重大な選択をするなら、その都度、あなたは自分の目的を確固たるものに作り上げていける。人生の意味と方向性を、自ら決定できるようになる。自分に合う戦略を突き止めたとき、目標を達成することができる。
・ダークホースが自分の選択した道に全力で挑めるのは、それぞれの目的意識が明確だから。曖昧な態度でその場をとりつくろったり、両賭けして失敗の危険を分散させたり、また、自分の進む道を観測気球を上げて様子見するようなつもりで選択したりしない。彼らは決然とした態度で行動に出る。なぜなら、自ら決めた進むべき唯一の道が彼らにはあるからだ。あなたが大胆な行動をとるときは、どのような場合でも、世界に向かってあなた自身がこう宣言するときでなければならない。「これが、私の進む道です」。
・目的地は忘れろ。既存の成功は既製服。標準化されたシステムからは標準化されたものしか生まれない。しかし目標は無視しない。目標は、個性から出現する。能動的な選択から生まれる。対照的に、目的地は自分以外の誰かが考えたもの。目標は、具体的に達成可能なもの。
・勾配上昇法。上達を目指して登ろうとする山の、もっとも険しい急斜面を探す。
・成功という山を踏破するには、自ら作り出した情熱から生まれるエネルギーと、自ら生み出した目的意識から生まれる方向性とが必要であり、湧き起こる充足感に満たされるには、自ら設定した目標を達成して得られる誇りと自尊心と充実感が必要である。
・ダークホース的な発想の4要素を人生に適用したとき、充足感と成功は、あなたが意図的にコントロールできるものになる。もはや運に翻弄される操り人形ではなく、自分の運命を支配する主人になる。自分にとって最も大切なことで上達しようと重点的に取り組むとき、もはや不安げに彷徨うこともなくなり、山腹に道を切り開きつつ上へ上へと昇っていける。本当の自分という明るい光を放つ標識灯に導かれて。
・能力主義は才能の貴族主義、定員主義。富裕層と特権階級が有利な立場に立ち続ける。これからは万人が成功する社会へ。(ここに「新ラグジュアリー」論がフィットする)
ここ一週間くらいの移動中インプットのなかで印象に残っているエンタメと本のメモです。
◎シティハンター◎
Netflix。原作の漫画も知らずに見始めたのですが鈴木亮平のあまりのすばらしさに驚愕。ガンアクションが細部に至るまで華麗。コスプレ会場でのアクションもお笑い交じりなのにダイナミックで美しい。かけらの無駄もない筋肉×天真爛漫笑顔でのもっこりダンスサービス。英語音声になったままで見ていたので、出演者全員、なんてすばらしい英語をナチュラルに話すんだと感動していましたが、これ英語版吹替だったのですね。英語版で世界制覇可能なレベル。
◎破戒◎
こちらもNetflix。恥ずかしながら島崎藤村の原作を読んでいなかったし、過去何度かの映画化も見ていなかった。弱い人間の心が差別を生む。差別の構造は100年前も今も変わっていない。時代が変わっても偏見に凝り固まり同じような意地悪をする人が大勢いる。シンプルでずしり重たいストーリーですが、間宮祥太朗の端正な清潔感、全編に貫かれる美しい日本語と救いのあるラストにより、すがすがしい余韻も残る。
◎谷川嘉浩『人生のレールを外れる衝動の見つけ方』(ちくまプリマー新書)
キャリアデザインとか人生設計なるものをかねてよりうさんくさく思っていたので(自分がレールを外れっぱなしだったのでよくわからないだけなのかもしれないですが)、そうそうそう、と膝を打つような箇所がずいぶんあった。プラン通りの平均的な人生やキャリアのレールを歩むこと、「本当にやりたいこと」を見つけさせられること、「モチベーションをもつこと」に対する疑問を思いっきり呈してくれる。
衝動は、モチベーション(3種類)という基準ではとらえきれない。合理的な説明では回収しきれない「過剰さ」や「残余」として指さすことができる、と著者は言う。「え?なんでそんなことを、そんな熱量で?」と質問せざるをえない、謎の力。このあたり、ラグジュアリーのことを考えている身には痛く共感できる。ラグジュアリーは、過剰と不可分だ。
自分で自分の価値を高めて対価をもらう、という経済行為に関しても、「自分自身で市場に売られに行く」ようなものであることに、はっと気づかされる。就活や友人関係、恋愛関係でも同じ。自分を市場価値の基準に合わせて磨いてみたりするのは、「自分を高く見せて『商品』として売り込もうとすること」ですね。それはつまり「自分を『売り物』として扱う生き方」。だからこんなにみじめな気分になってくる。
衝動は、自分でも驚くような行動をもたらす、という指摘にも共感するし、衝動は意外と持続可能性があるという指摘も、人文学的に(!)正しいと思う。というのも、こうした衝動に基づく「レールを外した」人生やキャリアというのは、私がよく講演で引用しているキャンベルの「ヒーローズ・ジャーニー」とも合致する。ヒーローはだいたい、「呼び声」に逡巡しつつも、結局は衝動に従い否応なく敷居をまたいで冒険の旅に出てしまうのだ。で、こっちのほうが自分にとっても人類にとっても確かなお宝を手にすることができる、と古今東西の神話は伝え続けています。
衝動は強い欲望ではなく、深い欲望であるということも注意喚起点として著者は指摘する。自己啓発書やセミナー、宣伝、SNSで喚起されるのは他人指向型の欲望であって、「これを欲望せよ」と決めてくるものに振り回される限り、不安から逃れられない。「私のほしがるものから私を守って」というジェニー・ホルツァーの引用は秀逸ですね。「底から湧き上がる小さな気泡に気づけ」。
衝動を見つけるために、「自分を丁寧に扱う」ことの大切さ、「それっぽい説明」で思考停止しないことの大切さなども説かれる。衝動を感受しやすいメディアに自分を変える方法、についても著者は考える。「多孔的な自己」というワードが紹介されていますが、詳しく知りたい方は本書にあたってみてください。
ラグジュアリー論との関連でもうひとつ、共感したことは「誘惑」についての議論の展開。「誘惑って、実は共犯関係なので、対象に魅力があれば自動的に誘惑が生じるわけではないんです。こちらが一定の感度や感性をもっていなければ、魅力に気づくこともできません」。「目の前にあるものに誘惑される力があれば、日々当たり前に生きている日常の光景もガラっと変わり、それによって自身も変わっていく。<中略>誘惑される力って、SNSで『私を見て』って自分の魅力をアピールするのと真逆の方向」。「この『誘惑される力』こそ、衝動を憑依させる自己の敏感さにほかなりません」。
ラグジュアリーと不可分なもう一つの要素に「誘惑」がある、ということも『新ラグジュアリー』はじめ多くの媒体で書いてきた。階級が厳然とあった時代と、一見平等社会なんだが格差が広がり上昇志向が存在する時代、そして真の多様性を実現したいと願う人が増える時代における「誘惑」の要素が異なるのは当然ですね。「これ持ってたら上級国民/リッチ/格上に見えて素敵だろう、みんなにすごいと思われるだろう」みたいな誇示(マウンティングっていうんですか)が背後に透けて見えるものは、これからの時代にはラグジュアリーとはみなされなくなるというのは、納得いただけるでしょう。
日経新聞夕刊連載「モードは語る」、本日は、アリッサ・ハーディが念願だったキャリアと引き換えに業界の暗部を暴いた渾身のルポ『ブランド幻想』について書いています。
紙版、電子版、ともに掲載されています。電子版はこちら(会員限定公開)。
インフルエンサーに対しても、ご自分の影響力がどのように行使されるべきなのか、もっと責任を自覚すべきと促しています。
ファッションのキラキラした面はすてきですが、それを支える労働者がどのような扱いを受けているのか。知ってしまったら、商品を見る目も変わらざるをえないところがあります。
第10章は、私が遭遇したのと似たような経験が書かれていて、同情の涙なしには読めませんでした。社会正義の側に立とうとすれば、保守勢力から痛い目に遭うのは、どの領域でも変わらないですね。でも新しい味方がもっと増えているはず。アリッサの勇気を讃え、応援します。
宝島社より22日に発売されるムック「Legend Star Graffiti オードリー・ヘプバーン『永遠の妖精』の素顔」。生涯と映画を豊富な写真でコンパクトに紹介しています。レトロな雰囲気。第2章「オードリー・ヘプバーンとファッション」を書きました。
婦人画報4月号、ジャケット特集&シューズで監修・寄稿しています。ジャケットから見る20世紀初頭から現在までのファッション史に関し、2ページにわたり、年代ごとの特徴をできるだけコンパクトにまとめています。ジャケットに合わせるシューズのページではエッセイを寄稿しております。ファッション史のおさらいと最新トレンドのアップデート、楽しんでいただければ幸いです。
GQ 4月号発売です。ジェントルマン特集。
W. David Marx氏と対談した記事が掲載されています。「What Is A Gentleman ジェントルマンよ、復活せよ」。
オールドマネーとニューマネー、クリエイティブクラス、イギリスメンズファッションデザイナーの最近の潮流、ステイタスとジェントルマン、日本の山の手の粋、紳士協定とアメリカ式起業、19世紀ダンディ、新しい日本のラグジュアリーにいたるまで話題は多岐に広がります。ぜひご覧くださいませ。
W. David Marx氏と対談しました。GQのお仕事です。3月に活字になります。Davidとは2010年ごろからの知り合いで、明治大学時代にはゲスト講師に来ていただいたりもしましたが、きちんと対談したのは初めてかもしれません。ステイタス、カルチャー、新ラグジュアリー、多様性、ジェンダーフルイド……といった要素を無視できない現代社会とジェントルマンの関係。どんな記事になるかな?
ZOZO Tech Newsからの依頼を受けて寄港しました。「マリー・クワントの遺訓:ミニの女王から継承すべき価値観とは」。ZOZOデビューです。
冒頭で紹介している本は監修した1冊なのですが、「マリー・クワント展」で大好評を博したカタログの普及版です。コンパクトサイズでかわいいですが、中身はぎっしり本格派。マリーが成し遂げた偉業、多くの方に知ってほしい。
J-Wave、山口周さんと長濱ねるさんがナビゲート NTT Group BIBLIOTHECA 〜THE WEEKEND LIBRARY〜にて、『新・ラグジュアリー』をご紹介いただきました。ありがとうございました。(写真はNTT Group BIBLOTHECAのXより引用させていただきました)
今週は新・ラグジュアリー祭りでした。NewsPicksのアパレル特集第一弾(pickは1000超え)をはじめ、JR10路線でのデジタルサイネージ、WWDの巻頭インタビュー、そしてJ-Wave。
ラグジュアリーの脱構築が進んでおり、日本にとっては大チャンスが到来しているということ、多くの方に気づいていただければ幸いです。
WWD 1月15日発売号はジャパンラグジュアリー特集号です。
編集部に受けたインタビューの中で、ウエストの靴下や、宮古上布の例を挙げながら、日本が世界でリードできる可能性などについて解説しています。
お近くにWWDがありましたらご高覧ください。
VOGUE JAPAN 8月号にて、トレンドの「静かなラグジュアリー」について取材を受けました。新しいラグジュアリーと静かなラグジュアリーとの関連をピンと察知して記事をまとめてくださいましたのは、編集部の中村真由美さんです。中村さんに『新・ラグジュアリー』が面白いと推薦してくださったのは小島慶子さんだそうです。ありがとうございました。
LEON 編集部より取材を受けました。大人にすすめたい漫画について。「キングダム」と「王様の仕立て屋」を推薦しました。
Precious 5月号「読むフレグランス」特集巻頭で取材を受けました。コクーンフレグランスやスキンセントといった最近の香水事情についてコメントしています。とりわけ日本では香りをパーソナルテリトリーの外まで漂わせるのはNGという場面が増えていることもありますね。香りの繭(コクーン)に包まれるというイメージ。
ウェブ版にも転載されました。
GQ JAPAN 4月号に寄稿した「クラフツマンシップとラグジュアリー」に関する記事がウェブ版に転載されました。
「婦人画報」5月号日本のホテル特集。取材を受け、いくつかのホテルについてコメントしました。採用されたのは以下のホテルに関するコメントです。
・ハレクラニ沖縄
・リッツカールトン日光(早朝座禅体験)
・パレスホテル(和田倉の梅干しギフト)
・ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町(バー「レヴィ―タ」)
ほかにも屋久島のサンカラ、宮古島のシギラ、名護市のブセナテラス、小浜島のはいむるぶし、古宇利島のアウェイ沖縄古宇利島、石垣島のANA Intercontinental 石垣リゾート、ニセコのパークハイアットニセコHANAZONOほか、お勧めしたいところはたくさんあります(島ばかりですね…)。日本には夥しい数の島がありますのでまだまだ未開拓の地が多い。っていうか日本そのものが島でした。次のアンケートの機会までさらにアップデートしておきます。
本特集は他の方々のコメントが興味深く、日本のホテルの近年の努力が伺われる特集になっています。
(*中野はもともと文筆業では19歳の時にトラベルライターとしてデビューしています。2017年から5年間はホテルグループのコンサルタントも務めていました*)
BUNKAMURAで開催される「マリー・クワント」展。展覧会の展示パネルなどの翻訳、およびグラフィック社から発売の図録の翻訳の監修をしました。図録はマニアックで専門的な研究書です。一年がかりの大変な仕事でした。報酬的には信じがたいほど報われない仕事でしたが、マリー・クワントへのご恩返しができたかなとほっとひと段落の充実と達成感を感じた有意義な仕事でした。
図録はアマゾンでは販売していません。限定で増刷もしません。
新国王チャールズIII世のスピーチ。
母の死を悲しみつつ国王としての最初の演説をしなくてはならない複雑な局面でのポケットチーフはこうくるのか。チャールズIII世は今後も世界のスーツスタイルのお手本として君臨されるでしょう。
ちなみにトップ写真のチャールズII世は1666年に衣服改革宣言を発し、メンズスーツのシステムを創ったイングランド王です。この宣言によって、上着+シャツ+ベスト+下衣+タイ、というスーツのシステムの基礎が作られます。以後、メンズウェアは細部を改良しながら連続性をたもって変わりつつ、今に至ります。
2000年に出版し、すでに絶版となっている「スーツの神話」の電子書籍版が、「スーツの文化史」です。なんとkindleで0円で読めるよ!!
チャールズIII世は、スーツのかけはぎ、革靴のつぎはぎでも有名。愛着をもって服を長く大切に着るという態度も、時代の要請にかなっているように見えます。
もはや「先細る一方」とされるスーツですが、チャールズ効果で少し上向きになることを願っています。
エリザベスII世からチャールズIII世へと治世が変わり、時代の空気も一気に変わる予感がします。
チャールズIII世は筋金入りのエコビジョナリーです。世間がまだバブルに沸いていたころから有機農業を始め、地球環境を説いていました。現在もこの分野で積極的にリーダーシップをとっています。
チャールズ新国王についても、おびただしい量の記事を書いてきました。いくつかは本サイト「ウェブ記事」でもリンクをはっています。書籍にもまとまっていますので、もしよろしかったらご参考に。(表紙がいまいちなのですが、カバーをとると品の良いネイビーのチェック柄の本が現われます。私はカバーをとって本棚に飾っています。)
昨日はエリザベスII世のファッションについてメディアからの取材をいくつか受けました。NewsPicksではコメントランキング1位……。こんなところで1位というのを狙ったわけでも嬉しいわけでもないのですが、ただ、日本人が英国女王の訃報にこれだけ反応するということにあらためて深い感慨を抱きました。
ファッションもさることながら、私はエリザベスII世を究極の「ラグジュアリーブランド」としてとらえています。そのありかたは、ウォルポール(英国のラグジュアリー統括団体)も「ブリティッシュ・ブランド」の模範としています。ウォルポールによる2022年度のBook of LuxuryにはBe More Queen という記事もあり、最後のまとめとして、エリザベスII世の顔の隣にこんな言葉が書かれています。拙い訳ですが、つけておきます。
Know what you stand for & against.
Know what is authentic, unarguable & unreplaceable about you.
Never be tempted to forget what you stand for, or try to be something you’re not.
Be authentic. Be credible. Be personal. Be adaptable.
あなたが体現することと、相いれないことは何か、自覚せよ。
あなた自身について確かなこと、議論の余地なく取り換えのきかないことは何か、自覚せよ。
あなたが体現することを忘れてはいけないし、自分ではないものになろうとしてもいけない。
本物であれ。信頼に足る人であれ。個性的であれ。柔軟であれ。
メディアの方は、服の色がどうしたとかバッグのブランドがどこかとかスタイリストは誰かとかだけで話を終わらせないで、その先に見える本質として、エリザベスII世のラグジュアリーなありかたの方に焦点を当てた報道をしていただけると嬉しく思います。
*トップ写真は2~3年くらい前に書いた「English Journal」のイギリス文化論特集の1ページ。
JBpress autograph フィンランドのラグジュアリー観、後編が公開されました。「日本人が知らないリアルな『北欧スタイル』から考える新しい『ラグジュアリー』。
こちらでいったんフィンランドシリーズは終了です。ニセコに続き、人々の幸福感に政治が極めて重要な働きをしていることを、ひしひしと感じる取材となりました。機会があればぜひ訪れてみたい国です。
25日発売の週刊文春、森英恵さん追悼記事でコメントさせていただきました。
反骨のエレガンスで時代を切り開いた偉大なデザイナーである、とあらためて思います。
1月にBunkamura で開催される「マリー・クワント展」(V&A巡回展)に合わせ、ジェニー・リスターが編集したこちらの本の日本語版も、グラフィック社から発売されます。
展覧会の解説も兼ねるビジュアル豊富な224ページの大型本ですが、これはもうカタログを超えたアカデミックかつジャーナリスティックな永久保存版。人間マリー&家族とビジネスパートナーのみならず、イギリスの社会と文化、アパレル産業、繊維産業、ブランドビジネス、デザイン、広告、写真、モデル、ヘアメイク、化粧品&香水、インテリア、といった側面から多角的に詳細なマリークワント研究がなされた骨太な一冊でした。日本が果たした大きな役割も明かされる。たったいま、監修作業第一弾を終えました(これから校正が待っている)。翻訳もすばらしく読みやすい。初めて知る内部事情の連続で、もろもろの事象を見る解像度が上がります。
それにしてもマリーがデザイナーとして長命だったのは、とにかくとんでもなく堅実によく働いたからというシンプルな事実に尽きるのですね。シャネルも働きものだった。もう一つの共通点は、人の縁を大切にして、互いに全然違う個性を活かしあっているところ。選択の基準、考え方、行動、アテチュード(社会との向き合い方)において、ファッションに関心ないという方にも多大なインスピレーションを与える女性という点でもシャネルと通じる。
今秋、マリークワントブームが展覧会、映画、本と連動して到来することは何度か書いておりますが、私は展覧会の展示物テキスト監修、映画のパンフエッセイ寄稿に加え、クワント本の監修も担当させていただきます。
幸いにして翻訳者が素晴らしい方ですので、英語と日本語を整合させながら細部の正確さを極めていくのが仕事の一つになりますが、大型ハードカバー、224ページ、各ページに2段に分かれて文字ぎっしりというなかなかの分量です。
イギリスでは2019年にV$Aから展覧会にあわせて発売されていますが、綿密な調査に基づき書かれた内容がすばらしいだけでなく、写真も初登場のものが多く、amazonの評価には74個のレビューがつき欠けるところなき5スターズ。
思わず覚えておきたい名言も多く、たとえばこんな感じとか。
From the grey of post-war Britain, ‘necessity’ wasn’t the mother of invention, fun was.
「戦後英国の薄暗い時代において、発明の母となったのは<必要>ではなく、楽しさだった」
作業中におお!という名言に出会ったらTwitter (kaorimode1)で即時紹介していきますね。
取材予定の方がコロナにかかってキャンセル、とか担当編集者がコロナに、というケースが続くようになりました。みなさまどうかくれぐれもご自愛ください。私は睡眠・運動・バランスよい食事・大量のビタミンC・高麗人参粉末という5大防御(免疫力強化)を意識的に行っています。それでもどこにリスクが潜んでいるかわからないのが怖いところですね。仕事のご迷惑をおかけしないためにも、最大限の緊張感をもって過ごそうと思います。
よい一週間をお過ごしください。
かねてからお伝えしていましたが、今秋、マリー・クワントが襲来します。
まず映画です。『マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説』。11月26日よりBunkamura ル・シネマほかで全国公開されます。
同時に、Bunkamura ザ・ミュージアムで、11月26日~2023年1月29日、『マリー・クワント展』が開催されます。V&A発の世界巡回展です。朝日新聞社主催。
さらに同じ時期に、V&Aから出ている『Mary Quant』の翻訳がグラフィック社から出版されます。
私は映画ではパンフレットに寄稿し、展覧会では展示物テキストの監修、翻訳本でも監修をおこないます。実りの秋に向けて佳境に入っているというところです。
周囲の大反対を押し切ってマリー・クワントを卒論で書いたのは40年ほど前。何の損得計算もしなかった(できなかった)ゆえに、その後、重要な場面で干されたり梯子を外されたりというエライ目にも遭いましたが、いろいろあって、こうしてどっぷりと日本でのクワント祭りに関われるのも何かのご縁というものですね。ほんとに何が起きるかわかりません。調子に乗らず、自暴自棄にならず、できることに淡々と取り組むのみです。あとどうなるかを決めるのは天の仕事。
〇マリ・クレール編集長コラムで、経産省ファッション未来委員会のことをとりあげていただき、「新ラグジュアリー」もご紹介いただきました。ありがとうございます。
〇関西学院大学ジェネラティビティ・ラボ『50代からの生き方のカタチ』応援メッセージを寄稿しました。井垣伸子先生にお声掛けいただきました。ありがとうございます。10歳くらいしか違わない方を上から目線で応援するなんて1世紀早い、という感じです。それぞれに成長も環境も違うことを思うと、上下関係なく誰もが「対等」ですよね(むしろ私の方が精神年齢は幼いように思うこともある)。身体的な「成熟」が先を行っているだけという。
本日のタイトルにした格言はまさに実感で、あまり世間の基準での「成功」「失敗」にはとらわれすぎないのがいい、という話。「成功」なるものにいい気になっているとそれが転落の始まりになったり、「どん底だ」と思っていたことが後から振り返ると幸運の兆しになったりするのはよくある話。幸運も、そうでないことも、長期的にみたプロセスの一部として、その瞬間での意味や感情をしみじみ味わったらさっさと「次」へ一歩を進める。これが安定したサバイバルの方法に見えます。
モーガン・ハウセルの「サイコロジー・オブ・マネー」(ダイヤモンド社)。隙間時間に読んでなかなか勉強になりました。ファイナンスの問題を超えて、仕事一般に通用する話が多い。
〇収入-エゴ=貯蓄
〇称賛と批判は紙一重。運とリスクはドッペルゲンガー。何事も見かけほど良くも悪くもない
〇足るを知る
〇黙ってじっと待て。長期的に見る。たとえ途中で不運に見舞われたとしても長期的には成功できる
〇テールイベントの絶大な力。テールイベント(例外的なできごと)が莫大な利益を挙げたり特別に有名になったりすれば、残りはほぼ失敗だとしても、トータルで勝てる
〇周りの人間が正気を失っている時に、普通のことをする
〇ウェルス(富)は目に見えない。ウェルスはまだ取られていない選択肢。その価値は、将来的に今よりも多くのものを買う選択肢や柔軟性、成長をもたらすことにある
〇この世に無料のものはない。成功するには代償が必要である
〇自分のゲームを明確にし、他人にふりまわされない
続く円安に上がらない賃金。むしろ下がる一方の原稿料。厳しい時代が続きそうですが、 視線を遠くに見据えて憂いすぎず、見栄を張らず、選択と集中によりテールイベントを起こすべく、ひとつひとつ着実にこなして次へ、と進めるよう正気を保ちたいものです。
NewsPicks の「ザ・プロフェット」で二回にわたり『新・ラグジュアリー』が取り上げられます。今日は第一回目の記事の配信でした。『新・ラグジュアリーを知れば、社会がわかる』。
NewsPicksの記者、藤田さんが、ラグジュアリーの歴史の要点をわかりやすく図解入りでまとめてくださっています。ありがとうございます。
この記事につけたNPコメントと重複しますが、あらためて以下のことはもう一度言いたい。
ラグジュアリーに対して日本人が抱くマイナスイメージ、ないし無関心はすさまじいものがあり、「金持ち相手の高級品ビジネスだろ」「鳥の鳴き声かと思った」「生活に手一杯で贅沢には関心がない」という声を露骨に聞きますが、まずはその偏見から取り外し、本来の意味や歴史を踏まえたうえでの最新の動向を知っていただければ幸いです。ラグジュアリー=ラグジュアリーブランド、でもありません。そんなイメージが支配的になったのはここ30年ぽっちのことです。
ラグジュアリーは社会の変化にいち早く反応し、今まさに次の姿へと変容を遂げつつあるまっただなかにあります。人々の「願い」の方向へと社会変化を先導する力を発揮しています。あと5年もすればラグジュアリー領域で起きていることが他の領域でも顕在化してくることが予想されます。
◇京都大学の山内裕先生による、けっこう詳しい『新・ラグジュアリー』評。山内先生は京都クリエイティブ・アッサンブラージュのリーダーです。
読む人にとって、反応する箇所がまったく異なるのが、ラグジュアリー論の面白さでもあります。
昨日は「未来」に向けた仕事の打ち合わせが2件で、脳内は2023年、2028年でしたが、かんじんの2022年はあと半年なのですね。過去に実現されるはずだった仕事もまだ終わっていない(関係者の方、ごめんなさい、追いつきます)。
実績を残すにはある程度の時間、社交の世界ではゴーストになる必要も出てきますね。より大きな力で人のために貢献するためにも、一定期間はGo Ghost and Focus on Yourself という構えでいるのもいい。それを理解してくれるゆるいコミュニティにいるのがいい。
さて、『新・ラグジュアリー』掲載お礼です。
13日発売の「日経ビジネス」。小さな欄ですが、「編集部のお勧め」として掲載されました。ありがとうございます。
そしてダイヤモンドオンライン。京都大学山内先生が主導するKyoto Creative Assemblage紹介シリーズのなかで、新しいラグジュアリーの考え方が紹介されました。「ヴィトンなどラグジュアリーブランドがこぞって『人間性』を志向する理由とは? その新潮流を読み解く」。
(本のなかでヴィトンは旧型に分類したのですが……笑)ダイヤモンドに関しては、この文脈とは別個に「リベラルアーツ」として「新ラグジュアリー」解説の機会が決まっております。さらにNewsPicks でも近日中にインタビュー記事が掲載される予定です。
日経新聞、東洋経済、日経ビジネス、ダイヤモンド、NewsPicksと好意的にとりあげていただいたことで、ビジネス界の情報の送り手にはじわじわと認知度が高まってきた感があります。ありがとうございます。ラグジュアリー領域で起きていることは、これから他の領域でも起きていくでしょう。勉強会における本條晴一郎先生の言葉を借りれば「ラグジュアリービジネスは、トイモデル」。
kotoba 発売。もう連載は終了しているのですが、編集部のご厚意でお送りいただきました。今回は「運」の研究。毎回、テーマが鋭く、多方面からのアプローチにより多角的に考えることができて楽しいですね。今回も読み込んでしまいました。
以下は、ちょっと覚えておきたいと思った言葉の引用です。一言一句正確ではないところもありますが、支障ない程度に省略しています。
・植島啓司「教授はいかに運に賭けてきたか」より
“人間を人間たらしめている当のもの、「自己」とか「精神」とか「合理性」とかいう言葉こそが、未来を見えなくしている最大の阻害要因ではないかと思えてならない。(中略)「自己」とか「精神」とか「合理性」などに固執さえしなければ、われわれの運命はどこまでも透明に見通せるのではないか”
・羽生善治×酒井邦嘉「実力を支える運・鈍・根」
“運というのは、考えすぎたり、意識しすぎたり、思い入れが強すぎたりすると逃げて行ってしまう。ですから「追いたいけど、追わない」みたいな、そういうマインドセットといいますか、矛盾した状態を目指さないといけないということはありそう”
・吉川浩満 「地獄の沙汰も運しだい」
“「絶滅の類型学」 1. 弾幕の戦場 2. 公正なゲーム 3.理不尽な絶滅” “理不尽な絶滅シナリオに関しては、おそらくこれからもずっと「フェアプレーはまだ早い」はずである”
・小島寛之 「『ツキ』と『運』の数学」
“「誰も見ていないと思っても決して手を抜かない」という命だ。誰にも注目されていないと感じる行動や仕事も、必ず世の中の誰かには観測されているものなのだ。そして、その観測がやがて、「必然」として自分に良いことをもたらすのである。それが自分には「ツキ」や「運」に見えるだけなのだ”
私は強運の持ち主のほうだろうという自覚はありますが、運がないと感じることも多々あります。運というのは常にころころ流転しているので、心をオープンに世界に開いていて、これね!と思ったら考えすぎずに乗ってみる、というのがよいのかもしれません。とはいえ、波に乗っていると思っている時こそ一歩踏み外すと奈落の底というのは古今東西の文学が嫌というほど教えていますから、調子のいいときほど驕らず、運のなさに苦しんでいる人への配慮や「運のおすそ分け」を忘れず、謙虚でいることは最重要。調子のいい時にはだいたい人の嫉妬にやられるというのも古くからの教え。とりわけ世の中が沈滞している時代には、人の神経を逆なでするようなエゴは、絶対に出さないほうがいい。
逆に運がないなあ、と感じられるほど、地道にやるべきことを着実に進めたり勉強に没頭したり無料奉仕で陰徳を積んだりするように心がけておく。そういう時間がチャンスを見る目を養う「準備」になる。
そんなふうにしていても運というのは理不尽なもの。絶滅のシナリオはだいたいにおいて不条理で、コントロール不可です。徳を積みつつも、あまり「私」とか「合理性」とかにこだわりすぎない、という植島先生的な姿勢というか、動物的なありかたでいるのが落ち着きどころなのでしょうか。
Netflix 「ホワイトホット アバクロンビー&フィッチの盛衰」。
1990年代に排他的な戦略(白人・美・マッチョ以外は排除)がウケてカルチャーを席巻したブランドが、その価値を貫いたゆえに2000年代に失速,凋落。その過程に2000年代、2010年代にうねりを見せた多様性と包摂の動き、#metoo 運動など社会の価値観大変動がありました。関係者の証言で生々しく描かれる内部の様子が非常に興味深い。
それにしても、言葉遣いにいたるまできめ細かく設定された「エリート主義+セクシー+エクスクルーシブ(+伝統)」なアバクロのブランド戦略=排他的文化の構築に驚愕。
アバクロのモデルは服を着ないで服を売った。ファッションビジネスは、服を売るんじゃなくて文化を売る、ということがよくわかる例にもなってます。ふつうに良いものがあふれる今は、ますます文化に細心の注意を払う必要がでてきます。
とりわけラグジュアリー領域にその兆候が現れやすい。新ラグジュアリーが文化盗用や人権、包摂性やローカリティー、倫理観に対して敏感になり、新しい文化を創るのとセットになっているというのは、そういう文脈に則っています。ラグジュアリーが特権的で神秘的で選ばれた人のための贅沢品という思い込みのままなのは、1990年代で止まっているのと同じ。あらゆる文化間に「上」「下」関係を作るのがダサくなっている今、ラグジュアリーの概念も大変動を起こしています。価値観をアップデートしましょう。
?ファッションジャーナリストの宮田理江さんが『新・ラグジュアリー』のレビューをアパレルウェブに書いてくださいました。
?amazonでは連休中、その他の地域経済関連書籍部門でプーチンをおさえて一位。8日の現時点でまだベストセラーマークがついてます。ありがとうございます。

日本のラグジュアリー、とりわけツーリズムから見たラグジュアリーを考えるのに読んでおきたい本2冊。
まずは、原研哉さんの『低空飛行』。
日本がすでにもっている資産を、へんに西洋化されない形で活かすにはどうすればいいのか、考えるヒントがちりばめられています。
日本のラグジュアリーホテルのあり方も、根本から考えなおしたくなります。ツーリズムを超えて、日本の資源に関し、あらゆる角度から光が当てられます。緻密な観察眼で紹介されているホテルや旅館、全て行きたくなりました。混雑がなくなる時期をひたすら待とう。
味わいがいのある美しい文章と写真が豊かな読書体験をもたらしてくれます。
インターネットがもたらしたのは、「わたしたち」の「ほの明るい時代」であるという指摘,なるほど、です。「私、私」とエゴを出す態度は、ますますはじかれていくでしょうね。
原さんつながりで、瀬戸内デザイン会議の議論を収録した『この旅館をどう立て直すか』。こちらも観光ビジネスに関わる方は読んでおいた方がよさそうです。MATCHA代表、明治国日一期の青木優さんと最近、ランチをする機会があり、彼も参加しているこの本をプレゼントしていただきました。彼はこの領域でのリーダーシップをとるほどに活躍しており、頼もしい限りです。臆せず人とコミュニケ―ションをとっていく、素直で大胆なつながり方など、見習いたい点も多い。
「モノを作る」から「価値を作る」という新しい産業の見立てという点では、新・ラグジュアリーとも通じるところがあります。
「観光とは、光を観ること」。ラグジュアリーの語源にも「光」がありますね。
もっと光を、と言ったのはゲーテでしたか。
秋に公開されるマリー・クワント映画の試写。
90分の中に、60年代ロンドンの生々しい躍動感がぎゅっと詰まってる。戦争、ファッション、音楽、政治、ビジネス、ジャーナリズム、性革命、ヘアメイク、ストリートカルチャー、アメリカ、日本、家族。濃厚で自由。クオリティ高いドキュメンタリー。現代にも通じるメッセージも多々。
この秋は、映画、展覧会、書籍で連動してマリークワントがきます。
「アパレル全史」にも書いてますが、私はクワントにひっぱられて道を外したところがあるので、あれから40年ほど経ったこの時期にクワントの総まとめが襲来することが、再び彼女に導かれているようで、複雑で感慨深いです。(展覧会、映画、書籍、すべてにおいて関わることになりました。)
なにはともあれ60年代祭りがきます。60年代クワント風ファッションでみんなで盛り上がりたいところですが、どなたか作りませんか?
女性のためのテイラード応援キャンペーン、Go Tailored は地味に継続しておりますが、理想的なスーツの白インナーが既製服世界にもオーダーシャツ世界にもついぞ見当たらないので、心斎橋リフォームの久美子さんに作ってもらうことにしました。
襟が硬いコットンシャツは着心地がよくない。
ブラウスのフリルもボウもいらない。
ストレッチ素材のシャツブラウスは、着心地よいけどエリが小さすぎたり無難な事務服に見えたりする。
ポリエステルの、首元があきすぎたり妙なギャザーがよってたりするのも違う。
テイラード普及にはインナーもだいじ。というわけで、困ったときの久美子さん頼み。
実験的に「こんな白インナーがほしいのです」というのを細かくオーダーしてみました。久美子さんのセンスと技に期待し、完成まで、ワクワクです。
写真は、撮影時に新刊を持ってくれた久美子さんと。
首に巻いているのはアクリスの2022春夏のスカーフです。
アクリスはスイスに本社がありますが、工場はルーマニアにもあり、これはメイドインルーマニア。ルーマニアは「新しいラグジュアリー」が起きている地域のひとつでもあります。日本から遠くあまりニュースが伝わってきませんが、ファッションに関しては美しいものを作る技術とセンスがある国なんですね。
スーツは廣川輝雄さん作?表からは見えない細部の仕上げの技がアートの域に達しています。
ものを創る人が自由に想像力を発揮できて、原料の産地の人を含めて関わる全ての人が幸せを感じられる透明性の高いコミュニティが形成され、文化が継続され、健全な経済の循環が生まれることは、「新しいラグジュアリー」の理想型のひとつでもあります。
28日発売の新刊の見本が届きました。当初、デザイナーさん提案の黄色に、「これは日本では安売りのイメージと結びつく」と意見したのですが、その後、いくつかの検討段階を経て、この「攻めの黄色」「未来の幸福の黄色」を、安っぽくならない洗練された色調で仕上げていただいた次第です。
内容もこの2年間の発酵段階を経た濃いもので、読み応えのある310ページになっています。
次の社会、次の経済のあり方を考える視点を提供しています。アマゾンのカテゴリー「思想・社会の法律」部門で依然、ベストセラーを獲得しています。
私のパートにおいては、イギリス文学、ダンディズム史、ファッション史、内外のモード事情……とこれまで研究してきたことを総動員して「新・ラグジュアリー」論に結集させました。逆に、40年ほど前の純粋な文学論の研究がラグジュアリーを分析するヒントを与えてくれたことに今になって気づいています。やってきたことが、とても長い時間をかけて、当時は思いもしなかったところで活きる。「こんなこと、何の役に立つのか?」とくさらず即効性を求めず、プロセスに真剣に取り組むことが、いつの日かそれが予想もしなかった報酬となって降ってくる。多くの仕事において必ずそういうことがあります。自然界の摂理のようなものだと思う。ガウディの言葉を借りれば「神は急いではいない」のです。
13日には、国島J Shepherds の生地を使ったAdjustable Costume によるノーフォークジャケット発売記念ライブをご視聴いただきありがとうございました。
ムーゼオ・スクエアのスタッフさんたちが丁寧に準備、配信してくださり、楽しいライブになりました。後日、文字化されてMuuseo Squareにアップされます。
また、繊研新聞にはすぐに記事化されました。感謝。
写真は、J Shepherds のインスタグラム・ストーリーより。
さて。発売前ではありますが、『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』は、「思想・社会の法律」部門および「売買契約」部門でアマゾンのベストセラー一位になっております。ありがとうございます。それにしても「社会の法律」って!
「婦人画報」本誌掲載の記事が、ウェブに転載されました。
ご高覧くださいませ。
この瞬間にもウクライナとロシアで起きていることを注視し続け、人々に心を寄せています。
世界平和を祈りつつ。
次の10年を見据えて、新しい領域の勉強を始めました。もっと高い視点から人の役に立ちたい、と思うことが増えたのがきっかけ。これまで蓄積した知識でも、時代に合わなくなっているものはいったん捨てて、新しい考え方をインストールしなくてはならないという必要も感じていました。この日はスタートの日で、慣れない語彙についていくのが精一杯でしたが。
トップ写真は御茶ノ水のニコライ堂です。しばらくぶりの御茶ノ水でしたが、ゆったりとした時間が流れていて、いい街ですね。
御茶ノ水まで一時間近く電車に乗っているわけですが、その間に読んで思わず乗り過ごしてしまった本がこれ、「ナショナル・ストーリー・プロジェクト」。ポール・オースターを柴田元幸先生が訳したチョコレートボックスのような本です。すべて実話というのがいい。人生の見方を少しだけ広げてくれたり、新しい視点をくれたりする多彩なミニストーリーが心に沁みいります。
20代の人に銀座みゆき館カフェに連れていかれました。
老舗すぎて盲点でした。昭和レトロブームで若い人の間で人気なのだそう。
和栗モンブランは見た目を裏切りあっさりしてて軽い食べ心地。
20代の人に昭和の魅力を語られた倒錯した打ち合わせでした。
kotobaのゴッドファーザー特集、いよいよ明日発売です。来週は大阪万博、再来週はジョジョマガジン、そして最後の週は共著『新・ラグジュアリー 文化が生み出す10の経済』の発売です。
年末から年始にかけての孤独な苦しみがちょっとは報われるかもしれない3月。油断せず次の仕事も淡々と進めています。1日気を抜くと取り戻すのに倍の時間がかかるので(ピアニストと似ているかもしれない)どこにいても365日何らかの仕事をしている感じです。
いよいよ初校ゲラが届き始めました。
『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済 10の講義』(クロスメディア・パブリッシング)、3月末に発売予定です。Forbes JAPANでの連載の共著者、ミラノ在住の安西洋之さんとの共著になります。連載の方向は踏襲しつつ、内容、形式は大幅に書き換え、ほぼ書き下ろしです。
次の本も(というか本来そちらが早いはずでしたが逆になってしまい)淡々と進めております。
The Journal of Japanese Studies Vol. 48 has been publishd.
The Journal of Japanese Studies is the most influential journal dealing with research on Japan available in the English language. Since 1974, it has published the results of scholarly research on Japan in a wide variety of social science and humanities disciplines.
I have written a review on Japan Beyond the Kimono.
Jenny Hall, Japan Beyond the Kimonoのレビューを寄稿しました。上記クリックするとお読みになれます。
〇NewsPicks で取材を受け、コロナ後のファッション、ファッションビジネスから見る社会の変化について語りました。
【直言】ファッションが示す、「サステナブル」の次 (newspicks.com)
・デザインよりも企業姿勢
・サステナブルの次に来る「コンシャス」
・人権、ジェンダー、文化の盗用に見る「脱植民地主義」
・アニマルフリー、ビーガン、産地の幸福
・1970年代の多文化主義の見直し
・現実世界での機能主義、デジタル世界での夢追求
こういうワードにピンと来たらぜひお読みいただけますと幸いです。ラグジュアリーブランドやモードの世界にとどまる話ではありません。文化の盗用問題、人権の問題に関しては、全員が「意識的」でなければならない時代になっています。
〇「JOJO magazine 2022 spring 」ジョジョファッションの解説をいたしました。3月19日発売です。
新刊発売のお知らせです。『新・ラグジュアリー 文化が生み出す経済10の講義』が3月末、クロスメディア・パブリッシングより出版されます。ミラノ在住の安西洋之さんとの共著です。アマゾンでの予約受付が始まりました。
コロナ禍に入ってすぐに多くの方々と対話、取材、議論を重ねてきました。最後は宇宙視点まで含んでいます。これからの10年を見据えた社会と経済のあり方を考えるための「新しいラグジュアリー」という視点、読者のみなさまと共有できればと願っています。
北日本新聞別冊「まんまる」2月号が発行されました。帝国ホテルお「サステナブル・ポテトサラダ」とラグジュアリーの関係について書いております。
House of Gucci. 14日から公開になりましたね。
ファッション史に興味があってもなくても飽きさせず、2時間半、目が釘付け。
ノリノリの70年代末~80年代ミュージックと感情揺さぶるイタリアンオペラがいい感じで「意味まみれ」。衣裳は眼福、俳優は驚愕。
ジャレットレトを探せ。史実を知っていたらなお面白くなる。(「アパレル全史」参照。笑) ちょうどゴッドファーザーの原稿を書いていて、アルパチーノの演技に歴史を重ね見てじわり泣きました… とにかく必見です。
写真はすべて、© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
House of Gucciで印象に残った人間観察のひとつに、「人と違う個性や才能をアピールすることは、実は凡庸さの頂点である」というのがあります。本当に革新的なやり手は、最も静かで平凡に見えたアノ人だった!という事実に基づくオチが渋い。画期的な変化を起こす人はいちいち人と違うアピールなんてしない。静かな意志を、平凡に着実に淡々と貫き、その暁に結果を出す。そんなもんです。
映画の中に出てくるトム・フォード、ドメニコ・デ・ソーレ、アナ・ウィンター、カール・ラガーフェルドがどんな位置づけの人なのか? 占い師役のサルマ・ハエックの現実世界での夫がどんな人なのか(グッチを傘下におさめるケリングの会長)? 今のグッチをもりあげるアレッサンドロ・ミケーレはどんな仕事をしていて画期的なのか? いつからファッションのメインプレイヤーが資本家になったのか? などなどご参考になる点いろいろあるかと思います。電子書籍版もあり。
13日、神保町の小宮山書店で、GQ編集長を退任されたばかりの鈴木正文さんと、栗野宏文さんのトーク。テーマは「読書とおしゃれ」。フィレンツエで開催中のピッティ・ウオモでも同時中継されました。
おふたりとも、よい表情ですね。存在感そのものにおしゃれな空気感が漂ってます。
こちらは開始前の待ち時間に、大住憲生さんが撮影してくださった一枚です。デザイナー、ジャーナリスト、編集者など、おふたりに縁のある方々が「今読んでいる本」「好きな本」を披露。またまた読むべきリーディングリストができました。こういう場がもっとあるとよいな。
それにしても小宮山書店の5階、6階にこんなすてきなところがあるとは。神保町おそるべし。
北日本新聞別冊「まんまる」連載「ファッション歳時記」、第124回「ブレスレスなドレス」。
先日の「Yomiuri Executive Salon」の講演で着用したドレスにまつわるドタバタです。一年の終わりということで写真掲載もご寛恕のうえご笑覧ください。
JBpress autograph 「モードと社会」第21回は、「革新的なコラボで西陣織を復活させた老舗『細尾』 細尾真孝の原点』です。
こちらは何年か前にミキモト本店で行われた「日本の織物」の展示でお会いしたときの細尾さん。日本各地の希少な織物の研究もされています。繊維といえどもR&Dなくして発展なし、と教えられます。
NewsPicksにも書いたことなのですが、こちらにも記しておきます。
ケリンググループがファー使用に関して傘下全体で毛皮不使用を宣言したニュースについての私の意見です。
(ケリングのファー・フリー宣言はこちらで全文が読めます。)
とりわけZ世代の顧客に寄り添いたいというこうした流れがある一方、(人為的な無理をせずに使われる)毛皮はオーガニックな素材であり、孫の代まで受け継がれるうえ、最後は土に還るので環境にとっては優しい、という見方もあります。極寒地に行けば毛皮は必須です。いずれの考え方にも正当性があります。
やみくもに毛皮はNG、という一方向のみに走るのは歴史的に見ても地球全体を見ても視野狭窄という印象を免れません。人類が最初にまとった衣類が毛皮だとされています。人類の歴史とともに毛皮加工の技術も進化してきました。歴史のどこかの時点で、人間のエゴイスティックな虚飾のために生後間もないミンクやフォックスの毛が使われはじめてから、自然に対する敬意や節度がなくなり、おかしくなった。動物虐待と裏腹になった虚飾の権化のような毛皮はもうなくていいけれど、地球の自然なサイクルの中で使われるサステナブルな生活必需品としての毛皮は、存続していっていいと思う。
ケリングの代表、フランソワ=アンリ・ピノー氏は、環境問題、サステナビリティなどにおいてフランスのファッション業界をリードしたいという立場をとっています。そんな立場をより明確にするための宣言でもあったでしょう。
毛皮と人間の歴史に関しては以下の大著があります。
ファッションディレクターの干場義雅さんが新刊を出版。「これだけでいい男の服」(ダイヤモンド社)。
序文で、私がGQ Japan に寄稿したエッセイの一部を引用してくださいました。
光栄です。ありがとうございます。あらためて、ご出版おめでとうございます。
ちなみに、チャールズ皇太子に関するエッセイ全文はこちら。
北日本新聞別冊「まんまる」連載「ファッション歳時記」が、10周年を迎えました。
読者のみなさま、関係者のみなさまに感謝します。
FRaU Jaxury 特集号。
日本発のラグジュアリー、各部門のアワードの発表です。
齋藤薫さまにインタビューしていただきました。僭越ながらラグジュアリーという視点から日本の香水文化を語っております。
コロナの間は海外取材ができず、海外ブランドも日本でPR展開が難しく、結果、日本にいやおうなく目が向き、多くの日本の企業を取材できたのは幸いなことだったかもしれません。
よろしかったら本誌をごらんくださいませ。
カメラマン:野口貴司さん
ヘアメイク:面下伸一さん
スタイリスト:長谷川綾さん
ドレス:アクリス
撮影協力:ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町
企画&編集:吉岡久美子さん
多くの方にお世話になり、ありがとうございました。なかでも、とりとめのない話をすっきりとまとめてすばらしい記事にしてくださいました齋藤薫さまにあらためて深く感謝するとともに、心より敬意を表します。
*本ウェブサイトは3月末をもちましてクローズいたします。その後の仕事の活動状況は、Twitter: kaorimode1、Instagram: kaori.nakano にてアップしてまいります。引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。
〇竹宮恵子「エルメスの道」新版。
右のオレンジが旧版。左が新版です。新版には銀座のメゾンエルメス建設にまつわるエピソードも描かれ、さらに読み応えある一冊になっています。ここまでやるのか!という驚きの連続。ブランディングとはなにか、ラグジュアリーの真髄はなにか、考えさせられるヒントが満載です。
こういうのを見ると、感動を通り越して、エルメスにはかなわないなあ……と絶望に近い気持ちさえ生まれてきますね。(いや、超えよう。笑)
〇婦人画報.jp 「フォーマルウェアの基礎知識」連載Vol. 17 「ブリジャートン家」のコスチュームを解説しました。この時代はブランメル時代どまんなか、超得意分野でもあるうえ、目の保養になるメンズコスチュームが次から次へと登場するのでノリノリで書いております。ドラマ鑑賞にお役立ていただければ幸いです。
Men’s Club 4月号に寄稿したジャケットのルーツと変遷の話が、Esquire のウェブサイトに転載されております。こちら。
こんなに早くウェブに記事が転載されるようになったのであれば、ますます雑誌を紙で出す意味を鮮明にしなくてはならないのでは。
仕事の企画のために読んだ本。図版が豊富、メニューも興味深い。王室史を食卓という角度から見ることができて楽しい。英国ファン、王室ファン、お料理ファンにもおすすめ。
かつて、パイの中から生きた鳥が飛び出すという趣向を凝らした料理があったという。仔豚の頭と鳥の体を縫い合わせた料理も。「コックと泥棒、その妻と愛人」という映画のラストシーンを思い出した……。
〇GQ4月号、本日発売です。
チャールズ皇太子の最新の社会貢献情報を盛り込みました。
(Click to amazon)
〇Men’s Club 4月号、本日発売です。
ジャケットのルーツと変遷を解説しました。バーニーサンダースの「あの」ジャケットからライダースジャケット、ディナージャケットにいたるまで。通底するのは「太郎さん」感。
本誌でご覧いただければ幸いです。
〇明日は25ans 4月号発売です。ケンブリッジ公爵夫妻ご結婚10周年を記念した特集で、キャサリン妃の功績について解説しています。
〇3月1日は婦人画報4月号発売です。今春のトレンド、リラックスした昼間のドレスアップについて解説しました。メンズトレンドではこれを「ホーマル(ホーム+フォーマル)」と呼んでますね。笑
〇集英社クオータリー、kotoba も3月5日発売です。特集は、将棋。連載「スポーツとファッション」ではボードゲームとファッションについて書きました。
そのほか、源氏名での連載記事掲載の雑誌も発売中です。お楽しみいただける記事がありましたら幸いです。
〇渋谷スクランブルスクエアにあるラウンジ、ちょっと驚きのコスパと快適さでした。
1時間1000円で高レベルのドリンクとナッツなどのスナックがフリーでついてきて、海外誌を含む雑誌も読み放題。1500円でアルコールも飲み放題になる。
一人作業に適したスペースもたくさんとってあり、混雑さえしなければ、ですが、使い勝手あります。適度な品位のある雰囲気をがっちり保って、飲み放題居酒屋にならないよう、維持していただけるとありがたいですね。
ここまで「敗戦」の記録をさらすのはよほどの覚悟が必要だっただろうな。哲学者が経営を手掛け、失敗を重ねるなかで最後に浮上してきた希望の道筋がほんとに示唆に富み、まさに「ヒーローズ・ジャーニー」のようなさわやかさが読後にある。すさまじい格闘を実名とともに(一部匿名)白日の下にさらしてくださってほんとうにありがとう、という思い。東さんの自伝でもあり2010年代の日本社会のなまなましい記録でもあり、日本の論壇や社会への警鐘でもあり、哲学書としても社会批評としても教訓ものとしても読める。東さんが話した内容を石戸諭さんがまとめた本だが、石戸さんの筆力によるところが非常に大きいと思う。
「今の日本に必要なのは啓蒙です。啓蒙は『ファクトを伝える』こととはまったく異なる作業です。ひとはいくら情報を与えても、見たいものしか見ようとしません。その前提のうえで、彼らの『見たいもの』そのものをどう変えるか。それが啓蒙なのです。それは知識の伝達というよりも欲望の変形です。」
「啓蒙というのは、ほんとうは観客を作る作業です。それはおれの趣味じゃないから、と第一印象で弾いていたひとを、こっちの見かたや考えかたに搦め手で粘り強く引きずり込んでいくような作業です。それは、人々を信者とアンチに分けていてはけっしてできません。」
「(SNSでスケールする運動は)いっけん派手です。だからマスコミも熱心に報じます。けれども多くの場合、おそろしいくらいになにも変えない。なぜならば、今の時代、ほんとうに反資本主義的で反体制的であるためには、まずは『反スケール』でなければならないからです。その足場がなければ、反資本主義の運動も反体制の声も、すべてがページビューとリツイートの競争に飲み込まれてしまうからです。」
本当の意味で、反体制的でオルタナティブな未来を拓くには。東さんの人生そのものを賭けた体験と思索にヒントを見つけることができる。
今書いている本でいえば、もっとも関心を注がねばならないことは、「知識の伝達ではなく、欲望の変形」。知識の断片ならインターネットにおなかいっぱいになるくらいあふれかえっているのだ。で、問題は、廃れゆき、関心がうすれゆく一方のジャンルないしテーマに対してどのように観客の欲望を向かわせるのかということ。そのくらいのミッションを背負ってやらないと、本を書く意味などない時代なのだと思う。
特集「Fashion Hacks 2021」のなかで「チャールズ皇太子の服装術」について書きました。
プリンス・オブ・サステナビリティからプリンス・オブ・ジ・アースへと進化する皇太子の最新事情をたっぷり盛り込んでおります。チェックしてみてくださいね。
これまでもそうだったのですが、装いがその人の言動や哲学とどのように連動しているのかがますます重要になっているように思います。表層のおしゃれテクニックでなんとかなった気になっても、すぐに虚栄心の底が見えてしまう時代になっています。ごまかしがきかないことが実感されてきたゆえか、とりわけ起業家界隈では、「いい人」が増えてきたような気がする。笑
『「イノベーター」で読むアパレル全史』、三刷が決まりました。
ご支援いただきました読者のみなさま、丁寧に読者に届ける努力を続けてくださる出版社、書店に心より感謝します。
一年経ってアパレル界も激変しましたが、変わらないこともある。熱量ある愛情を注ぎつづけ、信念と楽観をもって周囲を巻き込み、細部まで徹底的にここまでやるのかというほど極める人が、結果としてイノベーターとなり世界を変えてきたということ。
ラグジュアリーを自称すると敬遠されたりギャグになったりしがちなのと同じように、イノベーターも自称は白々しくなる。
あくまで第三者が決めること、なんですね。(一部のブランドで自称がはじまったのは1997年ころで、これについてはまた別の機会に)
良い週末をお過ごしください。私は願掛け禁酒中、5日目です。
懸案の8000字を書き終わり、Netflix に入っていたCUBE を鑑賞。1997年のカナダ映画。話題になっていたけどコワそうで避けていた。今は現実の方がコワいことが起きるので、ホラームービーが現実の反映みたいに見えてくることがある。これもそうでした。
目覚めると立方体の中に知らない男女と閉じ込められている。脱出しようとするとところどころ罠があり、凄惨な死が待っている。男女はそれぞれの力を合わせて協力しながら安全ルートを探して脱出しようとするのだが……。誰がなんのためにそのようなシステムに放り込んだのかもわからない。ただ知恵を絞ってシステムの外へ脱出しようとあがく。途中の敵は、システムそのものというよりもむしろ、同行する人間。同じ穴のムジナである人間に殺される。生き残るのはイノセントな人。
まさしく人間社会への風刺そのものになっていたのが秀逸でした。
観終って知ったのですが、日本でもリメイクが公開されるのですね。良いタイミングで観たかも。
ワースとレヴンの終盤の会話がシブい。
Worth: I have nothing to live for out there.(外の世界に行っても生きている意味がない)
Leaven: What is out there? (外に何があるの?)
Worth: Boundless human stupidity. (愚かな人間だらけ)
Leaven: I can live with that. (私は共存できる)
絶望しているのになぜ生きる努力をしなくてはいけないのか? こういう問いが97年の製作時よりも今のほうが増えている気がする。それで「闇の自己啓発」のような本に脚光が当たるのかもしれない。
今日はポジティブめの本をおすすめ。すでにベストセラーなので読まれた方も多いでしょう。「独学大全」。匿名の方が著者ですが、丁寧な思索と的確な引用にあふれていて、知的な活動を続けられてきたことがしのばれます。
「意志の強さとは、決して揺るがない心に宿るのではなく、弱い心を持ちながら、そのことに抗い続ける者として自己を紡ぎ出し、織り上げようという繰り返しの中に生まれるのだ」。(本文より)
自分のなかにあるBoundless Human Stupidity への抵抗のために、何であれ「学び続ける」のは一つの方法。
社会に行き詰まりを感じていた4人の読書会の記録。どうにも生きづらい現状からの出口を求めたら、表社会でいう「闇」の世界がはてしなく広がっていた。オルタナティヴな世界、陰謀論、ダークウェブがふつうに、ごく隣に、共存している現在。絶望の奥に救いの世界を構築するマインドが、底なしに恐ろしくなると同時に、こうやって人は「救われる」のかという醒めた理解(した気になるのも早すぎるかもしれないが)が訪れる。知的なボキャブラリーと思考で構築された本です。意味不明なカルトや陰謀論を「ちょっとアタマがおかしい」と切り捨てる前に、なぜそうなったのかを考えさせられる。「規格品」になることができた「人形」だけがすいすい生きられる今の社会のほうが、実はおかしいのかもしれない。
「たしかにこうした(ポジティブな)自己啓発はときに有用であるだろう。だが同時に警戒しなければならない。『自己啓発』されていくとき、私たちはだんだんと、社会に都合のよい『人形』に姿を変えてはいまいか? 必要なのは、オルタナティヴな『変革』のヴィジョンだ。『自分を変える』ならいっそ、人間を超え出るもうひとつの極、自他の区別すら融け出す特異点まで突き抜けよーーー『人形』とは対極の何かとして生きるために」(まえがきより)
光の世界の表層は相変わらず、夜も「光」に祝福されている。
日比谷~二重橋~パレスに至るコースは、やはり好きな散歩道のひとつ。
ライトアップがよく映える。
水に映える景観があることは、パレスのメリットの一つですね。
見飽きない美観。あまりにも完璧すぎるので、これも殺伐としてひどいことばかり起きる現実のオルタナティヴという気がしてくる。大手町は完成されており満ち足りているのでイノベーションが起こりえないといっていたある投資家の話を思い出す。ダイナミックな動きを生むためにはカオスが必要、と。
レストラン部門は完全に人が戻っているようで、眺めのいい席は満席のため(ホテルのためには喜ばしいことです)、シベリア席でした。
こちらも、ラグジュアリー研究会で渡邊康太郎さんが引用した本。菅付雅信の「中身化する社会」。すでに2013年で菅付さんはこれだけの整理をしていたのだ。ほんと、読んでなかったことがハズカシイ。今さらですが、新しいラグジュアリーを考えるためにも、なぜこんなにファッション企業が縮小していくのかを考えるためにも、読んでおくべき本でした。
インターネットがこれだけ浸透してしまった社会では、すべてが可視化される。もう見栄もウソも通用しない。第一印象はファッションが生むものではない。すでに第一印象を創る情報がネットのなかにある。これまでは見せかけのラグジュアリーでイメージを保っていくことができていたかもしれないが、虚栄や見栄はもはや意味をなさない。自らも仕事も、自分も、短絡的に捨てられることを覚悟せよ。これからは意味のある商品、本質のあるもの、価値ある仕事が人生を満たしていくだろう、というのが骨子といえば骨子。
心にとめておきたいキーワードも満載。詳しい意味を知りたい人は、本書をどうぞ。
・評判が自分に先行する
・ファッション以上に速い言語を人は持ち始めている
・メイカー・ムーブメント:作り手になる
・広告ではなくコミュニケーション。ソーシャルメディアでは企業も人格になる。
・人間が人間であるためには、与えられた環境を否定すること
・富の再配分ではなく、尊厳の再配分
・計画的陳腐化
・reputation capital (評判という資本)
・social capital (人間関係資本):自分自身も他人の資本である
・やりたいことを無視して、自分がやらないと誰がやる、ということをやらないといけない
・自己実現ではなく、社会実現に向かう
・人生の作品化、シグネチャー化:生き方を作品化しないと人は評価してくれない。一方、「見えること=本質の把握」でもない
・信用が重要になり、人間関係が資本となる
・中身化に臨む覚悟
すでに8年前に書かれていたことが今くっきりと目の間にある。ここに書かれていないけれど起きているまざまな現実は、8年後の予兆。
【HINT INDEX BOOK エキュート東京】さんにて『「イノベーター」で読むアパレル全史』を大きく展開していただいているとのことです。

刊行後、一年経ちますが、いまだに話題にしていただき、さらにこうして展開していただけるのは本当にありがたいことです。感謝!
こちらもラグジュアリー勉強会で話題になり、今さらながら読み始めました。ラグジュアリーを考えるのに必読の書ですね。Takram 渡邊康太郎さんが紹介した豊饒な言葉のなかに、国分先生による「浪費」と「消費」の違いがありました。
浪費とは、必要以上を受け取ることで、限度以上のものは無理。どこかで止まる。
一方、消費は、概念や意味を吸収することで、外側に基準がある。ゆえに、消費は止まらない。消費は延々と繰り返される。消費は贅沢を遠ざける(!) ←名言でました。
もうひとつ、渡邊さんが紹介した話で面白かったのが、「とりさらわれ」という考え方。人間的に楽しむには、何らかの訓練が必要。一方、動物的に楽しむには没頭すること、「とりさらわれ」ることが必要。とりさらわれることは、ポジティブなことであり、もしかしたら今の瞬間に没頭する動物的楽しみのほうが、人間的な楽しみよりも、「上」かもしれない。
ここから連想がいろいろ飛んだのですが、それについてはまたどこかの媒体で。
先週末に恒例のラグジュアリー勉強会があり、第7回目となった今回もまた、時間を忘れるほどの極上の議論が交わされていました。気が付けば3時間以上経過。
その日のゲストはTakramの渡邊康太郎さん。渡邊さんが「たくらんだ」文脈のなかに勉強会参加者10名ほどが取り込こまれ、「文脈を編む」という行為に全員が巻き込まれ、加担していたことに、後から気づかされました。なんとも知的で豊饒な体験。この感覚を言葉にするのは難しいのですが、いずれ、どこかで、何らかの形で、買いてみたいと思っています。
勉強会で名前が挙がった本、+その周辺はとりあえず全部買ってみた。
以下は、その本の山の中から、読了した本。
村上春樹の短編。答えは読者ひとりひとりのなかに。イラストがすばらしいです。こんな絵本を出せたら幸せだろうな。人はどこまで行こうが自分であることから逃れられない。お誕生日のプレゼントにも最適な本ですね。
このなかに「じょんじゃぴょん」というワードが出てきます。実はこの「じょんじゃぴょん」にがーんとやられ、ビフォーアフターで世界が違って見えるほどの感動を味わうことになります。ラグジュアリーを考えるときにもっとも腑に落ちるキーワードとなる「じょんじゃぴょん」。これは、無用の長物か、あるいはラグジュアリーの核心か。詳細についてはどこかの媒体に書くことになろうかと思います。
穂村さんの言葉の感覚がツボすぎてそのまま穂村本をコレクション。これも笑いの連続で面白かった。
銀座千疋屋。いつもは行列でとても入れないのですが、昨日はあっさりと入れたうえ、店内も2組ほどのゲストのみ。
念願のマスクメロンのパフェ。生き返るようなおいしさでした。すべてが、Parfait!文字通りの「完璧」なパフェ。千疋屋ブランドの底力を知る思いがしました。
JBpress autograph 「モードと社会」。
アンリアレイジの森永邦彦の初の著書「A to Z アンリアレイジのファッション」のレビューです。こちらからどうぞ。
前衛的な作品を作る彼の、意外なまでの「古さ」にやられました。次の時代を開くカギは、こんな「古さ」にあるのかも。
書籍はこちら↓ (Click to amazon)
北陸の豪雪。心よりお見舞い申し上げます。終わらない雪かき。交通機関がマヒしてスーパーの食料は空っぽ。臨時休業。雪のために開かない扉。恐怖や不安はいかばかりかと拝察します。「令和三年豪雪」とすでにウィキペディア入りしています。くれぐれも暖かくしてこの時期をしのいでくださいね。
話題になっていたので買ってみました。あと20年後の世界。おそらくこうなるのだなということはうすうすわかりました。予測して、それに備える、という読み方はよいと思いますが、私などは不可抗力に備える術も思い浮かばず、やや気が滅入ってきました。笑 知っていても悲劇を避けられないこと、というのはあるだろうな、と。
ファッションに関する予測もさらっとあります。アフリカが存在感を増すだろう、と。これに関してはすでにいろいろな方が述べられていますので、間違うことはないと思いますが。
新成人の方々、おめでとうございます。コロナに豪雪にアメリカの不穏な政情と、決して平和とはいえない状況のなかでの成人式。どうかたくましく、タフに、新しい時代を創っていってください。
横浜市は緊急事態宣言下でも成人式を横浜アリーナで決行すると案内が来ましたが、うちの次男は行かないそうです。横浜市長は突発性のご病気で入院したので欠席だそうです。なんだかなあ。ちなみに私も成人式には出席してません。何光年も前の話ですが。新成人を祝うということと自治体主催の成人式に出るということは、切り離して考えていい話です。
Be ready for anything. 毎日が「一生に一度」。
トランプ大統領は「負け」を認めないことの見苦しさをいやというほど見せつけた。将棋の美しさは「負けました」と相手に向かて伝えるときの、人間としての美しいドラマを見ることにもある。
5年前にインタビューしたことのある佐藤天彦九段の「理想を現実にする力」。衣、食、住、に向かうエネルギーと習慣が、そのまま将棋にも反映されていることが伝わってくる。
kotoba連載記事の資料として読みましたが、そんな目的を超えて共感するところが多かった。21世紀のこの同時代に、同じテイスト(バロック、ロココの美しさが好き)の人がいるということ、それも嬉しいな。彼は実生活にバロック、ロココ趣味をバランスよく取り入れていますが、私はそれほどの勇気もこだわりもないので、同列においてはいけないのですが。
自分好みのテイストを徹底的に貫くことで幸福感を享受している人は、他人の好みも尊重し、周囲にきめ細かい配慮ができる。同調ではなく、独立した個人どうしの調和。みんながそんなふうに生きられるとよいね。
不意打ちのようなおもしろさに、のめり込んで読んだ本2冊。
まず、森永邦彦さん(アンリアレイジのデザイナー)の「AとZ」。いやこれ、映画化できるレベルの話だろう。なんどか泣いた。レビューを別メディアであらためて書きます。
近藤康太郎さんの文章読本。文筆業の期間だけはベテランのはずの私もハズカシイことをあちこちでやらかしていたと思わず背筋が伸びた。途中、正座して読みたくなった。最後は思い当たること多々で、漠然と感じていたことをすべて言語化してもらったような思いに震えた。
以下の方法論的なこと(紹介されている項目のほんの一部です)だけでも、詩的に、グルーブ感たっぷりに書かれている。
・「など」「さまざま」「いろいろ」に逃げない。
・世界に氾濫する「としたもんだ表現」の洪水に、抗うために書く。
・「なぜわざわざ文章を書くのか。みなが見ていることを見ないため。感性のマイノリティーになることが、文章を書くことの本質だ」。
・「思わず」「ほっこり」「癒される」は「かまとと話法」。
・「転」とは鐘のこと。鐘は大きく鳴らせ。結論とは、鐘の音が響いてこだまする、山のざわめき。
・五感を磨きぬく。五感を他人にゆだねない。ライターに必要なのは、正確さに対する偏執的なこだわりだ。
・文章は人格も変える。思考、感情、判断を変える。人生を変える。人間が発明したもののなかで、言語こそがもっとも創造的であり、破壊的でもあり、人間の考えを縛り、同時に自由にするシステム。
・スタイルとは、文体。流儀。くせ。ルーティン。約束。品格。つまり生き方。スタイルのない人間は、みじめだ。
・空間を撃つ。文章を書くとは、世界にスペースを創ること。
・企画とは、自分を驚かせること。
・ナラティブとは話術。ストーリーは有限だが、ナラティブは無限。
・躍動している文章には、覚知されないリズムが埋め込まれている。
・grooveとはレコードの溝。溝にレコードの針がはまって音楽が流れだす。
しかしこの本の真髄は上記の項目をはるかに超えたところにある。後半3分の1には、心をもっていかれる。私もそうやって生活の中で時間を創って本を書き、毎日というか毎朝なんらかの文章を書いてきた。40年間(まったく評価もされないことにもめげず淡々と)。女神とmojoの話は、オカルトめいてみえて、本当のことなのです。書くこと=生きること、ということが決しておおげさではないと思える、近藤ワールド全開の名著。
集英社クオータリー「kotoba」2021 winter 本日発売です。
連載「スポーツとファッション」第4回は、「アスリートによる大胆な政治的主張」です。
まるまる6頁。8000字くらいの長めの論考ですが、デリケートな問題をできるだけ丁寧に扱ってみました。よろしかったらご覧くださいませ。
(Click to amazon) 特集は、司馬遼太郎。ファンは必読です。
以下、恒例の「季節の写真」集。笑 今の季節の高輪の日本庭園です。
グランドプリンス高輪のティーラウンジからの鑑賞+散策がおすすめ。
角度によっても来るたびに違う顔を見せてくれるのが自然のいいところ。
もう冬ですね。2020年のラストスパート、くれぐれもお気をつけてお健やかにお過ごしください。
銀座の真ん中、かの泰明小学校のすぐ近くにこんなバーがあったとは。
十誡。
地下へと降りてとびらをひらくと、こてこての世界観を感じさせる別世界。好事家のための本、3000冊がおいてあります。
ダークで妖しい知の深淵にようこそ。というインテリア。
女性スタッフはコルセットのコスチューム。呼ぶときは金の呼び鈴をちりんちりんと鳴らします。
お客様も、お着物の方やロリータ系のコスプレの方々。女性が多い。
80年代に一時期、はまったことのあるドグラマグラ系の本だったり人間の闇の部分をとことん扱う本だったり、「健全な」童話にしても、アリスや宮沢賢治やグリムなど、ちょっとダークがかったもの。
きのこ愛好症のことを「マイコフィリア」っていうんだって。知らなかった…。

宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にインスパイアされたモクテル。金粉がきらきら流れ、脇に置かれた石が、光を当てると青く発光するのです。赤いラベンダーシロップを入れると、ドリンクが紫色に変わる。

私の本は置いてありませんでした。中途半端な本ばかり書いていて申し訳ありませんでしたと消え入りたくなりました…。精進します。
オーナーが銀座ヴァニラ画廊も経営している方だそうです。ヴァニラ画廊ではいま「シリアルキラー展」をやっています。やはり異色です。80年代の下北沢を思い出しました。グランギニョールとかButohとか……。近々、観にいこう。
本日の日本経済新聞「なんでもランキング」。言葉の専門家として審査させていただきました。テーマは事典です。どんぐり、きのこ、境界、色、文具、民具、エアポート、星……。世界を切り分け、分類し、編集し、深めていく知性のすばらしさに感動します。
私が一押しだった、きのこ事典はランキング入りしなかったな。これは装丁がきれいで、大きさもかわいらしく、いかにも魔女の本棚にありそうな魅惑的な本で、わくわくするんだけどなあ。私はプレゼント使いにします。
電子版は、こちらで。
無料で10記事まで読めますが、それでも電子版の会員NGな方は、アナログの本紙でご覧くださいませ。
選ばれなかった事典のなかでは、この発想に驚いた!というものが「境界」に関する事典。こういう事典を作ろうという発想そのものに感動するし、実際に作るのはほんとうにたいへんだっただろうとねぎらいたい。
「日本戦陣作法事典」はランキング入りしてくれてよかった。戦陣のなかにも行商が来ていたことがわかったりして、「生活」と「戦争」がどのように折り合いをつけていたのか、いろいろ想像が広がって楽しい。
「鬼滅の刃 無限列車編」。週末のみなとみらいの映画館は満席。
まったく前情報なしに見たのですが(アニメ版を少しだけ見ていた)、クライマックスが二度あって、キャラクターの作り方が絶妙にうまいなあと感心。
満席の観客は、エンドロールが終わってもしばらく誰も立ち上がりませんでした。こんな反応を起こさせる映画って。
ただ冷静になってみると、やはりお子様ターゲットでもあるので、心情を描かずにすべて言葉で説明しつくすなど、演出が白けたところもあり。でも、それをさしひいても、時間を忘れさせるダイナミックな映画でした。
Yokohama for all season. ほんと、どの季節も美しい。
映画の余韻さめやらず、ロイヤルパーク最上階のバーでシャンパン2杯ほど飲んで帰るの巻。
foufouというブランドを展開するマール コウサカさんの初めての本、『すこやかな服』(晶文社)。
foufouは服を通して新しい時代、新しい社会を創ろうとしています。それを感じたので、次回の日経連載(10月10日夕刊)にも詳しくご紹介します。読んでみてくださいね。また、FRaU連載でも別のアングルから取り上げるかも。
とにかくこの本も面白い。彼の反骨精神、やさしさ、ユーモア、オリジナリティ、なによりも芯のある思想がしかと伝わってきます。現行のファッションシステムに対する不満をもつ人、手ごろで機能的な服の氾濫に違和感を覚える人、マール氏の本を読むと爽快な視界が開け、くるくる回りたくなってくるでしょう。新時代のラグジュアリーについて考える有益なヒントが満載でした。次世代にこんなデザイナーがいるということの頼もしさ。マメ・クロゴウチもそうでしたが、なんだかうれしい、希望がもてる。
エツィオ・マンズィーニ著、安西洋之、八重樫文・訳『日々の政治 ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』(BNN)。
コロナで自粛中に、日々の生活どころかパーソナルな健康までもが政治と直結していることを実感した。政治は権力としてそこにあるもの、おじいさんたちが料亭でこそこそやっているものなどではなく、本来、自分たち当事者がオープンに、包括的な態度で、日々作っていかねばならないものであることに、いわば目覚めた。
だからと言って政治家に立候補するとか、どこかの政党に肩入れするという方向とは全然意味が違う。ここでいう政治とは社会の在り方を作ること。はやりのことばでいえばソーシャルデザイン、ソーシャルイノベーション。それを身近な足元から自分が考えて一歩一歩築いていき、信頼できるコミュニティを作り上げていくことが、ひいては自分自身の安心や幸福として還ってくるのだ。そういう気持ちで行動していくことが、「日々の政治」なのだということを自覚したというわけである。
この本は、大きな言葉になるが、「世界の変え方」を説いている。でもさほど仰々しいことではない。自分が立っているまさにこの足元から、違和感満載の世間のロジックにはNoといい、社会の需要と自分の能力に合った生活基盤や環境のロジックを築いていくこと。実はとてもシンプルなことである。ではそのためにどのように行動すべきか? 本書はその行動の方法を語っていく。主語は行政ではなく、あくまで、日々の生活を送る私たちである。生活をする私たちこそが政治や政策の主体者となろうと説き、そのための方法を説いている。
決して読みやすい本ではない。目の前にある事実の断片をブリコラージュ的に集めていき、どう収束するのだろう、と引っ掛かりながら読み進めていくと、後半になって、「ああ、あれはそういう意味だったのか」と少しずつわかってくる。「行動の方法」といっても、ビジネス書によくあるような、「この章のまとめ」みたいのがあるわけではない。従来の方法論の慣例とは無縁の高度な領域で、アートに近い語り方をしている。訳者の言葉を借りるなら「バールのテラスでマンズィーニが熱弁している」というイメージ。そんな熱弁を前にしたら、理解できない内容があったとしても、その情熱と語り方の個性が心に残るように、私も、おそらく内容を半分理解しているのかどうか、自信がない。でも何か、今日からこういう風に考え、行動しなければという大きな刺激を受けた。
話題がほんとうに多岐に広がるので、包括的に正確に「これこれこういう本です」と要約したりする力量は私にはない。なので、とりわけハッと思わされた点を部分的に紹介することにしよう。たとえばコラボレーションについて。私はこれまでもたくさんのコラボレーションをおこなってきたが、その本質的な価値は何だったのかということにも気づかされた。以下、引用。
「(私たちが)コラボレーションを実行するライフプロジェクトに引き込まれるいちばんの理由は、具体的な成果が得られることに関心があるからではない。本当の理由は、まさにこのタイプのプロジェクトがコラボレーションを志向していることで生み出されること、つまり、人づきあい、信頼、共感の価値に(私たちが)( ↞ ここ本文では「彼らが」ですが自分事として考えるため変更)、気づいているからだ。人づきあい、信頼、共感は、『関係価値』である。無形資産であり、有形資産と同じくらい人間の欲求を満たすのに必要なものだ」
(途中、大幅に省略。本文読んでね)
こうしたコラボレーションの積み重ねによって、結果として、強い信頼に基づき、安心感をもたらす、参加型民主主義の新しい姿が立ちあらわれる。「プロジェクト中心民主主義」である。
そんな社会を作るという指針を頭のどこかにもってローカルでの日々の行動を積み重ねていく先に、世界が変わりそうだという希望を見せてくれる。
(ある朝の横浜。)
さて、話が下世話な世界にとんで恐縮ですが、「007」映画がまたしても4月に公開延期と発表されました。この映画に合わせて一年前から進んでいたコラボレーションプロジェクトがいったん3月末に停止となり、先日、再始動したばかりでどうしようかと思いましたが、もう映画ぬきで進行することになりました。プロジェクトそのものの実現も大切ですが、そうですね、マンズーニの視点で語れば、プロジェクトによって生まれた信頼、共感に基づく関係価値の無形資産としての大切さにもあらためて気づかされました。プロジェクトは多くの方を幸せにし、新しいコミュニティにつながる可能性も秘めています。プロジェクトのその先まで、マンズィーニ風に考えて作り、行動していきたいと思います。どうぞ楽しみにしていてください。
猛烈に面白い本だった。西和彦「反省記」。ビル・ゲイツとポール・アレンとともにマイクロソフト創設にかかわった天才。アスキーの創業者にして、史上最年少で上場させた経営者として孫正義もかすむほどの影響力をもった方。なのになぜに転落を。その顛末が生々しく語られる。途中、あまりにも感情移入しすぎて一緒に「血の涙」が流れそうだった。
ビジネス界の偉人も多々登場する。悪口は極力言わないようにしているらしいけれど、ときどき毒が出てくる。
そして教育に情熱を傾ける現在。
すべての過程が濃厚で、アンチ・ヒーローズ・ジャーニーすれすれのヒーローズ・ジャーニー。人の運命、才能、性格、環境、世間、いろいろな要素がからまってビジネスの成否が左右される。
学びどころも多く、物語としてもワクワクする(当事者には申し訳ないですが)。映画化熱烈希望です。
JBpress autograph の連載にて、栗野宏文「モード後の世界」のレビュー書きました。こちらをどうぞ。
複雑なモードの世界を、白黒つけようとせず、カテゴリーに収めようとせず、包括的に抱擁しようというファッション愛にあふれた本です。
〇Ready to Fashion Mag にて、ファッション本2020上半期新刊まとめとしてご紹介いただきました。こちらです。
〇白井聡さんの『武器としての「資本論」』。世界の見方がぐるっと変わるほど面白かった。難しそうな経済システムを身近な例を引き合いに出しながら、情をくみ取りつつわかりやすく語る。資本主義というものが、私たちの魂の在り方にまで影響を及ぼしていること。具体例にいちいちうなずきながら、経済システムが人間関係や倫理観にも、知らず知らずのうちに影響を与えている……というか私たちを「包摂」していることが理解できる。途中、鳥肌が立ったり、足元がぐらつくような思いを何度もした。「スキルアップ」なんて言っているのは、完全に資本主義下の奴隷根性を内包した発想なんですね。
「スキルアップによって高まるのは労働力の使用価値の次元」。人間の基礎価値をとことん低くするのがネオリベラリズムの価値観。これを魂にまで浸透させていると、「スキルのない」自分の価値は永遠に低く不幸なまま。なるほど。
こういうシステムのなかに私たちがとりこまれているということを自覚することが、まずは出発点になりそうです。
人間の基礎価値を信じる、「私たちはもっと豊かに生きていい」とという議論は、現在、進めている新ラグジュアリー研究とつながってくるな、と感じます。システムの外に出る、豊かさをプロセスのなかに享受する、取り換え可能な部品として扱われない、スペックで比較されない。こういうラグジュアリーの条件はかねてから講演でも話していましたが、それってネオリベからの脱却ということでもあったんだ……。
著者は最近、ユーミンをめぐる発言でバッシングを受けているようなのですが、この本はこの本として、価値はゆるぎないと思います。
“Believe in life! Always human beings will live and progress to greater, broader, and fuller life.” (W.E.B.Du Bois)
懐かしい英文学の授業を受けているような感覚を与えてくれる、ロマン主義時代あたりのイギリス文化史。当時の文化人などの固有名詞についていけないと厳しいところもあり、専門性も求められる印象もあるが、新しい発見、忘れていたことの再発見などがあって、勉強になった。以下は、なるほど、と感心した表現の引用です(途中省略しているところもあるので、みなさんは本書を読んでくださいね)。
・ウィリアム・ギルビンが唱えた崇高美とは。「最初に押し止められたような、また押しもどされたような何か受け容れがたい、しかし抵抗しがたい力がまず働きかけてくる。人間を卑小に弱小に思わせるような力がはたらく。『綺麗』『優美』という日にはこうした衝動力は皆無」。
・「抑圧された意識から崇高美は生じてくる。抑圧から解放される衝動がともなうからである。急な拡張、自己を運び出されるような感じ、反動、制止、制限から一気に解放される衝撃が訪れる。これが崇高な美しさであり、しばしば歓喜をともなう」。
・1780年代は歩いて移動することは身分を表していた(貧しくて階層も下)。わずか10年ほどの間に、歩くことに対して態度が180度転換した。ペデストリアン・ツアーが生まれる。「古典美をベースにした、どこかにあるはずの理想的風景、アルカディアを求めていたイギリス人に、『自然の風景が美しい』という感性の変革が起こり、古典的修養という呪縛から解き放たれて、イギリス独自のアルカディアを求める契機となった」。
・「理性を重視する古典主義から、情熱、心情を重んじ、写実よりも想像を強調するのがロマン主義。主知的で形式、均整などを遵守する古典主義に対して対極的な人間観を懐胎しているのがロマン主義。ひとことで言えばそれは人間肯定の思想であり、人間を善なる存在と見て、その人間のなかに、無限の可能性が内在しているとみる態度」。
“There is only one step from the sublime to the ridiculous.” (By Napoleon Bonaparte)
ユナイテッド・アローズのクリエイティブディレクター、栗野宏文さんの初めての本。わかりやすい言葉でファッションと社会の関係を語る、ファッション愛にあふれた本です。現在の社会状況の分析も面白い。栗野さんの主観が徹頭徹尾貫かれており、それが快い。以下はとくに興味深いと思ったところの備忘録メモの一部です。正確な引用ではないので、みなさんはぜひ本書を通して読んでくださいね。
・バーチャルグルメ、バーチャル健康など、自分が消費するのではなく、他人が消費しているのを見て、消費の気分に乗るというだけで満たされる、それは現在の消費社会の一特徴。
・本来、モードは特権階級と非特権階級という図式に依拠していた。しかし、ファッションブログ→インスタグラムを経て、完全にフラットになった。その意味ではモードは終わった。モードに変わる言葉は、ダイヴァーシティ。
・クリエイティブなビジネスとは、パクチー(ヘイト)である。世間に出るということは、たとえ嫌われてもいいからパクチーでいようということ。
・どんな変人でも、意地悪そうな人でも辛口な人でも、本質的に人間としてまともかどうかが、一番重要。これを「トラッドマインド」と呼んでいる。根本に服に対する深い理解と愛があるかどうか。「ひとりひとりのお客様と向き合い、いつの時代も多様なスタイルに応えるということ」がトラッドマインド。
・クオリティが高かったり、飽きがこなかったり、完成な度が高くて、それ以上いじりようがない原型、それをリアルシング(本物)と呼んでいる。
・ファッションには、人間が人間として、リスペクトされるための装置としての側面がある。その人の人間性がファッションを通じて外に醸し出されていく、その手助けをするようなファッションが、今一番求められている。
・どんなにスケールの大きなビジネスでも、一番大事なことは、そこにエモーションがあるかどうか。ブランドとはエモーションの塊である。(←名言)
・おしゃれに興味を持つということは、自分ときちんと向き合うということ、自分を見つめるということ。それができる人は、他人に対しても同じようにきちんと向き合える。おしゃれとは生き方の問題であり、その本質は結局、自分が自分らしくいるかどうか。
・ファッションにおいて一番よくないのは、過剰な足し算と妥協。多くの人は人の目を気にしすぎているわりには、自分に何が似合うか本質を見極めていないし、自分と向き合っていない。
・忖度というのは批判されないための防御。リクルートスーツ、お受験スーツなどは忖度しすぎてモンスターになっている。
・日本には西洋のような階級社会がない。日本のファッションにはセダクション=性的誘惑性がない。だからユニークで面白い。
・現代日本において男の着物姿は遊び人風に見えるが、女性の着物姿にはある種の威厳、「押し出しがある」。
“It is your work in life that is the ultimate seduction. “(By Pablo Picasso)
<おまけ 過去に栗野さんとご一緒させていただいた鼎談のなかから>
- 「”クール”の失墜と発見」河毛俊作氏、栗野宏文氏との鼎談(新潮社「ENGINE」2005年10月
- 「男の洋服ABC クラシックが帰ってきた」河毛俊作氏、栗野正文氏との鼎談 (新潮社ENGINE)2006年5月
- 「男にとって、エレガンスとは何か」河毛俊作氏、栗野正文氏との鼎談(新潮社「ENGINE」)2006年10月
- 「クールはどこへ行くのか」河毛俊作氏、栗野宏文氏、鈴木正文氏との座談会(新潮社「ENGINE」)2007年5月
- 「不確かな創造より、確かな手触りへ」河毛俊作氏、鈴木正文氏との鼎談(新潮社「ENGINE」)2007年10月
昨日の仕事は紀尾井町でした。建物の中にいる限り、気持ちのよい絶景ですが、外は37度の熱風。
トガッチこと戸賀敬城さんの同タイトルの本の文庫化版。ソリマチさんの表紙イラストがセンスよく決まっています。
メンズファッション上級者に向けたものではなく、ビジネスでとにかく結果を出したいという初心者向けのマニュアルです。グルーミングやヘアスタイルにいたるまで。
「スーツは三万円で買い、三年で使い捨てろ」、「傘はビニール傘でいい、困っている人にあげてしまえ」という項目など、クラシックスタイル信奉者が聞いたら怒りそうな(笑)項目もありますが、トガッチ式ライフスタイルの中においては理にかなっており、なるほどなと思わせるところがあります。こうした考え方もあるという他者への理解や、気づきにつながればよいのではないでしょうか。
巻末のビームス中村達也さんによる解説が面白い。トガッチ式ビジネススタイルの本当のキモはどこにあるのか(少なくとも服装ではない)、さりげなく明かしてくれています。中村さんが引用するヴォルテールもいい。
「彼とは意見が違うけれど、彼が意見を言う場所は命をかけて守りたい」
ファンなのかアンチなのかわからない、自身でもよくわからないという中村さん、この解説は出色です。中村さんが描きだす戸賀さんという人物像を、本書の服装術を実践する男性と重ね合わせると、ぴたりと合うのです。
やはり人あっての服装観。クラシックスタイルを貫く人にはそれなりの行動様式が染みついています。戸賀スタイルには戸賀様式。そうした視点を持って読むと味わい深いと思います。人としての考え方や行動の裏付けがないのに表層のマニュアルだけ真似してもちぐはぐになるのは、あたりまえといえばあたりまえですね。
8月25日発売です。
“Spectacular achievement is always preceded by unspectacular preparation.” (By Robert H Schuller)
イーロン・マスクの母、メイ・マスクの自伝。72歳で引っ張りだこのモデル、「スタイルアイコン」で紹介できるかな?と思って読んでみました。
長男があのイーロン・マスク、次男がエコ・ファーマーのキンバル・マスク、長女が映画プロデュ―サーのトスカ・マスク。そんな超優秀な子供たちを育てたメイはDVサバイバーで栄養士、モデルとして、離婚後一人で奮闘してきた自由と行動力の人。
メイの両親がまたずば抜けた人たちなんだな。飛行機を所有していて、子供たちを砂漠でもどこでもたくましくサバイバルできるように育てた。いやはや強力な遺伝子の家系。
・快適さは必要不可欠なものではない。ほんの少しで用は足りる。
ほんとこれ。
難局にぶつかったときの行動や考え方、ゼロから始めなくてはいけないときの行動など、勇気づけられるヒントも多い。
とにかく地道に、結果が出るまで、忍耐強く行動し続ける。結果が出るまでやるから成功する。シンプルなようで難しいことを、いつも繰り返している。これに遺伝子の力が加わるから最強ですね。
この母にしてあのイーロンありなのか。イーロン・マスクの見え方まで変わる。
難解な用語をまったく使わず、市井の人に語りかけるようなイメージで経営学を説く。「余談の多い」経営学、と表紙にあるけれど、余談を聞きながらすいすい多様な事例を通して学べるし、その事例を起点として枝が広がるように考えさせられる。
ラグジュアリー市場に関してはやや手ごたえが薄いような印象も。でも「ステータスと仲間をつくれ」の章では、具体例を通してラグジュアリーにまつわる新しい表現というか見え方を示唆してもらった。以下は、備忘録を兼ねたメモで一言一句正確な引用ではありません。詳しくは本書をお読みくださいね。
・機能性、経済性といった科学的価値→芸術的価値→宗教的価値(あこがれの対象と自己同一化できるような感覚)
・織田信長が部下への恩賞として茶器を用いたこと。家臣は財産も手に入れ、権力も手に入れ、最後にはステータスを求めた。信長は巧妙に自らも茶の湯文化を尊んでみせることで名物である茶器をもつステータスを高めることに成功し、領地や権限以外の報酬を生み出すことに成功。
・正岡子規が東京帝国大学の学生時代にベースボールを輸入した。子規の本名「升」(のぼる)をいたずらで用いて「野」(の)「球」(ボール)→「野球」と訳されることになった。彼らに対するあこがれから野球はステータスを築き上げた。
・「ラグジュアリーブランドというのは、『華麗なるギャッツビー』、あの世界に出てくるものですね」
・デイジーの涙が、ラグジュアリーブランドという現象のどこかにまとわりつく哀しさを示している。
・大戸屋はなぜ一階にないのか? 「女のくせに自炊をさぼって外食している、と外から見る人に思われないかと心配せずにすんで助かる」 (←これには笑った。ここまで徹底的に考え抜いたブランディングだったのだ)
・ハーレー・ダビッドソンは、機能で他のバイクと競合しない。競合するのはむしろアウトドアライフスタイル。「家族の理解が得られるようになった」(ハーレーに乗っているパパがかっこいいと思われるようになった)からこそハーレーは成功した。ハーレーを乗る人たちのコミュニティ、帰属意識も満足させる。
・ハーレーに乗るライダーに「あなたは社会的階層のシンボルとして、この決して安くはないバイクに搭乗されているのですよね?」と聞いても、決して素直な答えは返ってこないでしょう。ことは人間の心のあまりにも柔らかなひだの奥に触れる話題なので、そこを意識すればこそ、ライダーたちは「いやいや、このハーレーの走りが、馬力がいいんですよ」と機能性にこだわった証言をするでしょう。商品のシンボル性にひかれたと、自分で素直に認められる方はそうはいないでしょう。(←これ、まさしく!! 人は虚栄心を認めない。この証言を言葉通りにとってモノづくりをしてはいけないのだ)
“God is a metaphor for that which transcends all levels of intellectual thought. It’s as simple as that.” (By Joseph Campbell)
難解な用語をまったく使わず、市井の人に語りかけるようなイメージで経営学を説く。「余談の多い」経営学、と表紙にあるけれど、余談を聞きながらすいすい多様な事例を通して学べるし、その事例を起点として枝が広がるように考えさせられる。
ラグジュアリー市場に関してはやや手ごたえが薄いような印象も。でも「ステータスと仲間をつくれ」の章では、具体例を通してラグジュアリーにまつわる新しい表現というか見え方を示唆してもらった。以下は、備忘録を兼ねたメモで一言一句正確な引用ではありません。詳しくは本書をお読みくださいね。
・機能性、経済性といった科学的価値→芸術的価値→宗教的価値(あこがれの対象と自己同一化できるような感覚)
・織田信長が部下への恩賞として茶器を用いたこと。家臣は財産も手に入れ、権力も手に入れ、最後にはステータスを求めた。信長は巧妙に自らも茶の湯文化を尊んでみせることで名物である茶器をもつステータスを高めることに成功し、領地や権限以外の報酬を生み出すことに成功。
・正岡子規が東京帝国大学の学生時代にベースボールを輸入した。子規の本名「升」(のぼる)をいたずらで用いて「野」(の)「球」(ボール)→「野球」と訳されることになった。彼らに対するあこがれから野球はステータスを築き上げた。
・「ラグジュアリーブランドというのは、『華麗なるギャッツビー』、あの世界に出てくるものですね」
・デイジーの涙が、ラグジュアリーブランドという現象のどこかにまとわりつく哀しさを示している。
・大戸屋はなぜ一階にないのか? 「女のくせに自炊をさぼって外食している、と外から見る人に思われないかと心配せずにすんで助かる」 (←これには笑った。ここまで徹底的に考え抜いたブランディングだったのだ)
・ハーレー・ダビッドソンは、機能で他のバイクと競合しない。競合するのはむしろアウトドアライフスタイル。「家族の理解が得られるようになった」(ハーレーに乗っているパパがかっこいいと思われるようになった)からこそハーレーは成功した。ハーレーを乗る人たちのコミュニティ、帰属意識も満足させる。
・ハーレーに乗るライダーに「あなたは社会的階層のシンボルとして、この決して安くはないバイクに搭乗されているのですよね?」と聞いても、決して素直な答えは返ってこないでしょう。ことは人間の心のあまりにも柔らかなひだの奥に触れる話題なので、そこを意識すればこそ、ライダーたちは「いやいや、このハーレーの走りが、馬力がいいんですよ」と機能性にこだわった証言をするでしょう。商品のシンボル性にひかれたと、自分で素直に認められる方はそうはいないでしょう。(←これ、まさしく!! 人は虚栄心を認めない。この証言を言葉通りにとってモノづくりをしてはいけないのだ)
“God is a metaphor for that which transcends all levels of intellectual thought. It’s as simple as that.” (By Joseph Campbell)
〇ディズニーシー、続き。
何度も来ておきながらここでゴンドラに乗るのは初めて。制服もおしゃれでした。

漕ぎ手のお二人、「屋根のある」汽船をうらやましそうに眺めていらっしゃいました。炎天下のお仕事、ほんとうにおつかれさまです……。

今回、コロナ後はじめてのシェラトングランデのクラブフロアに泊まったのですが。コロナの影響でしょうか、クオリティが著しく下がっていました。カクテルタイムに出されるものもプレートに載った一律の「給食」状のスナック。朝も「キューピー」の袋入りドレッシングとか「QBB」のチーズとか、ペットボトルに入ったウーロン茶とかが、むき出しで供される。部屋のアメニティもぎりぎり最低ラインになっており、昨年までのシェラトンであればありえなかったようなサービスの数々になっています。ガーデンプールも予約制で入れず。今年はスタッフも少なくしてソーシャルディスタンスも必要なので仕方がないというところもあるのでしょうね。制約の多いコロナ禍の状況下にもかかわらず頑張って営業してくださってありがとう。開放感があって好きなホテルのひとつなので、早く元のクオリティに戻りますように。
ラグジュアリーな男性用パンツ「TOOT」を展開するCEO、枡野恵也さんの著書。枡野さんのキャリア論、人生論が展開されます。
枡野さんもラグジュアリー研究会に途中から参加くださっています。マッキンゼーにいらしただけあって、話を始めると引き込まれます。「ラグジュアリーとはバカすれすれなのではないか?」論には思わず膝を打ちました。ルックスもユニークでロマンティスト、現在のキャリアは必然、とだれもが納得する「ラグジュアリーな」方です。著書も読むと元気が出ます。
“Without deviation progress is not possible.” (By Frank Zappa)
〇ディズニーシーの続き。
もう何十回来ているかわからないくらいなのですが、毎回、心に響く場所が違うし、それぞれの場所に違う思い出もある。
それぞれの場所に立つと、「あの時の選択」につい思いが及んでしまいます。これまで何度か人生の岐路を分ける選択を迫られましたが、その選択は振り返ってみるとすべて、社会の価値観から見ると「損」するほうでした。
「(社会的評価基準から見ると)間違った選択」ばかり繰り返して、時折こうして、選択をした当時の心境に戻れる場に来てみると……やはりその選択を非常に後悔します。あのとき、「左」ではなく「右」を選んでいたら、「西」ではなく「東」を選んでいたら、明らかに今よりも、トクしていた人生だっただろう。
そういう後悔はあるものの、その瞬間にタイムスリップして戻れるとしたら、やはり同じ選択をしてしまうような気もします。

いつも「ワクワクする」方を選んでしまい、その先はオールアローン、自分一人でなんとか切り開いていかねばならない孤独が待っているという。「なんの経済的保証もないけど、ワクワクする」ほうを選んでしまうのは、もはや病と思われる。The syndrome of making bad choices=SMBCとか。(どこかの銀行みたいな)
しかしそういう無謀な経験をしてきているゆえに、他人の選択に対してはいろいろな可能性を客観的に示唆できる。そういう経験が今、誰かの役に立っていたりする。だからどちらでもよかったのだと思うことにしています。
この作り込みの徹底ぶりにはやはり情熱を感じます。それが確実に伝わってくる。ディズニーはやはり「人を楽しませること」を考える時のインスピレーションに満ちています。
中央大学ビジネススクール教授の田中洋先生の「ブランド戦略論」。個々の具体例も交えながら、教科書としてブランドにまつわる知っておきたい理論が網羅されています。田中先生には、ラグジュアリー研究会にも(ズームにて)お越しいただき、ゲスト講師として貴重なレクチャーをしていただきました。多謝。ラグジュアリーの原則中の原則は、新・旧それぞれに通じるところがあり、普遍です。この分野を語る際には、ぜひ一読しておきたい一冊です。
ちなみに田中先生によるラグジュアリーの条件は以下の通り。新旧ラグジュアリーにともに通じる条件かと思います。「非日常」のみ今は少し変化しており、日常的にラグジュアリーを感じるラグジュアリーがあってもよいのではという時代になっています。
・知覚入手困難
・日常との距離=非日常
・希少
・社会的価値(他の人が良いと決めたこと)
・個人的関連性
・非有用性
「社会的価値」に関しても現在は過渡期でしょうか。他の人や権威が「価値あり」と決めたことは関係がないという人も増えてきました。
「ラグジュアリーのジレンマ」なる言葉も教えていただきました。ある程度販路を広げようとすれば希少性がなくなる。それに対する解決法も本書に書かれておりますよ。
中央大学ビジネススクール教授の田中洋先生の「ブランド戦略論」。個々の具体例も交えながら、教科書としてブランドにまつわる知っておきたい理論が網羅されています。田中先生には、ラグジュアリー研究会にも(ズームにて)お越しいただき、ゲスト講師として貴重なレクチャーをしていただきました。多謝。ラグジュアリーの原則中の原則は、新・旧それぞれに通じるところがあり、普遍です。この分野を語る際には、ぜひ一読しておきたい一冊です。
ちなみに田中先生によるラグジュアリーの条件は以下の通り。新旧ラグジュアリーにともに通じる条件かと思います。「非日常」のみ今は少し変化しており、日常的にラグジュアリーを感じるラグジュアリーがあってもよいのではという時代になっています。
・知覚入手困難
・日常との距離=非日常
・希少
・社会的価値(他の人が良いと決めたこと)
・個人的関連性
・非有用性
「社会的価値」に関しても現在は過渡期でしょうか。他の人や権威が「価値あり」と決めたことは関係がないという人も増えてきました。
「ラグジュアリーのジレンマ」なる言葉も教えていただきました。ある程度販路を広げようとすれば希少性がなくなる。それに対する解決法も本書に書かれておりますよ。
〇再開後、初のディズニーシー。
薄曇りでしたが、外気温は35度。
季節に応じた花々がディズニーの魅力ですが、この日はひまわりが全開。
この日一番の目的は、ソアリン(Soaring)。いつもは5、6時間待ちだそうですが、この日は60分待ちということで、それでも私としては苦痛に感じましたが、それほどの価値というのはどれほどのものか見ておこうと思い、待つことにしました。

マーメードのセクションあたりが最後尾で、延々と海底2万マイルあたりを経由して60分。ソーシャルディスタンスを保って待つよう、係の人がひっきりなしにチェックに来ます。マスク必須でいたるところに消毒液があり、徹底して感染症対策がおこなわれています。
待っているだけでサウナ状態ですが、ANA石垣インターコンチで知ったアロマおしぼりをたくさん持参していきましたので、比較的気持ちよく過ごせました。

いよいよソアリン城へ到着。乗り場までここからさらに15分ほどかかります。笑 待つ間も退屈しないよう、きめ細やかな工夫が凝らされているあたりはさすがディズニー。
いったいどのようなアトラクションなのか、まったく予備知識なしで行ったので、このあたりからあれこれ想像をふくらませつつ。
住みたくなるほど美しい庭。
中は「空を飛ぶ」「地球を知る」ことに関する博物館のようです。
ようやく乗れたソアリンは、10分間の空からの地球の名所一巡りといった印象のアトラクション。匂いつきで、リアリティがすごかった。物理的には高く昇っていないはずなのに、脳内でおそろしい高度まで上昇 (soar)するんですね。これは優雅でスリリングな世界一周。旅行に行かなくてもこれでOKと思わせる。また乗りたいけどもう待つのは十分。
“Refuse to be average. Let your heart soar as high as it will.” (By Aiden Wilson Tozer)
ダグラス・マレーの『西洋の自死』。500頁以上ある本ですが、具体例が多いので読みやすい。 足元がすくわれるというか背筋が寒くなるというか、明日の日本の姿かもしれない。
ファッションのニュースばかり見ていると、多文化主義やリベラリズム、寛容と多様性と包摂はとてもすばらしいことのように見える。人種差別は撤廃されるべきだと思う。ああでも、ほかならぬこの「人種差別はいけない」というリベラリズムが長期的に見て自国の文化の死をもたらしているとしたら。なんというジレンマ。複雑な問題の奥にあること、個々の具体例がもたらしていることをよく見極めておきたい。移民をどんどん受け入れるとどのような未来がもたらされるのか、日本人も西洋の実例の背後を見極めてから考えたほうがいい。個々の人に対しては、リベラルでありたい。しかし自国の文化の保全を考えることは、また別問題である。
〇銀座の老舗の百貨店に、ロックダウン解除後、はじめて買い物するつもりで行ってみました。かねてからひいきにしていたコーナーで、コロナ前はワンシーズンに1~2着は買っていたところです。久々に伺ってみると、新しい売り場ご担当者がいきなり「このブランドはキャサリン妃の妹さんも愛用している云々」と稚拙なブランドの解説をえんえんと始め(よりによってそのブランドの記事を書いている私に)、しばらく聞いていましたが我慢しかねた段階で「少し見せていただいてよろしいですか?」と言って商品を見始めると、「黄色は夏らしくてすてきですよね」「ストレッチが効いて着やすいですよ」などの無意味なお勧め文句を連発し始め、片時も自由を感じなかったので適当にお礼を言って退散しました。販売員のマニュアルセールストーク、あれは拷問に近いです。もっと黙ってくれていたら買うはずだった客をひとり逃がしましたね。
こういう売り方が嫌われるのでECやユニクロなどの「販売員が余計なことを言わない、なんならいない」ところへお客様が走っていたことはすでにコロナ前から明らかだったのでは? 接客をするにしても、ひとりひとり客を見て、適切な対応ができればそれはそれで百貨店販売の良さもあると思いますが、一律マニュアル対応というのはまったく時代に合っていません。コロナの自粛期間を経て何か新しい変化がもたらされているのかと思ったら、旧態依然。
他の売り場を見ても、外気温35度のこの季節に分厚いコートがずらりと並んでいたりします。誰が今買いたいと思うのか(一部の大のファッショニスタさんでしょうか)。こういう顧客のニーズや季節需要と合わない商習慣をやめようという声明が、ロックダウン中に各ブランド「本国」で出されていたはずですが、それは実現されなかったということですね。
自粛期間は抜本的に変えるチャンスでもあったはずなのに、いったい百貨店は何を学んでいたのでしょう? クローズを続けるアメリカの老舗百貨店業界の状況を見たらさすがに何か変化の手を打っていてもよかったのではと思いますが。「百貨店の自死」がもたらされる原因がいたるところに元のまま、放置されています。
“Quality is not an act, it is a habit.” (By Aristotle)
サンモトヤマの創業者、茂登山長市郎さんが輸入ビジネスに賭けた一生のエッセンスを語りかけるように教えてくれる。戦後の闇市から現代までの日本におけるブランドビジネスの流れも学べる。
ファッションビジネスに携わる人だけでなく、多くの人に読む喜びを与えてくれる本だと思う。情熱、勇気、情、不屈の忍耐、人との交流の妙、損してトクする商売のコツなどなど、ひとつひとつのエピソードを通して学べることが多く、長い間積読していたことを後悔した。以下は備忘録を兼ねた茂登山さん「名言」メモです。
・心に軍旗を掲げ、その旗に忠誠を誓う。
・自分に会いに来る、自分を頼りに来てくれる、そんなお客さんを何人持っているか。「お得意さん」というのは、お客さんが得意になる、お客さんを得意にさせること。
・運、鈍、根、運、鈍、根……の循環を知る。
・運がめぐってくる可能性が高いのは、夢を売る商売。実際に売り買いするのは商品だけど、その中に夢やロマンが感じられるようなものを含ませて売りなさい。
・八方ふさがりでどうにもならない時は、大事なものだけ残してすべて捨てると、運が開ける。
・売る人と買う人と商品は三位一体。美しいものを売っていると、美しいものが集まってくる。それなりの物を売っていれば、それなりの人が集まってくる。儲かったら、商品の質もお客様も、そして自分も一段高く積み上げろ。(これはホテルビジネスを見ているとよくわかる。価格を下げると客層が下がり、意味不明なクレーマーが増えてホテルのスタッフが疲弊してやめていく。逆のパターンだとホテルスタッフも客によってどんどん磨かれていくのです。)
・自分で一流と言ったらおしまい。一流になりたかったら、一流の商品を売ること、一流のお客様とお付き合いをすること。(ラグジュアリーとは他称である、という考え方とも通じますね。やたら「一流のなんたら」というタイトルがついた本は、一流とはまったく無関係です。)
・商売も「やり過ぎ」「のり過ぎ」「マンネリ」は失敗する。
・セールスとは自分のすべてを売ることであって、物を売ることではない。「お客様に信用される自分」を売ることがセールス上達の近道。
・常にクオリティを追求しろ。クオリティを高めれば新しいお客様はつくが、落としたら誰も見向きもしない。
サンモトヤマは結局、長市郎さん一代限りで衰退に向かってしまいました。時代の流れもありました。茂登山長市郎さんは人間力が桁外れに高く、夢をもって商いを通して時代を作り続けた人でした。
“People will buy anything that is ‘one to a customer.’ “ (By Sinclair Lewis)
“People will buy anything that is ‘one to a customer.’ “ (By Sinclair Lewis)
◯小浜島 続き。
夕暮れ、浜辺でシャンパンを飲むという小さい夢は叶いましたが、あいにくお天気が今一つで、途中から雨もぽつぽつ。
とはいえ雲が多いお天気ならではの「ロマン派的」なドラマティックな空を堪能できました。

誰もいない夜の浜辺は、写真で見るとキレイですが、風の音もあいまってちょっと怖い。
小浜島に星を見に来たと言ってもよいのですが、あいにくこの夜空。時折、雲の晴れ間にのぞく星空には感激しましたが。南十字星はまた次回、ということですね。
翌朝。朝日も輝かしくというわけにはいかず、ドラクロワ的。
それはそれで迫力があり、ひたすら砂浜を散歩しているうちに雲の合間からの日の出も拝むことができました。
「三体II」下巻も読了。スケールがけた違いのスペースオペラがこれでもかというくらいに展開して、大胆な想像力に圧倒される。SFだけど自分の物語として読める理由は、戦いが起きる原因として普遍的な人間の心のひだが描かれ続けること。三体人との対決を通して描かれるのは人間世界の残酷(と小さな希望)かもしれない。
「歳月に文明を与えよ。時間に命を与えよ」。
このフレーズが出てきたとき、「ゴドーを待ちながら」を思い出した。邂逅、あるいは絶望的対決を待つ間の時間をどう過ごすのか。大切なことはその待ち時間に起きるということ。この壮大な三部作も三体人との対決を待つ間に起きる物語である。
「黒暗森林」というタイトルの意味の本当の意味がわかったとき、足をすくいとられるような思いがした。
さらに続編があるそうなので、こちらも「待つ」ことにしよう。
〇横浜市中区をほぼ初めて歩き通して見て、予想以上に美しい歴史的建造物の数々に遭遇。3週間ほど前のことですが、歩きながら撮影した写真をのこのことアップしてみます。解説なしで失礼します。公の建物が多いですが、気になる建物があったら適宜、画像検索などで調べてみてくださいね。

実はこの日、朝おそろしく早く出て、中華街で朝食でした。同行者の絶対的な推薦により「馬さんの店」で朝がゆ。

感動的なくらい美味しくて、価格もリーズナブル。あまり日頃足を踏み入れない雰囲気の店でしたが、ごめんなさい、偏見でした、お味はすばらしかったです!! 小籠包も絶品。また食べに行きます。
一方、期待十分で行ったのに「???」で終わったのが、新しくできたハイアット系のホテルのランチ。

お料理もプレゼンテーションも食器類もすべてが10年以上前のトレンド?という印象でハイアットクオリティには届いていないのでは。いったいどうしたのかといぶかっていたら、どうやらオペレーションが異なる会社であるらしい。ブランド名を守るためにもここはもうひとがんばり、ハイアットのエッセンスをまぎれもなく入れることが大切なのではないでしょうか。まだまだこれからのホテルなので、今後に期待いたします。
長い間、積読状態でしたが、読み始めたら一気に読了。黒木亮『アパレル興亡』。
小説の体裁をとっていますが、戦中から現在までの日本のアパレルビジネスの歴史が綿密に取材されており、アパレルビジネスの興亡を通して日本社会の推移も描かれる。これだけの取材するのはどれだけ大変か、痛いほどわかるだけにリスペクトしかない。ドキュメンタリーでなく、小説だからこそ描ける世界もありますね。虚実皮膜の間に立ちのぼってくる、本質をつかんだ絵。これが脳内に描ける。
私自身、日本の百貨店ビジネスや「営業系・体育会系アパレル企業」のことをほとんど知らなかった。なじみのない日本アパレルの業界用語がいろいろ出てきて、すっかり勉強になった。こうした男ばかりの暴力体質の企業が日本の経済成長を支えてきたのかもしれないですね。分厚さにひるんでいたけど、読み終えるまでだれることなく、スリリングな学びの体験ができた。テキストにして経済小説。黒木さんの力量に感動。
“Wild waves rise and fall when they arrive. And that’s what makes the calm sea alive” (By
〇 Men’s EXに寄稿した、名作映画と避暑地の文化のエッセイがオンラインでも読めるようになりました。こちらです。
感染を拡大させないためには脳内避暑地に遊んでいるのがいちばんよいのですけどね。感染拡大のなかのGo To キャンペーン前倒しの結果、どうなるのか。誰がその結果の責任をとるのか。相変わらず、見通し不明のまま成り行きで強行のインパール。
〇「三体」第二部の上、読了。けたはずれの想像力がこれでもかこれでもかとくる。襲来する三体人に対抗すべく地球人がとった戦略とは。その計画を、監視者に読み取られないためにとった戦略とは。スケールがいちいち並外れて大きく、しかもとてつもなく精緻なのでリアリティがある。面壁者と破壁者とか、アイディアとその呼称もいちいちユニーク。三体人との最終対決まであと400年。
政治のデタラメ、責任の押し付け合い、責任の放棄、せこい利権争い、命より経済、環境よりエゴ、国民の諦め、倫理の崩壊、不条理な差別、その結果もたらされる人災としか思えない悲劇の繰り返しを見ていると、地球人はもうダメだと思わざるをえなくなる。そんな社会のムードがますますこのSFを面白くしている。
“All men’s miseries derive from not being able to sit in a quiet room alone.” (By Blaise Pascal)
7月21日~23日、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション主催でグローバル・メンズ・スタイルのデジタル会議が行われます。メンズファッション学もついにここまでアカデミックに。オンラインで視聴できる貴重な機会。関心の高い方、ぜひご参加を。詳細は、こちらから。
ホストは、Jay McCauley Bowstead とCharlie Athill 。Mr. Bowstead はMenswear Revolution の著者ですね。
愛読しているWWDジャパンに、菅付雅信さんの連載「不易と流行のあいだ」が掲載されています。
本日発行のvol.2144 に掲載されたvol.8 「ウォンツはニーズを超える(後編)」で、「モードとエロスと資本」を引用していただきました。写真つき。
光栄です。この菅付さんの連載、とても面白いので書籍化希望します。
10年前に書いた本ですが、いまだにあちこちで引用されているのがありがたいかぎりです。集英社は校閲がほんとうに細かく厳しくて、膨大な「?」をひとつひとつ調べ直していくのが大変だったのですが、その過程で新しい発見もあったし、そのおかげで本が長寿になりました。
結果と実績だけで語れるようこつこつ積み重ねます。
“A professional writer is an amateur who didn’t quit.” (By Richard Bach)
ご近所のアンティークショップ「ヴィオレッタ」のオーナー、青山櫻さんの新刊です。「気品のレッスン」。
櫻さんご本人が気品にあふれた方ですので、語る内容にも説得力があります。マナーのハウツーを覚えるよりも先に、心の持ち方、姿勢、振る舞い方でどれだけ結果が違ってくるのか、ご本人の体験談をもとに優しく教えてくれる本です。
マナースクールの流派の細部の違いの争いって、ほとんど日本だけで起きていることで、つくづく無意味だなと感じますが、そうした流派の違いについても、なぜ起きるのか、どのように対応すればよいのかを示してくれます。
気品はお金をかけずとも、心がけ次第で手に入れられるもの。セールでたくさんモノをゲットしても気持ちはすさみ、その疲れによって美しさは遠のくばかり、という方は少なくないのでは。
モノの意味、マナーの意味、社交の意味、ひいては覚悟をもって生きることの意味をあらためて本質からじっくり考えるためのガイドになってくれることでしょう。

Violettaの店内です。すてきなアンティークが迎えてくれます。
“True originality consists not in a new manner but in a new vision.” (By Edith Wharton)
The Three Well Dressers. 世界的にも「Well Dressers (着こなし巧者)」として名高い3名の日本人、横浜信濃屋の白井俊夫さん、SHIPSの鈴木晴生さん、そして元United Arrowsの鴨志田康人さん。それぞれ、幼少時より現在までいかにして洋服と向き合い、着こなしのセンスや美意識を磨いてきたのか、その軌跡を豊富な写真とともに語る。
白井さん、鈴木さん、鴨志田さんはそれぞれ10歳ずつ違うのだそうです。お三方の物語を通読すると、戦後の日本のメンズアパレルの状況や、その周辺の文化の歴史も浮かび上がってきます。
鈴木さんの生い立ちが、もっとも衝撃で、感慨深いものがありました。養父が米国籍で、戦後まもない時期の幼少期からアメリカ的な恵まれた環境のなかにごく自然にいらしたのです。日本人離れした立ち居振る舞いやセンスは、幼い時から育まれていたということですね。ファッションセンスにおいても英才教育や環境がいかにものをいうのか、納得するエピソードが満載でした。(鈴木さんの中身は半分アメリカ人ではと疑っていたのですが、やはりそうだったのです。笑)
白井さんが語るエピソードのなかにも、日本の戦後にこのようなことがあったのかという驚愕の事実が多々あります。
鴨志田さんと美術との関りも初めて知るエピソードで、現在の氏が色合わせに発揮する絶妙のセンスを思えばパズルのピースが合うように納得、興味深く読ませていただきました。
白井さん、鈴木さん、鴨志田さんがウェルドレッサーとして世界から敬意を受けているのは、スーツの着こなしのセンスもさることながら、それぞれの人柄による部分もきわめて大きいと思っています。誰に対しても態度を変えず、穏やかな笑顔を向け、決して媚びたりつるんだりしない。前に出ようとするエゴはなく、ふわっとした余裕があり、人柄から生まれる独特のチャームや風格を醸し出しています。本書を読むと、それぞれが乗り越えてきた苦労や経験がベースになって、そうした穏やかさが生まれているように伺われます。
お三方、それぞれに確立したスタイルは、読者がマネしてもおそらくへんてこなものになるのですよね。
One man’s style must not be the rule of another’s. (By Jane Austen)
「一人の男のスタイルは、別の男の基準にはなりえない」(ジェーン・オースティン)
それぞれの経験や考え方があって、このスタイル。だから、表層だけまねても「もどき」にしかならない。そういう意味で、「人と装い」の関係を掘り下げて考えるための参考書になるのではと思います。
現在40歳代、30歳代の若い世代にこうしたウェルドレッサーの伝統を継承するような方はいらっしゃるのでしょうか。コロナによってスーツ着用の機会がさらに減り、トラディショナルなメンズスーツはますます居所を失っている時代でありますが、それぞれの時代の洗礼を受けた若いウェルドレッサーの登場も期待したいところです。
使い古された言い方だが「 興奮のるつぼ」に叩き込まれるようなSFだった。とんでもなく飛躍する想像力。でも現実とのつながりが失われていない。読み終わる頃には本当に「三体人」が地球に向かっているということを信じ始めている。ナノテクノロジーを使うアクションシーンなんて映画で再現されたらどれほどの迫力になるのか。見たこともないシーンがこれでもかと続くだろう。
現状の世界のあまりな不平等、自分勝手すぎる政治家とそのお友達の横暴、底なしのモラルの低下、若い世代の絶望、まったく「進歩」する気のない人類の蛮行etc. を見ていると、三体人を地球に招くべく行動を続ける人々にいたく共感できるのだ。
何千回と絶望してきた三体人と、人類にもはや絶望しきった地球人。互いに相手に一縷の希望を託し、接近の日が近づく。
読み終わってすぐ「三体II」の上下を買ってしまった。これ以上スケールアップするってどんなだろう。いまの中国文化の底力は、こんな小説からも伺うことができる。
〇集英社インターナショナルのウェブサイトで展開していた「コロナブルーを乗り越える本」が冊子としてまとまりました。
集英社インターナショナルの新書風です。
こんなにきちんとした冊子になるなら、もっとシリアスな文体で書くんだった。「アンケート」として「3冊までご推薦を」とご依頼が来たので、ほとんど反射神経で書いた記憶あり……。もちろん「コロナの日々を耐えている状態に効く本」を意識しておりますが。
他の読み手の方々はすばらしく、回答そのものに力が入ってます。100頁近くあり、これだけでエッセイ集としても読める。
一部書店でフリーで配布されているそうです。見かけたらチェックしてね。
〇ここしばらく、多様な業界の方々とラグジュアリーに関する議論をしたりインプットをしたりしているのですが。
旧ラグジュアリーが神秘・階級・エクスクルーシブを内包するカソリックだとすれば、新ラグジュアリーは徹底した透明性・リベラルを内包するプロテスタント。
という比喩がひとつあるのですね。
ラグジュアリー問題を、ラグジュアリービジネスの方向性としてというよりもむしろ今のところは「個」に帰結する問題としてとらえる私自身がどこに所属するかといえば、やはり両者の妥協の産物である「英国国教会」だと思われます。
よくもわるくも、「中道」なアングリカン・チャーチ。
いずれにせよ、圧倒的な、徹底的な究め方をしないと、いかなる流派のラグジュアリーにもなれない。
新ラグジュアリー論、面白くなりそうです。
(3月に訪れた沖縄です。あ~早く沖縄再訪したい。こんどは本土ではなく島ですね)
“He who has a why to live can bear almost any how.” (By Friedrich Niezche)
コロナが終息したら行きたい旅先というのを妄想します。まずはコモ湖! ドーヴィル! サントリーニ島! などなどきりがありませんが、「ブックカバーチャレンジ」で英国建築家の小尾さんがアップしていたのを見てつい購入した本のおかげで、あらたな妄想候補地がぞろぞろ。イギリス貴族のマナーハウスが20館、カラーとモノクロの美しい写真で紹介されています。見ているだけで目が洗われるようです。今の季節は緑も冴え冴え、薔薇に囲まれた古城のなんとロマンティックなことか……。このうちの5カ所くらいを泊まり歩く旅行というのを計画してみたい。
(現実はいろいろシビアですが、妄想だけなら自由ですから。)
旅行業は終息後、きっと盛り返します。上海のディズニーランドは今日から再開。
長期戦になりましたが、ゴールはそんなに遠くない。時折、息抜きを作りながら、今週も無事に乗り切りたいものです。みなさま、どうぞお健やかにお過ごしください。
“I like nonsense; it wakes up the brain cells.” (By Dr. Seus)
避暑地特集にて、エッセイ「古今東西に通ずる避暑文化とは」を寄稿しました。

避暑どころではない現状ではありますが、脳内に少しでも避暑地の風を感じていただければ幸いです。早乙女道春さんのさわやかでダイナミックなイラストとともにお楽しみください。
Netflixの「梨泰院クラス」観了。ストーリー、音楽、ファッション、キャラクター造型、俳優の魅力、どれをとってもすばらしく、一週間ワクワクさせていただきました。多様性社会、復讐物語、青春群像物語、ラブストーリー、と多くの見方ができますが、とりわけラブストーリーとして見ると、従来の定型を破るZ世代的な新パターンなのでは。まさかの、でも当然の大逆転の展開には、感動ひとしおでした。パク・セロイの強さにも勇気づけられますが、賢く愛を貫くチョ・イソのかっこよさったらない。”No matter who my opponent was, I eventually won. So, I’m not giving up.”
あっという間に読み終えられる分量ですが、まさに今世界中の人が経験している状況と心情を、美しく力強い言葉で書き留めています。パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』。
思えば森林火災は人類に対する地球からの最後の警告だったのですね。どんなに警告されても環境破壊をやめない、利益追求のためならどこどこまでも搾取を続ける人類への。行き場をなくしたウィルスが、人類を襲ってきた。
コロナ禍がおさまっても、「もとの世界」に戻してはいけないものがたくさんあります。パオロ・ジョルダーノに倣って、「戻したくないもの」を書き留めておきたくなりました。今、現在感じている、まったくの個人的見解です。
<ラグジュアリーファッション、モードに関して>
・すでにサンローランがコレクションを脱会すると発表しましたが、年4回もファッションショーをするというのはやりすぎ。膨張しすぎ。ただ、ライブでショーを見る喜びや感激というのは確かにあるので、年1~2回でいい。
・6月にすでに夏物セールというのは異常。8月にはすでに夏物がなく、秋冬のコートが並んでいるという事態は業界の都合でしかない。それで「服が売れない」とか、あたりまえだ。実需要があるときにきちんと季節に応じた商品を販売するというまともなシステムを作るべき。
・同じようなものをそもそも作り過ぎていた。結局、予想通り売れ残って大量廃棄。こういうやり方も戻さなくていい。ついでに「トレンド予測」は意味不明。たんに「たくさん市場に出ていて、供給側が売りたいもの」が紹介されていた。
・新商品お披露目会に本業不明なインスタグラマーを多数招き、彼ら・彼女らにきれいな写真を撮ってもらってアップし、宣伝してもらうという空疎なシステムも戻らなくていい。いっせいに同じパーティー風景、同じ商品がずらずらと並ぶ気持ち悪さったらなかった。PRとしては、逆効果でしかなかったと思う。戻さなくていい。
・各メディアの編集長を、遠いところまで旅行させ、さんざん接待して記事を書いてもらうというPRのやり方は、もう舞台裏が透けて見えるので、戻さなくていい。
・ラグジュアリーブランディングとは、どれだけ派手に資本を投下してPRをするか、という問題になっていた。これは戻さなくていい。
とはいえ、なんだかんだといって終息後2年ほどすれば、さらに巨大化した(中小が絶滅して巨大資本に守られるブランドのみがいっそう巨大化して生き残るのは目に見えている)ラグジュアリーブランドが、コロナ前と同じようなことをやっていく未来も可能性としてうっすら想像できてしまうのが空恐ろしいです。
緊急事態が5月末まで延びることになり、がっくり落胆どころか、ぷつんと気持ちが切れてしまった方も少なくないと思われます。NYのクオモ知事のように、毎日、明確な数値を出し、自分たちがいまどの段階にいて、どこを目指しているのか、そのグランドデザインのようなものを明瞭なファクトベースで示せないものなのか。これ以上、どの地点を目指してどう頑張れというのか。ニュージーランドのアーダーン首相、ドイツのメルケル首相、台湾の蔡英文首相など、思いやりと際立った決断力を両立させるリーダーの手腕が伝わってくるからこそいっそう、日本の行政の冷酷な無責任ぶりと意味不明な迷走ぶりにやるせなくなる。
何も貢献できない自分の立場ももどかしいですが、せめてこの時期にあぶり出された諸々を「忘れない」ために書き留めておくことは、文筆に携わる仕事をする人間に課せられた義務のようにも思えてきます。
Day 7 は最後なので、「バトン、どうしよう」。今は不寛容がひろがっているようで、決して何かをひけらかすつもりはないのですが、万一、自慢くさく不快に聞こえたら適当にスルーしてくださいね。答えが出ていないつぶやきです。
ご縁あって、日本に入ってきて4代の方々に受け継がれてきた英文学の初版本などを「お預かり」しています。「トマス・ハーディ全集」1902年刊、「エドガー・アラン・ポー全集」1904年刊、17世紀に書かれたサミュエル・ピープスの日記復刻版、そして「台湾誌」1704年刊などなど……。100年以上、ときに300年以上、受け継がれてきたこうした本たちの背表紙(今でいう「表紙」には何も描かれていない)に囲まれていると、「ニューノーマル」となる時代に、この伝統のバトンをどうやって次の世代へ引き渡していけばよいのか、考えこんでしまいます。
ニューノーマルの時代には、英文学のみならず、あらゆる伝統的なジャンルにこそ「意味のイノベーション」が必要になりそうですね。タコつぼ的な研究ではなく、内輪だけでわかりあっているマニアックな話ではなく、もっと多くの人の心のどまんなかに届くように、新しい時代にも必要とされる価値や意味付けを、何らかの形で与えなくてはならないのではないか。
受け継いだバトンっていろんなことを考えさせられますね。
ブックカバーリレーのバトンをお渡しくださった干場弓子さん、丸川夏央留さん、神山敦行さん、穂積和夫さん、そして神足裕司さん、ありがとうございました
ファッション関連の本は、分類をはじめると「千夜一夜物語」になるので控えました。
Day 6 です。そろそろ飽きた……というタイミングかと思われますので、適当にスルーしてくださいね。本日のテーマは「見立ての快楽」です。
一時期、「荒俣宏」になりたくて文体模写までしていたことがありました。「マグナカルタ」の連載は、「荒俣宏だったらダンディズムをどう書くか?」と想像しながら書いたもので、文体は「帯をとくフクスケ」風です。
いったいどこから集めてきたのかというほどの圧倒的な量の資料を積み重ね、一見、何の関係のなさそうなものをとんでもない「見立て」の能力で連携させていき、最後は予想もしなかった結論に跳躍する、という独特の快感を与える荒俣論法。最後の最後にすっとぼけた感じで笑わせるのも「すぐれた論理を披露してしまったことへの恥じらい」みたいなものを感じさせて最高です。
選んだ4冊はそれぞれテイストも内容も異なりますが、企業研究をしたい学生さんには「広告図像の伝説」をお勧め。森永のエンゼルマーク、グリコの万歳マーク、カルピスのあのマーク、キリンのマーク、はたまた三越のライオンなどなど、おなじみの大企業のロゴやシンボルがいかにしてできあがったのか、企業理念や企業の歴史が「絵」とともに鮮やかに記憶されます。
「エロトポリス」は「スーツの神話」を書くときに多大なインスピレーションを与えてくれた本。
荒俣宏の高みにはまだまだ遠いですが、目指す高峰があるというのはありがたいことですね。
みなさま、どうぞよい週末をお過ごしください。
#BookCoverChallenge
#Day6
#FourBooksforFourBatons
#StaySafeStayHealthy
Day 5 のテーマは、「恋愛の技法」。
これを読んで実践したらモテる、というハウツーものではありません。また、現実にモテてモテて困るほどの方は本など読むヒマも必要もなかろうと思われます。
古代ローマの社会事情を反映する恋愛事情、
中世・近世の文学者たちのラブレターの解説、
19世紀末から20世紀にかけての「フラート」(恋愛の戯れごと)のマナーとタブーの歴史、
そして結婚せず愛人となった古今の有名女性124人のエピソード集です。
全部読むとさすがにぐったり、げんなり、お腹いっぱいになりますが、丁寧に人やことばを掘り下げているだけあって、どれひとつとして「同じような話」はないんですよね。人の数だけ恋愛の形は存在し、単一の「法則」などありえないのだということを思い知らされます。また、人間はこの分野ではそれほど進化しないらしいということも。
コロナ禍のもとでは、会いたい人にもなかなか会えず、苦しい思いをしていらっしゃる方もいるかもしれません。「恋愛書簡」の中条省平さんによれば、相手の不在あってこそ恋愛書簡という貴重な文学が生まれたとのこと。相手の不在にどのような心の変化が起きるのか、「鏡」として読んでみるのも面白いかもしれません。
外の現実に目を向けると不安や辛さや焦りに押しつぶされそうになるコロナ禍ですが、一日のうちの少しの時間でも、心を潤すことができますように。
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Day 4のテーマは、「映画」。
1980年代の終わりから1990年代にかけては映画コラムの連載をいくつかもっていたこともあり、1年に300本以上映画を観ていた時期があります。
まだCGがなかった時代、映画の文法を蓮実重彦さんや山田宏一さんの本から学びました。ヒッチコックの「サイコ」のシャワーシーンでは、実際にはナイフが肌に一切触れていないにも関わらず、編集だけでいかにも惨殺されたように見せるテクニックが使われていたと知ってスローモーションにして確認したり。ヒマだったのか。「映画術」は相当読み込んだ本です。
映画コラムは滝本誠さんのデイヴィッド・リンチを語るにぴったりないかがわしく危なっかしい文体に魅了されて滝本推しの映画は全部観ていました。
CG時代になってから映画をとりまく世界も一変しましたが、2010年代の状況は、宇野維正さんと田中宗一郎さんの対談でおおよその流れがわかります。
このコロナ禍で映画業界も大きな打撃を受けていますね。「今週の映画ランキング」欄が延々と空白という事態がほんとうに悲しい。映画のお仕事に携わるみなさま、お辛さはいかほどかと拝察します。どうかがんばってください。
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#Day4
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みなさま、どうぞお健やかにお過ごしください。
Day 3のテーマは、「美と醜の境界」です。
「美」に普遍的な基準はあるようでいて、案外、時代に応じてころころ変わりうるということが歴史を概観するとわかります。絶対的不動の美というものがあったとしても、常にそれはNo.1の地位にいるわけでもなく、人は飽きて、それさえないがしろにすることがあります。(また復権するんですけどね。)
そんな「美」の歴史は「醜」の歴史とあわせ読むことで、より輪郭がくっきりとしてきます。ウンベルト・エーコ編著の大作。
また「美人」の基準となると、さらに変動激しいのですが、それぞれの時代の「美人」は必ずといっていいほど同時代社会の視線にけなげに応えている。その応え方、および応えるための涙ぐましくも時に意味不明な「美人」の努力の歴史の本。「美人」は社会の産物であることがわかります。
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#Day3
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みなさまどうかお健やかに、安全にお過ごしください。
Day 2のテーマは、「匂い」です。
書棚の一列分は、匂いや香水に関する本で占められています。
見えないけれどダイレクトに本能へ届き、確実に人間の行動に影響を及ぼすもの、それが「匂い」。こういうつかみどころのない相手を言語化することが、長年の課題であり続けています。
人類学者、評論家、調香師、小説家、それぞれの立場から匂いの本質に迫ろうとした本、4冊をピックアップしました。
高砂香料の調香師でもある鈴木隆さんは、「悪臭学」のほかにも匂い関連でおもしろ本を多くお書きになっています。「悪臭学」もかなり「うわ~~~」(絶句)という世界で、息を止めながら爆笑したり人間の奥深さにうならされたりします。

パトリック・ジュースキントの「香水」は映画化もされていますが、究極の香水を完成させた天才調香師が仕掛けたクライマックスとその後の末路は思い出すだけで鳥肌が立ちます。善悪の基準などはるかに超絶した、壮絶に何かを追究する人間の物語。映画版の主人公は、「007」のQのベン・ウィショー。この映画が実質的な出世作になりました。
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#Day2
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みなさまどうぞお健やかに、ご無事に、お過ごしください。
Facebook でのブックカバーチャレンジ。FBをフォローしてくださっていない方のために、こちらに転載していきますね。
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干場弓子さん、丸川夏央留さん、神山敦行さん、穂積和夫さんという素敵な4名の方々から、ほぼ同時期にバトンをいただきました。思い出していただき光栄です。ありがとうございます。
ただ、チェーンメールまがいという批判的な意見や「もう飽きた」という意見も多々、見られます。すでにウォールは本であふれ、今さら同じことをしても、内心飽き飽きなさっているかたも少なくないと思われます。
とはいえ、お声掛けいただきましたお気持ちはとても嬉しく、私なりに「ルール」を拡大解釈して7日間続けます。4本のバトン分、一投稿につき4冊。テーマを決めて、できるだけ楽しんでいただけるような投稿にしたいと思います。(もう本の表紙は見たくないという方、ミュートにしてくださいね)
一日目、テーマは「痴性」。
知的なフリするのは意外と簡単ですが、その知性がほんものかどうかは、下ネタや下世話な話をいかに品よくチャーミングに語れるかという点で判別できます。というか、語り方に本来の品性が表れます。
その意味での「痴性」がすばぬけているのが、リリー・フランキーと開高健。リリー・フランキーのエッセイはばかばかしさが最高で、読めば読むほど愛がわいてくる。表紙のボロボロぶりから愛情が本物であるとおわかりいただけるでしょう。開高健にいたっては好きすぎて帯のコピーまで書いています。ちょっとほめすぎましたが、賢いふりをする男性より100倍は信頼できます。
*もうリレーはやめよう、の声もふえたみたいなので私の番でアンカーとさせていただきます。ってなにかっこつけてんのか。
みなさま、どうかお健やかに、安全にお過ごしください。
日本経済新聞夕刊連載「モードは語る」。25日付は、「ビッグシルエットの効用」。
SNSでにぎわっている「ブックカバーチャレンジ」。4名のリスペクトする方々(干場弓子さん、小学館の神山敦行さん、穂積和夫先生、丸川夏央留さん)からバトンをいただき、4本バトンで始めます。とはいえ、もうみなさんすっかり飽き飽きしてきたころかと思うので、適宜ルールを独自解釈してゆるゆる走ります。

こちらは干場弓子さんがアップしてくださった「シャネル、革命の秘密」。世界観がシャネルそのまま!
“Do more than is required. What is the distance between someone who achieves their goals consistently and those who spend their lives and careers merely following? The extra mile.” (By Gary Ryan Blair)
集英社インターナショナルのウェブサイトで特集「コロナブルーを乗り越える本」が公開されています。
私も3冊、ピックアップしてコメントしました。
「ステイホーム」中の読書のご参考になれば幸いです。
上記3冊です。なぜ今なのか?についてのコメントは集英社インターナショナルのウェブサイトをご覧くださいね。
何日か前、知人から、日本フェンシング協会の太田雄貴さんの呼びかけに応じて本を寄贈してくれないかというご相談をいただきました。
ナショナルトレーニングセンターが使用停止となるなか、選手たちは本を読むべきだと太田さんは考えたそうです。「本を読めと大人たちは言うけど、何を読んでいいのかわからない。だからお勧めの本を送っていただきたい」。
もちろん賛同し、私なりに選手の現在や未来を想像し、5冊選んで贈りました。
するとなんと、思いがけず、日本フェンシング協会から「お礼」としてレアなスポーツウェアが送られてまいりました。ナショナルチームが着用しているトレーニングウェアだそうです。わお。なんだか「えびたい」のようで恐縮しつつも、感激しております。
ちなみに。フェンシング選手の活躍を祈念しつつ選び、推薦メッセージつきでお送りしたのは次の5冊。
新渡戸稲造「武士道と修養」。 日本人の品格の骨格をなす武士道のエッセンスを多岐にわたりやさしく説いています。折れない心がほしいときに支えになります。
新渡戸稲造「自警録 心のもちかた」。 勝つということ、怖気の克服、誹謗に対する態度、夢の実現、富貴の精神化など、人として成長するために背中を押してくれる言葉が満載。
村上リコ「英国執事」。 紳士のスポーツの背後にある文化を知っておくことで競技に対する見方や考え方にも奥行きが出ることと思います。
・渡辺誠 「洋食マナーの手帳」 アスリートとして名を成せば会食のお誘いも増えます。その時に堂々と自然に振る舞うための基本中の基本マナーの本。
(手前味噌ですが)「『イノベーター』で読むアパレル全史」。拙著ですが、ある分野で社会変革を起こす人の考え方や行動は、アスリートにとってもインスピレーションの源になると思います。(要らんかも?と思いながらも厚かましくサインを入れました。)
みなさまの読書ガイドとしても参考になるところあれば幸いです。とりわけ「自警録」は気の弱い私にとって世の中と向きあう態度を鍛えるのに役立ちました。
太田会長のお声がけで、最終的に1,000冊を超える書籍が集まったそうです。選手のみなさま、ぜひこの機会に人間力をパワーアップし、来るべき時に備えてくださいね。心より応援しております。
“To give anything less than your best, is to sacrifice the gift.” (By Steve Prefontaine)
#FencingLibrary
LEON 編集長の石井洋さんより「アパレル全史」の力強いご紹介を賜りました。こちらです。
発売して3か月経ってもあちこちでご紹介いただけるのはほんとうにありがたいことです。
本誌もどうぞよろしく。現実に押しつぶされそうな時には、海外のリゾート地やすてきなデートシーンなどの写真を見るとしばし目の保養になり、一瞬とはいえ癒されます。現実逃避とも呼ばれますが、妄想よってほっとする少しばかりの時間は、心の健康のために必要です。
とはいえ、ファッション誌をとりまく現実はこの状況ではさらに厳しく、いくつかの雑誌では来月発売の号は再来月発売の号との「合併号」となるようです。
今シーズン「5月号」においては、Oceans, Men’s Club, LEON, Nikkei Style Magazine, Men’s EX, Men’s Precious, Richesse 各誌で執筆させていただきました。加えてWeb では婦人画報.jp とJB Press Autograph 、新聞連載では日経・読売・北日本各紙にお世話になりました。各編集部のみなさま、ありがとうございました。
撮影や対面打ち合わせや現場取材や座談会が自由におこなえるような時が早く訪れますように。その日までどうかお健やかにお過ごしください。
ほぼ無人地帯のご近所散歩の途中で出会った春の花々。そういえば今の季節はディズニーランドの花も見ごろなんですよね……(文字通り、脳内お花畑の妄想です)。
読者のみなさま、どうぞお気持ちを明るく保ち、お気をつけてお過ごしくださいね。不眠不休で働き続けていらっしゃる医療関係の方々に感謝します。
“Inspiration usually comes during work, rather than before it.” (By Madeleine L’Engle)
北日本新聞別冊「まんまる」5月号が発行されました。
連載「ファッション歳時記」第104回は「パンデミック ファッション業界の反応」です。
この原稿を書いたのは3週間ほど前です。この事態からさらに加速度的に状況が変わっています。他国の状況を見るにつけ、来月号が出るころにはさらに現状が著しく変化していることが予想されます。しかし、刻々と変わるその時々のことを書き留めておくことで、ずっとあとから振り返った時に、なんらかの参考になることがあるかもしれない。
〇Netflix「愛の不時着」はやはり期待を裏切らず怒涛の展開となり、涙をしぼりとられつつ第9話まで。いかん、寝不足だ。はやく結末を見たい半面、観終ってこの世界から離れるのがつらい。「怒ったファンはアンチよりこわい」など名セリフも。
ソン・イエジンとヒョンビン。
President Woman Spring で「アパレル全史」をご紹介いただきました。ありがとうございます。
これから社会人になる女性にとても参考になる記事が掲載されています。
〇JB press autograph でインタビューを受けた記事が掲載されました。「時代を切り拓くイノベーター モードの転換点としての2020年を読む」 Look Book 2020 Spring and Summer Vol. 1
〇エリザベス女王のスピーチ。さっそく全文が公開されていますが、やはり名演説ですね。とりわけぐっとくるのはこの部分。
“We will succeed — and that success will belong to every one of us.”
“We should take comfort that while we may have more still to endure, better days will return: we will be with our friends again; we will be with our families again; we will meet again. “
Men’s EX 5月号発売です。特集「スタイルある名作映画に学ぶお洒落メソッド」。巻頭言を書きました。
各国のスーツスタイルばかりでなく、カジュアル、ドレスダウン、小物使いなどなど、多岐にわたるチェックポイントから映画が選ばれており、それをどのようにスタイルに落とし込むかという実践まで考えられています。そんなこと知らなかった!! そもそもそこまでの細部に気づくのか! というか知ってどうする! という超オタクな小ネタたちにも驚かされます。イラストも秀逸。特集の最後は、綿谷画伯がバタクの中寺さん制作によるフレッド・アステアにインスパイアされたスーツを着るという締め。こんな映画特集、なかなかありません。映画愛、ファッション愛にあふれた編集部渾身の一冊。保存版です。
ステイホームで少し生まれた時間は、名作映画をファッションという視点から鑑賞する過ごし方はいかがでしょうか。
映画はセリフも練られているので、ボキャブラリーが増えるのもよいですね。コロナ終息後には、マニアックな方々と映画談義を楽しみたいものです。
英ジョンソン首相も入院しました。エリザベス女王は歴史に残る激励スピーチを。ラストの”We will meet again.” に泣けました。世界中が協力しあって闘うべきときですね。感染して苦しんでいらっしゃる方々の全快をお祈り申し上げます。こんな状況でも休みなく働いていらっしゃる病院関係者、スーパー・薬局のみなさま、公共交通機関で働く方々はじめインフラを整備してくださっている方々にあらためて感謝します。病院関係者が命の危険をおかしてあれだけ休みなく仕事をしていらっしゃるのだと思えば、家にこもって休みなく原稿書くぐらい、どうってことない。
好きな映画のセリフのひとつ↓
“To infinity and beyond!” (Toy Story, 1995)
内田樹先生の「サル化する世界」(文藝春秋)。行き詰っている諸問題について、理由を明快に示し、処方箋を示す。良き時代の人文学の叡智の結晶のようで、こういう方々が一等星のように活躍していた時代を懐かしく思いながら、深く共鳴しました。以下、個人的な備忘録的なメモの一部です。滋養になることばがぎっしり。みなさんはぜひ本書をまるごと体験してくださいね。
・今の社会の生きづらさの本質とは「身のほどを知れ、分際をわきまえろ」という圧力が日本社会のすみずみにまでいきわたっていること。この「身のほどを知れ」という圧力は、表面的には「自分らしく生きる」という教化的なメッセージの美辞麗句をまとって登場してくる。
・今の日本社会は「成熟する」ことを「複雑化する」ことだということを認めていない。成熟するとは変化することである、三日前とは別人になることである。もし、国民が成熟を止め、変化を止め、どれほど時間が経過しても「刮目して相待つ」必要がなくなったら、その国ではもういかなるイノベーションも、どのようなブレークスルーも怒らない。
・倫理とは他者とともに生きるための理法。どういうルールに従えばよいのか。「この世の人間たちがみな自分のような人間であると自己利益が増大するかどうか」を自らに問えばよい。倫理というのは、今ここにいない未来の自分を、あるいは過去の自分を、「そうであったかもしれない自分」を、「自分の変容態」として受け入れること。そのようなすべての自分たちに向かって、「あなたがたは存在する。存在する権利がある。存在し続けることを私は願う」という祝福を贈ること。
・人間とはおのれの起源を知らないが、おのれの起源を知らないということを知っているもののこと。「仁」とは「過去と未来にリアリティを感じることのできるひろびろとした時間意識」。
・孔子は「述べて作らず」と宣言した。かつて賢者が語ったことばを私は祖述しているに過ぎない、と。実際には孔子はかなりの部分までは彼のオリジナルな知見を語っていたのだと思う。でも、自分のオリジナルな知見をあえて先人の祖述であると「偽った」。それは、孔子にとって、語られている理説の当否よりも、「私は遅れてやってきた」という言明のほうが重要であったから。祖述者という設定によって、孔子はおのれの起源を創造しようとしたのである。「遅れ」という概念を説こうとした。
・国政が誤ったときこそ全国民がその失敗に責任を感じ、挙国的な協力体制を形成しなくてはならない。そうしないと国の衰微は止まらない。できるだけ多くの人がこの失政に責任を感じて、自分が後退戦の主体であると感じるためには、それに先立って、できるだけ多くの人が国策の形成に関与しているという実感をもつ必要がある。民主主義とは本来そのための制度。
・「品位ある社会」とは「その制度が人びとに屈辱を与えない社会である」。ある制度が人にとって屈辱的であるかそうでないかを決定するのは「コンテンツ」ではなく「マナー」。
・「公人」というのは、反対者を含めて組織の全体を代表するもののこと。野党に対して相対的に高い得票や支持率を得ているというだけのことで、与党のトップがあたかも全国民の負託を受けたかのようなことを言う。そのことに対してどこからも原理的な批判がなされない。本来、内閣総理大臣は一億二千万の国民を代表する「公人」でなければならない。
・気まずい共存。
・自分たちの国には恥ずべき過去もある。口にできない蛮行も行った。でも、そういったことも含めて、今のこの国があるという、自国についての奥行きのある、厚みのある物語を共有できれば、揺るがない、土台のしっかりした国ができる。抑圧されたものは必ず症状として回帰してくる。
・アメリカという国は、国内にそのつどの政権に抗う「反米勢力」を抱えている。この人たちがカウンターカルチャーの担い手であり、僕たちがアメリカ政府に怒っている以上に激しくアメリカ政府に怒っている。それゆえに僕たちはアメリカの知性と倫理性に最終的には信頼感を抱くことができた。反権力・反体制の分厚い文化を持っていること。これがアメリカの最大の強み。タフな物語の必要性。
・論理は跳躍する。目の前に散乱している断片的な事実をすべて整合的に説明できる仮説は「これしかない」という推理に基づいて、前代未聞のアイディアを提示する。凡庸な知性においては、常識や思い込みが論理の飛躍を妨害する。例外的知者の例外である所以はその跳躍力。論理的に施行することによって、思考の速度を上げている。そして、ある速度に達したところで、飛行機が離陸するように、地面を離れて跳躍する。加速して、踏切線で常識の限界を飛び越えて、日常的論理ではたどりつけないところへに達する。
・論理的にものを考えるというのは、たとえ良識や生活実感と乖離するものであっても、最後まで追い続けて、この前提からはこう結論せざるをえない、という命題に身体を張ること。だから、人間が論理的に思考するために必要なのは、勇気。
・知性は、定量的なものではなく、疾走感とかグルーヴ感とか跳躍力とか、力動的なもの。知性的であることは、飛ぶこと。
・論理が要求する結論を、corollary という。
・日本の今の英語教育の目標は「ユニクロのシンガポール支店長を育てる教育」。金、競争、格付け。今の日本の英語教育において、目標言語は英語だけれど、目標文化は日本。今よりももっと日本的になり、日本的価値観にがんじがらめになるために英語を勉強しなさい、と。
・努力した先に得られるものが決まっていたら、子供たちは最少の学習努力でそれを獲得しようとする。大学生も消費者マインド。いかに少ない学習努力でそれを達成するかに知恵を使う。教育に市場原理を持ち込んではならない。
〇意外なエピソードで面白かったのが、神戸女子大学に就職して最初に授業のときに、ツイードのジャケット、ダンガリーのシャツ、黒いニットタイにメガネという装いで教壇に立ったという話。インディ・ジョーンズが冒険の旅から戻ってきて大学で考古学の授業をしているときのスタイル。大学の先生になると、ああいう恰好ができるという思い込みと憧れがあった、と。
“The most practical kind of politics is the politics of decency.”(By Theodore Roosevelt)
Men’s Precious 5月号、明日発売です。Amazon 予約は受け付け中です。
スーツ特集の巻頭言「テイラードウェアの未来」を書きました。

原稿を書いていたのは1か月ほど前ですが、この一か月でさらに状況が変わりました。式典や対面営業が激減して、スーツ需要も影響をうけております。Go Tailored Season 2のスリーピースも廣川さんにお願いして製作中ですが、いったいいつになれば4人で集まって撮影することができるのか? 時が来るまで「備えよ常に」の心構えで辛抱ですね。
“When you innovate, you’ve got to be prepared for everyone telling you you’re nuts.” (By Larry Ellison)
〇「広報会議」5月号で「アパレル全史」をご紹介いただきました。光栄です。ありがとうございます。
とても目立つよい位置です。下はソロ版です。

〇一か月以上、資料を読み込んで頭の中で熟成させていた4000字ちょっとの原稿を今日、一気に書いて提出。編集者から「読んでいて感動のあまり呼吸が荒くなりました」という嬉しいコメントをいただきました。苦労した甲斐がありました。というかノセ上手な優秀な編集者でございます。笑 活字になりましたらお知らせしますので、しばしお待ちくださいね。
〇読みながら爆笑した本。
加藤ゑみ子先生の「お嬢様ことば速修講座」。ある種の階級意識をもつ方々は、たしかにここで教えられている言葉遣いをする。私もそういう方々と連絡を取り合う必要が生じたときには、その世界の暗黙のルールにならう。語られないコードを知っているのと知らないのとでは、ことばの受け止め方もまったく違ってくるのです。あとになって「そうだったのか」と気づくこともあり。
そうした暗黙のコードも解説してくれるのですが、皮肉も効いていて笑えます。
“Dream no small dreams for they have no power to move the hearts of men.” (By Johann Wolfgang von Goethe)
〇The Nikkei Magazine Style 3月29日号。
「『007』のジェームズ・ボンドに垣間見る英国紳士の伝統と前衛」。インタビューを受けた記事が掲載されました。
インタビューを受けたのは3月中旬。今から比べればはるかに「のどか」でした…。対面で一時間話すことができたのですから。
この記事もボンド映画公開(4月予定だった)を想定して作られましたが、校了のころに、公開延期が決定。ボンドイベントに合わせた私のボンドウーマンドレス(心斎橋リフォームの内本さん制作)も着るあてなく宙ぶらりん。はたして11月に本当に公開できるのかどうか、それすらも危うくなってきました。
〇Netflix で The Intouchables 「最強のふたり」。実話に基づく話だそうですが、表面的なとりつくろいを超えてストレート&本音で人に接することの力を繊細に描き出した佳作。じわ~っと心があたたかくなります。
“The music, for me, doesn’t come on a schedule. I don’t know when it’s going to come, and when it does, I want it out.” (By Prince)
ロックダウンへ向かうぎりぎりの緊迫感が先週の比ではないことを肌感覚で実感します。
多様な情報が飛び交うなかですが、あわてふためいても騒いでも誰にも何もいいことがない。
社会的距離を保ちつつ、オンラインを駆使して、自分ができることを着実におこなうのがまずは基本姿勢ですね。
コンサルタント案件、大学の講義など、対面でおこなわれていた仕事はZoomになりました。これはこれで慣れていかなくては。
〇WWD Japan で「アパレル全史」をご紹介いただきました。こちらです。
ありがとうございます。

自著は別として、読んでみたい本がいろいろ紹介されています。次は「アパレル興亡」読みます。移動が少なくなる期間は読書のチャンスととらえたい。
〇WWD Japan では、アクリスAi バッグへのコメントもオンライン上に掲載されました。こちらです。
“Reading maketh a full man; conference a ready man; and writing an exact man.” (By Francis Bacon)
「シン・ニホン」に続き、安宅和人さんの本。「イシューから始めよ」。聞いたことがあっても実態がよくわからなかったコンサル用語もバンバン出てきて勉強になるとともに、ビジネスパーソンは基礎的教養として読んでおくと互いに「今自分たちが何をやろうとしているのか」についての理解が早まり、仕事が進めやすくなる類の本。もっと早く読んでおくべきだったと背筋が伸びる思いがした。とはいえ、知的生産の方法としては、人文学の訓練でたたきこまれた「論文の書き方」にも通じるなと納得。ただ、人文学は人間の在り方にも関わるので「犬の道」的な回り道がともすると逆説的な豊かさに結びつくことがある。でもビジネスでこれをやっていると疲弊するだけ。そこが人文学とビジネスの成果主義との違いかなあ。人文学は経済的に余裕のある豊かな時代しかまともに成立しえないということ、あらためてひしひしとわかる。
以下、備忘録的なメモです。これだけ読んでも何のことやら、と思われたら本書をお読みくださいね。
・「悩む」=答えが出ない。「考える」=答えが出るという前提のもとに建設的に考えを組み立てること。
・バリューのある仕事は、イシュー度と解の質から成る。イシュー度とは、自分のおかれた局面でこの問題に答えを出す必要性の高さ。バリューのある仕事をして世の中にインパクトを与えようとするなら、イシュー度こそが大切。
・意味のない仕事を断ち切ることこそが大切。「正しい問題」に集中した「正しい訓練」が成長に向けた鍵となる。
・情報をかみしめる人、つまりさまざまな意味合い、価値、重さを正しく理解できる人。
・そもそもこれは何に答えを出すためのプロジェクトなのか、というイシューを明確に共有すること。
・よいイシューの表現は、whyではなく、where, what, howのいずれかの形をとることが多い。何について白黒はっきりさせるのかを明確にする。
・よいイシューの条件は、本質的な選択肢である。深い仮説がある。答えを出せる。
・常識を否定する=Counter Intuitive (直感に反したもの)。肌感覚の常識が反証されたときのほうがインパクトが大きい。
・新しい構造で説明する=共通性の発見、関係性の発見、グルーピングの発見、ルールの発見。
・コールドコール=知らない人に電話でインタビューを申し込むこと。
・聞き手の想定=賢いが無知。聞き手は完全に無知だと思え。聞き手は高度の知性をもつと想定せよ。
・本質的でシンプルをめざせ。「本当に大切」だけがあればよい。
・Complete Staff Work. スタッフとして受けた仕事は完遂せよ。プロフェッショナルの世界では努力は一切評価されない。すべての仕事は結果がすべてであり、結果があるレベルの価値に到達しないと、その仕事は価値を持たず、多くの場合害悪になる。人から褒められることではなく、生み出した結果によって変化が起きることが報酬。
時折読み返して自分の仕事をチェックするものさしとしたい。
“The fundamental issue is the moral issue.” (By David Attenborough)
おそらくファッションがテーマであろうと、モラルに関するイシューを見つけることができれば、領域を超えて多くの人に響くのだ。
Richesse 2020 Spring 発売です。特集「スポーツで輝くハイライフ」。巻頭にて、ハイソサエティとスポーツの関係について語りました。


東京オリンピックに合わせての特集でしたが、校了後にオリンピック延期が決まりました。状況が刻々と悪化していっていますね……。
“Many men go fishing all of their lives without knowing that it is not fish they are after.” (By Henry David Thoreau)
“Sports are a microcosm of society.”(By Billie Jean King)
沖縄行きの機内とハレクラニで読み通したのが安宅和人さんの「シン・ニホン」。
膨大な量のデータと産・官・学にまたがる圧倒的な経験から導かれた未来への具体的提言。半端ではないボリュームなのですが、とりわけ後半の人材教育の部分がうなずくことばかりで、こういう方がリーダーシップをとって日本の教育のスキームを作り直していかねばならないのだと納得。現在の日本の現状が世界と比べてどれだけ悲惨なことになっているのかも客観的にわかる。この本で出された提言をベースに、具体的な改革が進むことを切望します。
安宅さんは富山市の出身であることを知りました。なんと。
以下は、備忘録を兼ねて印象に残ったことのなかからメモ。
・日本は妄想では負けない(攻殻機動隊、アトム、ドラえもん……)。
・ご破算にしてやり直すことのできる力。キャッチアップのスピードの速さ。若い人に託せる信頼。不揃いな樹を組み、強いものを作る力。こうした能力を活かし、もう一度ゲームチェンジを仕掛けられる。
・未来の鍵を握るのは異人。まずは軍事教育の名残り、校則や決まりを廃止せよ。
・”If a man does not keep pace with his companions, perhaps it is because he hears a different drummer.” (By Henry David Thoreau) 「もしある人が他の人と歩調を合わせていない時があったら、きっとその人は別の太鼓の音を聴いているのだ」
・起爆人種、参画人種、応援人種、無関心人種、批判人種。起爆人種はハードコア異人。
・異人化の教えは2000年前から存在した。「狭き門より、入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこから入っていくものが多い。命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見出すものは少ない」
・実質的な無競争区間を生み出せるかどうかが、幸せへの鍵。競争から解き放たれたとき、人も事業も自由になれる。
・運、根、勘、チャーム。
・古代ギリシアで生まれたリベラルアーツ。当時のギリシアは奴隷(非自由民)と自由民で成り立っていた。使う側の自由民に求められた基礎教養、基礎的なスキルこそがリベラルアーツ。
・空気を読む国語ではなく、文法学・論理学・修辞学の三学に。感想文ではなく、論理的かつ建設的にものを考え、思考を組み上げる構成能力を育成せよ。
・若者が未来を創るために、人間の物語を理解しておくこと。
・仕事=力×距離 (force × displacement)
・若い人へリソース配分を。「老人を生かさんがために、若い人を犠牲にするような国に未来はない」
非常に感銘を受けたので、安宅さんの「イシューから始めよ」も購入。こちらについてはまた。
〇Men’s Club 5月号発売中です。
スーツ特集のなかで、Vゾーンについて寄稿しました。
各国が次々とロックダウンしていき、日本にも同様の危機が迫る中でこうしたファッション記事を書いていることの意味を考え込んでしまいますが、どのような状況にあっても粛々とご依頼に応え続けることもまたプロの責務と思うことにしています。
〇ザ・プリンスパークタワー東京そばの桜から見る東京タワー。刻々と世界の状況が変わっていきますが、どうかみなさまご自愛ください。
“Being your own person and standing for what you believe is a critical aspect of a good professional life.” (By Patrick Pichette)
〇 日経連載「モードは語る」から入試問題が出されました。東海大学医学部の小論文の課題に、2019年5月11日付「美徳『危険物』の時代」が使われました。受験生のみなさん、日経の連載もチェックしておいてくださいね。笑
〇 Oceans 5月号発売中です。「イノベーティブな働き方」(にふさわしいスタイル)をテーマにご依頼を賜り、コラムを書きました。
〇 ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町での仕事のあとレヴィータ。ほっとする空間です。

このカウンターから見る夕暮れの景色は最高です。東京もロックダウンの可能性が出てきました。この美しい景色も、見ることができるうちにしっかり見ておこうっと。
“Our wretched species is so made that those who walk on the well-trodden path always throw stones at those who are showing a new road.” (By Voltaire)
なんだか場違い感もマックスなのですが、「社会福祉法人 富山県社会福祉協議会 富山県いきいき長寿センター」が発行するVITA No. 120 (2020年3月20日発行)で3頁にわたるインタビュー記事を掲載していただきました。
お恥ずかしながら、今の仕事に至るまでの経緯や、健康の秘訣などについて語っております。




お世話になりましたインタビュアー、カメラマン、ライター各位、そして撮影場所をご提供くださいましたザ・プリンスパークタワー東京に心より感謝申し上げます。
Switch 4月号発売中です。
特集はリック・オーウェンス。フォロワーも独特の雰囲気の方々ですが、やはりデザイナーご本人も妖しい迫力がありますね。
この人はいつも堂々とありのまま。世間が漠然と決めた美醜の基準はまったく念頭にない。そこがとてもかっこいい。この人の強さ、あやかりたい。
さて、実は執筆者としてSwitchデビューの号なのですが、ミキモト×ギャルソンのパールネックレス発売にちなみ、「男に、真珠」というコラムを書きました。日経に同じテーマで書いておりますが、ボリュームは2倍以上、より時代背景を書き込んでおります。
よろしかったら本誌にてご覧くださいませ。
また、日本実業出版社のご厚意により、Switch 今月号のご意見ご感想をお寄せくださった方の中から3名様に「アパレル全史」がプレゼントされます。詳細は、本誌P.133 にてご確認ください。
カミソリ倶楽部さんのウェブサイトで「アパレル全史」をご紹介いただきました。こちらです。ありがとうございます。
カミソリ倶楽部は、シェービングの歴史と文化を保存しながら、現代的にアップデートし続けている組織です。
スーツの歴史は、実はグルーミング(ヒゲと髪型)とセットで語るといっそう面白くなります。ヘアメイクとドレスが切り離せないように、グルーミングとスーツも不可分なのです。
横浜バーニーズでもバーバーを展開するカミソリ倶楽部with ヒゲ倶楽部。
“A decent beard has long been the number one must-have fashion item for any fugitive from justice.” (By Craig Brown)
古い書類を片づけていたら、あるあるなのですが、いろいろお宝の発見があって結局片付けがすすまない……。
20年前に文春新書から「スーツの神話」という本を出しているのですが、柴田元幸先生が書いてくださったレビューが出てきました。「本の話」(文藝春秋)2000年4月号。
いまだに、この本を読んだので、と新規の仕事が来るのです。ちなみに絶版で、中古しか流通していません。
続編を書きたいとずっと思っておりましたが、チャンスがないままに20年。忘れたころに、今年、リベンジの機会が到来しました。やはり熱中して向き合っていたこととは、あとになって、思わぬ形でご縁がつながっていくものなのかもしれません。
それにしても、当時の文体の勢いよさからずいぶん丸くなった気がするな。私のクセの強い文体が嫌いだという方の批判の声に引っ張られて、気弱になって書けなくなった時期がありましたからね。しかし、一方、嫌われるその文体こそが取り換えがきかないので続けてください、という励ましもいただいた。そういう方はきちんとした仕事をくださるという形で具体的に応援してくださいました。そういう方々への恩義は忘れていないし、私も、人を励ましたいときは「具体的に」仕事を分担したり役割を担っていただいたりする、ということを心がけるようになりました。
人を故意に傷つけさえしなければ、全方向に好かれようとする努力はしばしば徒労に終わる。薄まった個性は「とりかえ可能」になってしまう。
“Always be yourself, express yourself, have faith in yourself, do not go out and look for a successful personality and duplicate it.” (By Bruce Lee)
〇Voicy 荒木博行さんのbookcafe にて「アパレル全史」をご紹介いただきました。声によるレビュー。こちらです。
〇ロベルト・ベルガンティ「突破するデザイン」読了。私が「ラグジュアリー」についてこれまで書いてきたことと重なる部分も多く、ぼんやりと考えてきたことを言語化していただいたような感慨も深く、さらに、その実践をこのように公式化するのかと学ぶところが多かった。以下、「・」は覚えておきたいことの本文からの引用メモ(若干省略あり)、および最後に全体的な感想。
・ソリューションから、意味のイノベーションへ。意味、価値が感じられる贈り物を作れ。贈り物に意味を与えよ。
・毎日の生活の中で人々は意味を探し求めている。
・意味には3種。功利的な意味。ある行為が他者にメッセージを伝える象徴的な意味。行為の価値を表す情緒的な意味。
・生活レベルに関わらず、人間はダンス、歌、愛、そして意味の探索をおこなう。
・無限の選択肢は、解放よりも麻痺につながる。
・意味のイノベーションは贈り物として登場する。それはもともと人々が期待していないものだが、ひとたび目にすると虜になってしまう。
・私たちはよりよい性能ではなく、自分たちにとって意味深いことに心奪われる。よりよい性能を約束する人は、性能をめぐる孤独な闘いに参加する多くの人々の中で、寂しさを感じるに違いない。意味深く価値のある何かを愛する時、私たちは性能という観点で考えてはいない。私たちはユーザーではなく、人間とみなされる時に心を奪われるのである。そして永遠の愛、これが私たちが新たな意味について語る理由である。変わり続ける世界の中で、永遠の愛がやってくる。愛は分かち合いの旅である。意味は変化するが、永遠の愛は残る。
・意味のイノベーションのプロセスは、次の質問から始まる。「私たちが人々に愛してほしいものは何か?」
・批判とは、より深くものごとを解釈していく取り組み。批判は、ものごとの表層の下にあるものを掘り起こすことに努めること。
・自分の視点からの仮説を、他者からの批判にさらすことによって、私たち自身と他者は深いところに行き、私たちの仮説の基礎になっている前提を見つけ出す。その前提に、しばしば私たちは気づいていない。
・批判は、私たちを揺さぶり、前提をはっきりとさせ、もはや意味がないかもしれない過去を取り除く方法なのだ。
・スパーリングパートナー=不十分な直感を壊されることなく示すことができる信頼すべき相手。スパーリングパートナーはあなたの方を軽々と叩かないで、ハードパンチで応えてくる。それはあなたをノックダウンしたいのではなく、あなたを強くしたいからだ。
・画期的なイノベーションは批判精神によって鍛えられる。
・ラディカルサークルは、ビジョンを成長させるために必要な、建設的で共感的な相互批判に有益な環境。
・ラディカルサークルの間での信頼を創るのは、変化を志向する、共通の良き意志。共有された現状への違和感は、信頼の基礎となる。
・与えられた選択肢から選ぶことで、恋に落ちることはない。人は選択することも、選択肢を熟考することもなく、瞬間に、そして不可避に恋に落ちる。
・意味のイノベーションは深さに焦点を当てる。
・そこに愛が見えなければ、単にそれはまだ早すぎるということだ。その場合、私たちはさらに深く掘り下げて、何がうまくいかないのかを理解する必要がある。そしてビジョンを明確にし、批判によって新たな解釈をつけ足していく。新しい衝突と新しい融合を経て、意味が現れるまで、このプロセスを繰り返す。
・考えは深く、表現は軽く。
かつて80年代に、人文学の文学批評で盛んにおこなわれていたことと似たようなことが、いま、ビジネスの世界で行われているというような既視感がある。かつて「何の役に立つのだ……」とぼんやりと思いながら修行としておこなってきた文学の解釈の訓練が、おそらく、マーケティング、ないし「商品やサービスに意味を与えること」に役立つような予感がしている。
内から外へ。起点を自分に。量ではなく深さ。ただ一点の深さへ。それが永遠の愛につながる唯一の道、という考え方は、実は普遍的な真理として分野を変え、表現を変え、脈々と教え伝えられてきたものだ。
安西洋之さんの『「メイド・イン・イタリーはなぜ強いのか?』(晶文社)。
高級車、家具、ファッション、食、文具、セラミック、楽器、教育にいたるまで、メイド・イン・イタリーはなぜこんなにも特別感があるのか。セクシーでラグジュアリーなのか。その背景を個々の事例に沿って深掘りしていき、日本の中小企業が世界で戦うためのヒントも示唆してくれる。
基本になる考え方は、意味のイノベーションと、アルティジャナーレ。意味のイノベーションとは、モノやサービスそのものを変えるのではなく、それらがもたらす意味を変えること。たとえばロウソク。灯りをともすためのものではなく、ロマンティックな感情を喚起するための装置としての意味が与えられて、ロウソク市場は成長している。アルティジャナーレとは、手仕事による職人芸。この二つの要素を「メイド・イン・イタリー」の強さの源泉として具体的に解説してくれる。
イタリアのメンズファッションの強さも「意味のイノベーション」と「アルティジャナーレ」という観点から説明されると、なるほどと納得。サルトリアのジーンズやテキスタイル業界で起こっていることなど、教えられることも多い。
私の仕事にも転用できるポイント ↓
・愛が根底に貫かれていること
・あえて余白を残すこと
・「好き」という超個人的な感覚を出発点とすること
・意味を問うことにこそ意味があるということ
日本の職人技を活かしたい企業が、今後、活路を見出すには、この本で書かれているような考え方に基づいてブランディングをおこなってくことが不可欠ではないか。21世紀的な「ラグジュアリー」を考えるヒントも満載で、本書で多々引用されていたベルガンティの『突破するデザイン』もすぐに購入。
ファッション界のイノベーターを分析してきた観点からもあらためて思うのだけれど、イノベーターにはやはり共通することがある。どこまでも個人を出発点としており、偏見にとらわれない自由な発想、生き方を貫いているのだ。今この瞬間に向き合う現実にくもりない目で誠実に向き合うからこそ、自由に発想することができ、そこから「意味のイノベーション」も生まれるのだと思う。
“Innovation can only occur where you can breathe free.” (By Joe Biden) 「自由に呼吸できる場所でのみ、イノベーションは生まれる」
自分に最適のサイズ感を意識し続けることの大切さ、それを日々習慣づけるための具体的な方法が書かれています。読後、思わず背筋と首筋が伸びました…。たとえ誰も見ていなくても、この姿勢をキープしなくては、と思わされます。
サイズ感や、服のしわの入り方を含め全身の見え方を意識することを通して、常に自分が決めた自分の最高の在り方をキープする。そのマインドや判断力、習慣は当然、仕事のパフォーマンスとも連動してくるという考え方は、心斎橋リフォームに足しげく通っていらっしゃるお客様の顔を思い浮かべても、納得。
久美子さんは本ブログでも何度かご紹介しておりますが、Go Tailored のキャンペーンに賛同してくださった有志の一人でもあり、モードなリフォームの第一人者ながら(第一人者だから、ですね)、実はデザイナーとしてもセンスがいいのです。
イギリスをテーマとする講演やトークショーで着用している英国旗柄のドレスは久美子さんによるデザイン&制作です。そして今、ボンド映画公開に合わせたイベントのためのドレスを依頼しております。新型コロナ騒動でイベントは11月に延期となりましたが、どんなボンドウーマンドレスを作っていただけるのか、今からワクワクしています。その日まで「サイズ感」意識でストイックに過ごさねば?
有楽町の心斎橋リフォームにて。ご出版おめでとうございます。
“Buy clothes the size you want to wear.” (By Karl Lagerfeld)
「あなたが着たいサイズの服を買いなさい」
カール大帝のことばは正しい。サイズは、自分で決めるもの。そこに意識を合わせて行動を習慣化すれば、おのずとそのようになっていくってことですね。(実際、彼はエディ・スリマンのスーツ、理想のサイズのスーツを着ると決めて、30キロの減量に成功した)
佐藤賢一さんの『黒王妃』が文庫化されるにあたり、解説を書くことになりました。カトリーヌ・ド・メディシスをめぐる歴史小説。名前だけ聞いたことのある王や貴族、寵姫たちのどろどろの駆け引きや残虐な処刑や槍試合シーンに思わず引き込まれ、分厚い……と思っていたけど一気に読み終わる。血まみれのパリで、すっくと黒い服を着て立ち、非の打ちどころないことばで語る王妃にゾクゾクする。最後に勝つのは器量がよい自己愛の強い女ではなく、守るべきもののために賢く立ち回れる辛抱強くタフな女だ。
さて、私に与えられたお題は、カトリーヌ・ド・メディシスと黒い装いの関係。
カトリーヌ・ド・メディシスはこういう系譜にも連なります。こちらもリスペクト!する一冊。
イベントが続々中止になり、アミューズメントパークや美術館なども閉館になってしまうと、読書時間が増えますね。積読状態だった本や、ダウンロードしておいて見てない映画もこの期間に一気に吸収できるかな。
?ブリリアントクラブでのレクチャーの模様が公開されました。こちらです。
?新連載の予告です。
集英社「kotoba」で新連載「SとFの関係 ~ スポーツとファッション」が始まります。スポーツとファッションの密なる関係を、古今の事例から読み解いていきます。第一回掲載号は、3月6日発売。単行本化を目指し、始動しました。また長い旅が始まりました。
クリスティーズジャパン代表取締役の山口桂さんの「美意識の値段」。アートの価格の基準について、現場の目利きだからこそできる説明。最近のビジネス書によくある「教養として知っておきたいアート」みたいな表層的アプローチを潔く無視していて、文体や使う文字も独特でクセが強い(そこがよい)。ライターのクレジットがあるので、ライターの方が聞き書きされたのかもしれないけれど、文体に「本人らしさ」を残している。
美術品をめぐるエピソードにも驚いたり笑ったり。楽しく学べる一冊です。
美術品には必ず「来歴」がある、という定義。ラグジュアリーの定義にも応用可能ですね。
ポジティブで能動的なことを書いたり話したりすることが多いですが、身近な人が何人かこのような思い(「生まれてきたことじたいが苦しい」)にさいなまれています。私の中にも時折、こういう挫折や虚しさの感情は芽生えます。生きていることの徒労感、不条理感……。そういう感情に対してはどんな「ポジティブな」ことばの慰めも空転するのですよね。そうした絶望にも寄り添う言葉。または、人間が抱きうるあらゆる感情に対するつまびらかな分析。
苦悩や絶望を突き詰めて突き詰めて、その先に、「生きること」の肯定へと反転する論理が圧巻。
「栄光は、一つの盗みである」ということばがとりわけ衝撃でした。栄光や勝利は、それを得られなかった人への侵害になる、と。卓越することは、それだけで他人に対する侵害なのだ、と。(それゆえに理不尽な中傷が発生することになる。)だからこそ、たまたま能力を発揮できる幸運に恵まれた時は、いっそう謙虚で控えめにしていなければならない。
?ご存命ご活躍中の方について何かを書くと、必ずその後に新しいことが起きるので、本に書いたことが古くなってしまったと思うことがある。
「ロイヤルスタイル」で書いたハリー王子&メーガン妃に関わることもそう。まあ、「出版された時点ではそうだったのね」と寛大な読者に事情をくみとっていただくことを願うのみ。
かといって、これ以上情報が新しくなることはほぼ考えられないという方ばかりを扱っていては鮮度が落ちる。
ジレンマです。
ジャン=ポール・ゴルチエも引退を発表しましたね。「イノベーター」の中のゴルチエの項目は、最後に1,2行、書き加える必要が出てまいりました。増刷される際に修正できることを願うのみです。
ゴルチエの仕事の総括記事としては、こちらがよくできているのでおすすめです。「オートクチュール界のマドンナ」ゴルチエの5つの偉業。男のスカート/ タトゥーモチーフ/ ランウェイの多様性 / 下着をアウターに / トロンプルイユ。
現在、怒涛のようにジェンダーフルイドが進んでいますが、ゴルチエが男子にスカートをはかせた時には、かなりの文化的なインパクトがありました。ほんの40年ほど前のことなのに。
?Forbes Japan 谷本有香さんのご紹介で、イタリアから一時ご帰国中の安西洋之先生にお目にかかりました。衣食住にわたるイタリアのラグジュアリービジネスについてご教示いただきました。ラグジュアリーという概念をもちこむと、日本の多くの職人が救われると思う。21世紀のラグジュアリーっていうのは決して絢爛豪華のことではないのです。というような話で盛りあがる。詳しくは、来月発売になる安西先生のご本をお読みくださいね。日本でもラグジュアリービジネスに関する議論がもっと活発におこなわれてほしい。
?<Big Thanks>イラストレーターの綿谷寛さんが、インスタグラムで力強いコメントを寄せてくださいました。
ありがとうございます?
?日本実業出版社のホームページに著者インタビューが掲載されました。「一大トレンドを生んだクリエイターの驚きの発想力」。
?JAL 機内誌 SKYWARD 2月号にて連載「私のホテル時間」vol.3 が掲載されております。今回は品川プリンスホテルです。JALに搭乗される際にチェックしてみてくださいね。
もともと私の文筆業としてのキャリアは19歳で始めた旅行ライターから始まっていることもあり、ホテルレポートは超得意分野の一つなのです。
これからのラグジュアリービジネスを考えると、ファッションが占める割合が大きくなっていくようには見えず、むしろ食や旅も含めた、「経験」に重きがおかれていくだろうと思います。
地引由美さん主催のラ・コゼット・パフメにお招きいただき、新刊記念を兼ねた講演をさせていただきました。六本木の国際文化会館にて。
14種類もの高級香水のそこはかとないよい香りで、満席のお客様とご一緒にたいへん充実した時間を過ごさせていただきました。
香水をテーマにした会であり、地引さんも14ブランドもの香水のサンプルを用意してくださていたので、選ばれた香水ブランドに関連のあるクリエーターの話を中心に進めました。

(Photo@ Yumi Jibiki)
56人のクリエーターひとりひとりに思い入れがあり、ほんとうは全員について話をしたいくらいでしたが!
本も用意していった分が完売+不足分まで出て後日お送りするという前例のない事態に…。ありがとうございます。

(Photo @Yumi Jibiki)
お一人お一人、心を込めてサインさせていただきました。
14種類もの香水のムエットを、互いに香りが混ざらないように参加者の人数分用意し、かつ、当日も重い香水ボトル14個も持参して会を盛り上げる地引さんの香水愛にはいつもながら目を見張ります。
主催者の地引さん、スタッフの方々、そしてご参加くださいましたみなさま、ありがとうございました。
*当日の模様は、ラコゼさまのサイトに。こちら。
*アンケートもとりまとめいただきました。自賛めいて申し訳ないのですが、一部ご紹介させていただきます。
「大変おもしろかった。ファッション雑誌の文脈では切り離して語られがちな人たちを横断的な視点で語っており、さすがの企画力だと思いました。(中略)一部のファッション好きだけでない、より多くの人にわかりやすい語り口なので『アート志向』をめざして山口周など読んでいるビジネスマンにも聴いてほしいと思いました」
「とても楽しく勉強させていただきました。最後の『何のためにビジネスをしているのか』ということばが刺さりました。数々のイノベーターのお話を聞いて、自分のこだわりはとにかく表現する!ことが大事だと改めて感じました。今年は恐怖心を乗りこえることがテーマの一つだったので、結果を気にせずまずは行動に起こしてみようと思います」
「とても有意義な時間でした。内容ギッシリで、本当に来てよかったです」
「先生のお話が楽しくて笑いが絶えず、あっという間でした。もっとお聴きしたいです」
「本日のお話も期待どおりでした。香織先生も楽しそうにお話くださりいっそうなごみました。アパレル史、装いの歴史をながめていくと、まさに時を反映していることに気づかされます。格差、差別をとりはらい人が自由に生きるための模索をこの中にも感じることができました」
……などなど、多くのあたたかいお言葉をいただき、励まされました。多謝。
?ホアキン<ジョーカー>フェニックスが、環境のために映画賞シーズンはステラ・マッカートニーのディナージャケット一着で通す、と宣言したことを受けて、
24日付の読売新聞連載「スタイルアイコン」は、ステラ・マッカートニーでした。
?本日25日付の日本経済新聞夕刊連載「モードは語る」では、先日、気になるアイテムとしてアップした「ブーブ・アーマー」ことブレストプレートについて書いています。こちらも夕刊がお近くにあったらチェックしてみてね。
?ヒストリカルな服がお好きな方にお勧めの本。How to Read a Dress. 16世紀から20世紀までのドレスについて、細部を含め詳細に解説してある。
下着はどうなっていたのか?とか留めるところはどうなっているのか?とかこのレースはいったい何のため?みたいな素朴な疑問にも答えるマニアックな本です。難点は字が小さすぎること。小さい字が苦にならない若いうちに読んでおこうね。笑
昨日は新刊に関わるインタビュー(by Nikkei Style)と、ディズニーのウェブの仕事。ディズニープリンセスの衣装を歴史的背景から解説するというチャレンジングなお仕事でした。
さすがディズニー、細部まで意味まみれで丁寧に作っているんですね。インタビュアーが元・キネ旬編集長だったので、ハイコンテクストなレベルで話がはずみ、話しながら新しい発見があってほんとに面白かった?
ディズニーは版権について厳しいので、一般の媒体で写真を扱うのがなかなか難しいのですが、ディズニーのウェブなので写真は自由に使えるというのが嬉しいですよね。ディズニーワールドはやはり無条件に楽しい。ディズニープリンス版もやりたいくらい? 「ビースト」(Beauty and the Beast) の衣装なんて圧巻ですから。
Nikkei Style では、「イノベーションに成功した経営者」「ブランドの継承」という観点からインタビューを受けてきました。
ブランドの継承がファミリー内で理想的にスムーズになされたケースとして、本書ではジュン アシダを紹介していますが、実はビジネス界全体を見ると、ファミリー内だからこそとことん揉める、というケースのほうが多いんだそうです。O家具さんとか。なるほど。
こちらはビジネス欄で掲載される予定です。ぞれぞれアップされたらお知らせします。
You don’t always get what you wish for. But you always get what you work for. You don’t find will power. You create it.
翻訳・共著・監修を含めると18冊目(中国版・台湾版を含めると21冊目)となる新刊が本日発売となります。
ビジネス書としては、ファッションやアパレルの歴史の大きな流れを学びたい人にとっての入門書という位置づけです。
それぞれのイノベーターが人生をまるごと投じた仕事を研究することを通して、「ファッションとはなにか?」「人間がよりよく生きるということは?」「仕事を通して幸福になるとは?」という問いに対するヒントを多々いただいています。横糸として、そのような言葉が読者のみなさまの心のエネルギーの糧となるよう祈りをこめて織り上げた一冊です。
◇構成
■オートクチュールの始まり女性「解放」のイノベーション
■20世紀モードの発展と成熟 時代が求める人間像を作ったデザイナー
■モードの多様化と、その行き詰まり ブランドが抱える後継者問題
■日本が世界に与えた衝撃
■グローバリズムとカリスマ経営者
■翻弄するのか?翻弄されるのか? 時代の寵児、クリエイティブ・ディレクター
■グローバル・ニッチ市場で勝負するクリエイター
■イノベーターを育てるファッションメディア
◇本書に登場する「イノベーター」(全56名のうちの一部)
●ガブリエル・〈ココ〉・シャネル ●クリスチャン・ディオール●イヴ・サンローラン
●ジョルジオ・アルマーニ●ベルナール・アルノー●アマンシオ・オルテガ●マーク・パーカー
●カール・ラガーフェルド●ヴェラ・ウォン●ダイアナ・ヴリーランド●アナ・ウィンター
●森英恵●御木本幸吉●芦田淳●山本耀司●川久保玲●舘鼻則孝●柳井正
参考文献、参考映画も充実させました。ぜひお手に取ってお確かめいただければ幸いです。
とても衝撃的な本でした。近日中に活字媒体でご紹介いたします。
2020年1月18日発売『「イノベーター」で読むアパレル全史』。年表付き。ファッション史の入門編+現代モード事情を読むためのキーパーソンを紹介。
さらに2社様からオファーをいただき、2020年刊行予定が決まりました(初夏、12月)。あくまで予定で、次の年にずれ込む可能性や突然の事情変更のおそれもなくはないのですが、なによりも読者のみなさまに喜びをお届けできるような本の完成を目指します。こうして仕事を続けられるのも読者がいてくださってこそ。感謝をこめて。
?爆クラ!はいよいよ明後日。お申し込みは、こちらからお願いいたします。
Men’s Precious 2019 Winter 発売です。
中外国島×アルデックスによる「至高のニッポンスーツプロジェクト」をご紹介しました。
写真は2点とも、Chugaikunishima インスタグラムより。
洋服文化が伝わって150年、もはや「スーツ=西洋」と
世界のいかなる舞台に立とうと日本のアイデンティティを
日本の伝統的産地とそこで働く人々を守ることで、日本の
彼らの思いと活動をぜひご覧くださいませ。
また、カルチャー欄では『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』をご紹介いただきました。ありがとうございます。
Surprised to see my book (translation) published in 1997, introduced by Mr. Seigow Matsuoka’s “Thousand Nights for Thousand Books.”
I feel honored. Thank you.
Aside from my honor, it is quite interesting to read the unique view of suit by Mr. Seigow. You will also find a treasure photo of Seigow Suit in Durban advertisement in 1994.
Recommend.
北日本新聞別冊「まんまる」10月号が発行されました。
第96回です。
さらに。『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』のレビューが掲載されました。ありがとうございます。
100回まであと4回のカウントダウン。100回もまたひとつの通過点にしかすぎないのかもしれないですが、ささやかでも大きな通過点。守りに入らず、加速していきます。
とかいいつつ、ほっと一息。
銀座のアクリスに立ち寄った帰りに、和光のメロンパフェ。あまりにも有名なパフェですが、初体験です。底の方まで刻みメロンがぎっしり入って、メロンの世界観が統一されていたのに感動しました。甘いもの苦手を公言しておりますが、これはフルーツを楽しむというイメージで、別格に美味しかったー。ぶどうパフェも期間限定で人気の様子。期間内に行けるかな。次の仕事が終わってからのごほうびにすることにして、がんばろっと。
朝日新聞夕刊連載時から本にまとまることを楽しみにしていた、堀畑裕之さんの『言葉の服』(トランスビュー)。他のエッセイや、鷲田清一先生との対談も含まれて、とても知的で味わい深い本として発刊されたことを心から嬉しく思います。
堀畑さん、そしてパートナーの関口さんは、日本らしさを、西洋から見た異国趣味ではなく、日本人自身の目から新しく見直し、ことばとして服として発信し続けている「matohu」のデザイナーです。同志社大学の大学院で哲学を学ばれていたこともあり、ファッションについて、おしゃれについて、服について、美意識について、新しく見直すための哲学の視点を与えてくれます。
とりわけ、日本人でも知らない日本の美意識は、学んでみると、見慣れた日常の光景を違う光景として見せてくれます。かさね、映り、やつし、あわい、かざり、ほのか、ふきよせ……。堀畑さん撮影の写真や、コレクションの作品とあわせて言葉を味わう楽しさがあります。
西洋人とはベクトルが違う日本人のおしゃれを、土方歳三、宮沢賢治、千恵子、中原中也らを通して考える言葉も、発見に満ちています。日本の器や芸能、日本の光景なども、たしかな言葉で綴られます。
最後に鷲田清一先生との「逍遥哲学対談」が収められていますが、これがまた楽しいのです。25年前に鷲田先生に影響を受けて哲学者からファッションデザイナーになったという堀畑さんの告白がありますが、私も25年前に鷲田先生の本に感化されてファッション学の迷路に入り込んだ一人。鷲田先生は「(学者の世界からは)まったく無視された」と言っていますが、当時の若い人に与えた影響ははかりしれないのではないでしょうか。
尊敬するお二人の対談を読み終わると、西洋的な(偏狭で特殊な)視点の毒が洗われていくような思いもしました。
おしゃれとは、「する」=「盛る」ことではなく、余分なものが削り落とされ、「さらされて」いくことで、「なる」もの。なるほど。ついには、されこうべになるんだものね。
?過去最大のメンズウエアの展覧会がロンドンで開かれます。「インヴィジブル・メン (Invisible Men)」。120年の歴史を、170点以上の服飾品で。
これまで「ダンディ」やピーコック系などの華やかなメンズウエアの陰に隠れて「見えなかった(invisible)」メンズウエアに脚光を当てるとこと。
10月21日から11月24日まで。ウェストミンスター大学にて。概略のわかる「インデペンデント」の記事はこちら。
ロンドンご出張などのタイミングの合う方はぜひ訪れてみてくださいね。
?Cha Tea 紅茶教室による『ヨーロッパ宮廷を彩った陶磁器 プリンセスたちのアフタヌーンティー」(河出書房新社)。カラー図版が豊富で、バロックからゴシックリバイバルまでの紅茶をめぐる文化がよくわかります。保存版の一冊。リスペクト。
?平野啓一郎『「かっこいい」とは何か』(講談社現代新書)。日本語の「かっこいい」をめぐる歴史を広範な視野のもとにたどった力作。リスペクト。拙著『ダンディズムの系譜』からも引用してくださっていてありがとうございます。
?「新皇后 雅子さまへの期待」、25ans ウェブサイトに転載されました。こちらです。
? フォーマルウエアのテキストブックが着々と進行しています。
洋装、和装をトータルに含め、写真も全て撮りおろしております。
9月中旬発売予定です。
スタッフの皆様、猛暑のなかの撮影おつかれさまでした!
?フォーマルの教科書の発売と偶然、前後するのですが、9月21日(土)14:00~14:30、日本橋三越本店本館3階にて、「三越のドレスコード」をテーマにトークショウをいたします。詳細は後日。Save The Date.
リニューアルしたMen’s EX 9月号でご紹介いただきました。

ありがとうございました。

多くの方々に応援いただき、感謝してもしきれません。
?昨日書いた原稿で使わなかったネタ。「エンクラテイア(enkrateia)」。正しいことがわかっているのに反対のことをしてしまうアクラシアの反対語で、強いて訳すなら「克己」。
?ネタ2。アルントシュルツの法則。弱い刺激は、目覚めさせる。中くらいの刺激は、働きを高める。強い刺激は抑制する。非常に強い刺激になると静止させる。目的語はなんでも。なるほど。
?新刊2冊の山場、新連載2本(名前は表に出ない)、新規の仕事3件、合間に新規プロジェクトの打合せ。これを全部10日以内にというありがたい課題。全部まとめて先を見ると無理無理無理なんですが、経験上、ひとつひとつ分けて1件ずつ集中して終わらせていくのが最短最良の道。こんな時代にファッションなんてどこのご貴族様ですかというイヤミも言われながら、こんな時代でもこのテーマで仕事があるなんて奇跡的なことだと感謝しています。第二次世界大戦中にもひっそりと踏ん張っていたオートクチュール組合の努力をリスペクト。
?読者のみなさまも、それぞれの持ち場で奮闘されていらっしゃることと思います。あるいは夏の休暇を満喫していらっしゃるかもしれませんね。猛暑が続きますが、どうぞご自愛ください。
メンズプレシャスのウェブサイトで、ライターの堀けいこさんより新刊をご紹介いただきました。力強いご推薦をいただきありがとうございます。こちらです。

?超超超おそまきながら移動中のお楽しみとして「ジョジョ」をNetflixのアニメ版で見始めたのですが、いやなぜもっと早く見ておかなかったのかと。
チューダー朝に、エリザベス1世に裏切られた怨念をかかえて死んだという黒騎士タルカスとブラフォードの話は、ほんとなのかと思わず調べてしまった(笑)
気弱になって落ち込むことがありましたが、ディオの「貧弱貧弱ゥ」のセリフに脳天をやられました。ほんと、時には人間超えの強さを持つくらいの気迫でいかないとやり終えられないこともありますね。
書店ごあいさつやメディア出演や社交などもろもろの目的で、富山へ。

紀伊国屋書店さんでは、イギリス史のコーナーの中央に、目立つように飾ってくださってました。ありがとうございます。

KNBラジオでは小林淳子アナウンサーの番組でお話させていただきました。ありがとうございました。

夜は富山でビジネスを展開する若き社長さんたちや文化に携わる方々が、出版祝いの会を開いてくださいました。環水公園の話題のイタリアン、「ラ・ロカンダ・デル・ピットーレ」にて。

オーナーが趣味を貫いて作り上げた自慢の個室で、すばらしいお料理を楽しませていただきました。


富山の食のレベル、ほんとうに高いのです。

みなさん、楽しい時間をご一緒していただき、ありがとうございました。

ほかにも、多くの方とお会いし、お話をしたりお茶を飲んだりさせていただきました。あたたかな応援をたくさんいただき、ありがたさをかみしめています。また近々お会いできますように!
引き続き、皆様からの心強いご支援を賜りまして、たいへんありがたく、心より感謝申し上げます。気恥ずかしいのを乗り越えて、こちらに紹介させてください。(こうして応援をいただいたことを決して忘れないという後々のための備忘録にもなるのです。)
〇fibonacci さんのサイトでご紹介いただきました。こちらです。
ありがとうございました!
〇英語のエキスパートにしてコンサルタント、荒井弥栄さんのブログでも、身に余るお言葉でご紹介をいただきました。こちらです。
「ロイヤルファッションという私とは無縁の分野でありながら、これまで読んだどの服飾関係の本よりも楽しく興味深く深くインテリジェンスを感じる内容に、休憩時間が過ぎて本を閉じるのが毎回とても後ろ髪を引かれる状態なほど、楽しかったです。」
お言葉ひとつひとつ、ありがたくかみしめます。感謝。
〇ポージングディレクターの中井信之さんもブログ、フェイスブックでご紹介くださいました。こちらです。
「実在の王や、王女も私たちと同じ感情をもっているんですね。その個性が、現在、私たちが常識にしているファッションルールやスタイルを作っていたのだとわかります。辞典ほど中身が濃く、しかも感動できる本ですよ!」
しっかり意図をくみとっていただき、嬉しいです。感謝。
各界のエキスパートの方々からあたたかいコメントを頂戴できるのは、このうえない光栄なことと感謝しています。
そして。
ひとえに、みなさまのあたたかなご支援のおかげさまをもちまして、アマゾンの「イングランド、アイルランド史」部門で、早くも1位になりました。心より感謝申し上げます。

12年分の研究の成果、読者おひとりおひとりの「心」を動かすことを第一の目的に書いています。殺伐とした世の中に、原理原則主義ではなく、愛と寛容にもとづく現実適応主義の強さとあたたかさを今一度。そんな祈りもこめました。
「ロイヤルスタイル」に関し、その後もウェブサイト、インスタ、ブログ、メッセージなどで嬉しいご感想を頂戴しております。
日頃、褒められることもないし、12年間の集大成の本を出した直後ぐらい、レビューを集めさせていただいてもご寛恕いただけるかなということで、以下、ご紹介させていただきます。
これから何の先入観もなく読みたい、と思ってくださっている方、拙著のレビューなどに関心のないは、どうぞ本欄スルーしてくださいね。よい週末を?
☆静岡のジャックノザワヤさんは、註にいたるすみずみまで丁寧にお読みくださったうえ、このような読後感想をブログでアップしてくださいました。全文はこちらです。
以下、抜粋です。


「学者でもなく、ジャーナリストでもなく」という立ち位置は、まさに私が「既成の枠」にはまることを拒絶して開拓してきた道でもあり、それを指摘してくださったことは感無量です。ノザワヤさんからは、称賛だけではなく、専門的な用語の正しい表記法に関してもいくつかご指摘をいただきました。「重版」をめざし、その際に改訂表記を反映できるよう、全力を尽くします。心より感謝申し上げます。
☆The Rake Japan でもご紹介いただきました。こちらです。
☆綿谷寛・画伯のインスタグラムでご紹介いただきました。

「服装だけに終始した薄っぺらなお洒落指南書でもない。かといって小難しくて退屈な英国王室研究書でもない。人間愛に溢れたエッセイスト中野香織さんらしい、ちょっとためになる(スタイルについて考えさせられる)エンターテイメント」 ←このまま帯のコピーにしたいくらいのありがたさです。
☆batak社長の中寺広吉さんより、読後のコメントを頂戴しました。ご了解を得て、一部抜粋して紹介します。

「生々しくならない程度のリアルさ」というのはまさに目指したところなので、伝わったことがわかり、嬉しかったです。超多忙な日々の合間の貴重な休日にいち早く読んでくださいました。感謝。
みなさま、ほんとうにありがとうございます。
Richesse summer issue 2019 発売です。

特集 The Secrets of British Style.

「モードがなぜ、今また『英国』に注目するのか?」というテーマで取材を受けました。
前半はぜひ、誌面でお読みいただけたら幸いです。

英国王室御用達についてもコメントしています。
写真も圧倒的に美しい豪華なRichesse. ぜひお手にとってご覧くださいませ。
25ans 8月号発売です。

特集「日本と英国、美しきロイヤルファミリー」。

「新皇后、雅子さまへの期待」をQ&A方式で語っております。

この後まだページが続きます。続きはぜひ本誌でご覧くださいませ。
集英社「kotoba」発売です。特集、シャーロック・ホームズとコナン・ドイル!

「ホームズの英国的な変人ファッション」について、4ページにわたり語りつくしております。シャーロックのファッションの謎解きはほんとうに楽しいですね。機会がありましたら、ご笑覧くださいませ。

この一週間で一気に季節が移りましたね。それぞれの季節の美しさを感じさせてくれる大好きなスポットのひとつ、高輪日本庭園の現在の風景でございますよ。

品川駅の喧騒からほんの数分でこの雅やかな静寂にひたることができます。


完璧な光と風と色と匂い。深呼吸して体内の気を総入れ替えし、一瞬で気持ちをリセットするのにもってこいの場所。

さて、「ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史」ですが、6月15日発売予定でしたところ、少し延びました。6月26日発売です。お待たせしてたいへん申し訳ございません。表紙をちら見せします。人文学の老舗、吉川弘文館らしい重厚な表紙です。

ご参考までに、6月26日は、一粒万倍日にして天赦日という、この上なく縁起のいい日でもあります。

やや論点はずれるのですが、小食によって運を開くという処世術があります。
江戸時代に「修身録」を書いた水野南北という人の主張を現代語でわかりやすく解説した『江戸時代の小食主義』という本があります。
南北は、「相者」(人の相を見る人、観相学者)ですが、放蕩、放浪(牢獄の中にいたこともある)、寺での修行、荒業、試行錯誤のはてに、このような食による「人の見方」を極めるにいたった人です。
南北は開運の基本を、徹底的な小食主義に定めます。食を慎むことで富と長寿、健康がもたらされ、運が開けていく。肉体的な見地、精神的な見地、社会的な見地、宗教的な見地、あらゆる角度から小食の美徳を説きまくります。
人を見るにも、「人相ではなく、その者の食を問え」。つまり容貌よりもむしろ内側の徳のあらわれとして食とどのようにつきあっているのかを見ろ、と。慎みある食を守り抜いている人は必ず開運すると。
言われなくても私は昔から小食です。健康や開運のためではなく、パフォーマンスを最大限に上げるという目的のために生きていると、自然と「腹八分」ならぬ「腹六分」をキープすることになります。時折、贅沢なレストランにも招かれますし、そういう場を楽しむことは大好きなので、ボリュームが多すぎるなと思う時にはシェフに頼んでポーションを小さめにしてもらいます。そうすれば失礼もありません。
本書を読んで、なるほど、ここぞのときに強運なのは小食のおかげだったのか…と。
すみません。そんなしょぼいことを自慢したかったわけではありません。
慎みを重んじる、という視点に立つと、高位の人とのつきあいも戒められるのですね。SNS時代、有名人と遭遇すると思わず舞い上がってツーショット写真をとってしまうような愚行(ああ、私もやらかします……)を今後、自戒するために以下の名言、記しておきたかったまで。
「低い身分でありながら、殿上人と交わることは、大きく徳を損なう。恐れるべきである。ここでひとたび高位と接するということは、それがあなたの一生の頂点となる。人間としての成長なしにその頂きに至ってしまったのなら、それ以上のことはもう起こり得ない」「身の程を知らぬ愚か者にいたっては、高位と交わって栄誉を得たいと願い、その結果、大きく徳を損なってしまう」。
まさしくその通りですね。偉い人と意味なくツーショットを撮ったからってあなたまで偉くなったわけではなく、かえってその心根のあさましさや虚栄心が浮き彫りになるばかり。(意味や必然があって一緒にいる場合はこのかぎりではありません。)SNS上での「いいね」というのは、それがその人の「一生の頂点」に見えるから「よかったね」ということなのでしょう。そう受け取るべきなのでしょう。慎み第一を心がけるにこしたことはありません。はい。

あのカーネギー氏の書く『話す力』、しかも新潮社から出ているというので、ふつうのハウツー本とは異なるのではないか、という期待をもちつつ。
声の出し方、のような具体的なハウツーは書いてないけれど、本質をつく、ある意味ではごくあたりまえの心の姿勢が説かれる。多くの人は「人前で話す」というだけでパニックになり、この基本的な姿勢を忘れてしまうのでしょうね。
メッセージ(やりたいこと)を明確にしておくこと、情熱を維持すること、生活の管理、敵を作らぬ人格の陶冶、心をこめる、無意識レベルへの自分の掘り下げ、勝てると信じる。つまるところ、そういう日々の積み重ねがよい話し手になるための基本的大前提であるということ。
以下、備忘録メモ。
「知的水準が高い読者は、主張の押し付けを嫌う。押し付けにならない範囲で、はっきりと言い切る」
「聞き手を愛する人は、成功する」
「ビジネスにおける成功は、高い知能よりも個性による」
「人を引きつける人ほど、エネルギーが高い」
「プリマドンナでいるためには、社交も、友だちも、おいしい料理もあきらめなければならない」(リリアン・ノルディカ)
そして実は本書でもっともツボにはまったのは、食べることと話すこととの相関関係の話。そうそうそう、と思わずうなずき、どさくさにまぎれて「昼食講演会」を主催する方々への提言です。
「説教師、歌手は、話したり、歌ったりする予定がある前には、ほとんど食べない」という話が書かれています。⇒昼食講演会とかディナー講演会を主催する方にぜひ知っておいてほしい常識です。私もこれまでの講演でいちばん試練だなと思ったのは、昼食を、聞き手となる方々と一緒にいただき、その直後に講演をしなければならない「昼食講演会」。カーネギー自身の体験談としても書かれていますが、そもそも、食べた直後の講演は脳や直感の働きが鈍くなり、質が落ちてしまうのです。だったら食べずに待っていればと思うのですが、これから聞き手となる人に「食べ物を残す人だ」という悪印象を植え付けたくないし、そもそも同じ食のテーブルに座りながら一人だけ「食べない」でいるのは失礼だろうと思って無理に食べる。こんな状態では三ツ星レストランのお料理だっておいしくは思えない。結果、話の質は落ちる。聞き手も眠くなっている(とりわけ年長者が多い場に行くと、何割かは食後必ず寝ている)。さらに、主催者側が男性ばかりという場合、食後の化粧直しの気遣いを誰もしてくれない。こちらは歯磨きだってしたいし、リップ直しだってしたいですがそれも許されないこともある。だれにとっても、最上の結果がもたらされるわけがないでしょう。
お腹が空いては話に力が入らないでしょう、という配慮はありがたいのですが、ちがうのです。実は講演だけではなくクリエイティブな仕事に関しては、空腹時のほうがはるかに質・量ともに善い仕事ができるものなのです。こちらもプロなので、その時間に最上のパフォーマンスができるよう、食事量を含めたコントロールをしていきます。
どうしても昼食講演会をということであれば、先にスピーカーに話をさせ、そのあと一緒になごやかに食べる、という流れにしてはいかがなものでしょう。(その場合、話がつまらないと、聞いている人が空腹+つまらない話をきく忍耐の二重苦に耐えることになりますが。)あるいは聞き手にとって食後のほうが好都合というなら、その時間に間に合うように到着させていただければそれでよいです。
もちろん、人間界のことには常にそうではない例がつきものなので、たっぷり食べた直後によいパフォーマンスができるという方もいらっしゃるでしょう。カーネギーの本書によれば、そちらのほうが「例外」ということですね。
12年がかりの1冊が手を離れたのもつかの間、すぐに次の本に本格的に着手しはじめました。こちらもいわば、ファッション史を教え始めた12年前あたりからのひとつの集大成になります。今年は、この12年ほどの間に流れのままに関わってきたさまざまなテーマを回収して、「まとめる」年になりました。そのように予定していたわけではなく、まったくの偶然なのですが。あらゆる依頼に応えていたら「何をやりたいのかわからない」と言われるような状況になったこともありましたが(仕事の依頼があるということじたいがありがたく、ほぼ全部応えていただけなのですが)、「意味」など時間が経ってみてようやくわかる、ようやく「点と点がつながる」ということもありますね。もちろん、つながらないことも多々あります。むしろつながらない徒労感や不条理感を覚えたことのほうが多い。だからこそ、まれにつながればそれはきわめてラッキーなことなので感謝しなくては。
そのようなわけで、多くの歴史本を、「ビジネスパーソンであればどこに興味を示すのか?」という視点で読み直していますが、なかでも時代の変革期の今だからこそ多くの人にすすめたいとあらためて思ったのが、こちらです。

まんがで描かれたエルメスの社史。2000年の作品ですが、これはほんとうにすばらしい。当時は、といっても19年前なのですが、マンガでブランドの歴史を描くなんて!とかなり否定的意見もあったらしい。いやしかし、やはりエルメスには先見の明というか本質を見抜く目があったということでしょう。
世の中の主流の流れに従うとブランド価値はどうなるのか、もっとも大切にすべきは何なのか、運を引き寄せる心がけや行為とは何なのか、能力を活かせると思った仕事につけなかったらどのように発想を変えるべきか、19年前に読んだときにはピンとこなかったことも、今だからこそわかるという学びどころが多い。
田中宏『よそおいの旅路』(毎日新聞社)にとても感銘を受けた。戦後の日本ファッション史である。

著者の田中さんは新聞記者としての晩年をファッションの世界を取材することに捧げた。経済記者として長年過ごしてきて、「ファッションなんてミーハーにすぎないと思っていた。実のところ軽蔑していた」。それが三宅一生との出会いで衝撃を受け、時代を解読する有効な装置であることに気づき、没入した。
そんな田中記者が真剣勝負で描き切った戦後の日本のプレイヤーたちの活躍。前例のないなかで試行錯誤してきた先駆者たちの苦闘、そして栄光が、生々しく再現される。
いまもなお名前を輝かせる人たち、あるいは消えていった人たちとの違い、その原因もわかってくる。文体もさすがに確かで、さまざまな読み方を許す名著だと感じた。33年ほど前に書かれた本で、もはや絶版。
ファッションの芸能化を危惧するあとがきで締められるのが1986年。いまだに状況は変わっていない。
ヴァージル・アブローの『複雑なタイトルをここに』(アダチプレス)。”Insert Complicated Title Here” が原題。
ヴァージルがハーバード大学デザイン大学院でおこなった講義の講義録。だから話し言葉だし、薄いし(全93ページ、しかも文字部分はその半分しかない)、なんですが、ヴァージルの仕事に対するスタンスや発想法、歴史の捉え方などがやはりなんともDJ的に語られ、独特の感性ことばの世界にしばし浸った。
ヴァージルもダイアナ妃からインスピレーションを受けているということにちょっと嬉しくなる。
1.Renaissance
2. Renaissance to Neoclassicism
3. Romanticism
4 . Romanticism to Modern Art
5. Modern Art
6. Comtemporary Art
6a “Streetwear”
うわ、やられたと思った美学の歴史。なんだけど自分自身のこの流れに沿って成長しているっていう。おもしろいアイディアがぽんぽん投げ込まれているけどどれひとつ論理的に結論はつけられず、DJ風に話が進んでいく。この話法は。
微妙にわかりづらいところも含めて「クール」と感じさせる。これがヴァージル印なのかと納得。
↑ この本についてのコメントが読みづらいかもしれないのも、ヴァージルの話法に影響を受けているということでご寛恕ください。
さて。
細部の細部の詰めに時間がかかった再校ゲラもようやく手を離れました。

アマゾンでの予約が始まりました。12年間のささやかな集大成です。人文学の老舗、吉川弘文館より6月15日発売です。

USJ を回復させた森岡毅さんの新刊。就活が始まった娘さんのために書き溜めたものをまとめた本とのこと。前半のマーケティングの基本の話もためになるが、後半の「黒歴史」が生々しく、引き込まれた。本社アメリカ人たちの強烈な意地悪ぶり、それに立ち向かう森岡さんのガッツが読んで面白く(当人はほんとうに地獄の最中であったと思うが)、よくぞこういう実話をシェアしてくださったという思い。かような試練に立ち向かって、乗り越えて、本物として鍛えられていくんですね。追い詰められたら、退路を断たれたら、いやでも覚醒する。(逃げればそれまでの人間だということ)
資本家の世界を射程圏に見据えるパースペクティブがとにかく必要。世界の、商品の、人の見え方が変わる。
Everything has cost. 何を実現するにせよ、犠牲を払わなくてはならない。自分に合った苦労を選びやすくするために、パースペクティブを広く持つということ。

アガサ・クリスティの小説『春にして君を離れ』。事件も殺人も起きないけど、ぞっとする恐怖でしばらく人と話す気力を奪われた。ここまで人間をえぐりだすとは、クリスティおそるべし。
現代とはスピード感もリズムも違うので、お話の進行も会話のテンポも冗長に感じられるのですが、最後の最後にえぐられる真実は深い。ここまで事実を理解していながら主人公の女性が選択する行動はといえば……。ある種の「心理ミステリー」。肉体的な殺人事件は起きないけど、心の殺人事件の一種と呼べるのかもしれない。
表層的な価値観で人を見て扱ってしまうことのおそろしさ。人間の心のリアリティはそんなものではない。周囲を不幸にし、結果として本人に底なしの孤独がもたらされる。それでも「幸せそうに生きていける」ことに背筋が凍る。画一的な基準に基づいた「幸せそうな」光景を承認されたい人たちはこういう真実にもおそらく気づいていないのかもしれない。また、「いいことをしている」と信じ込んで「善意」を押しつけてしまうことの無神経も描かれる。押しつけられる方はどうにもつらくなっていく。押しつけるほうは「なんで? あなたにとっていいことをしてあげているのに」と永遠に気づかない。気づかなくても自己肯定しながら「幸せに生きていける」ことがなんとも残酷というか。
日経連載の次の記事にも書くけど、「善意」ほど取扱い注意なものはないのだ。無邪気に善意を押しつけられるくらいなら、「悪人」のほうがよほどさっぱりしていてつき合いやすい。

島田紳助が若手芸人のために話した講演を収録。短いとはいえ、目からうろこの秘訣やエピソードが満載で思わず二度読みした。この人が売れたのは必然だった。ちゃんと理論にもとづいた行動を果敢にとっていた。だからこそ、飲食店をやっても成功する。飲食店の成功は、才能の証明でもある。こういう考えで行動すれば、何をやっても成功するのだろう。
知識はドーナツ的に(中央を語るな)。一分野、一テーマをマニアックに深掘りすることの効果など、ビジネスパーソンにも納得の教え。
「銀座百点」5月号 (No. 774)に寄稿しました。

銀座百店会に加入している銀座の店舗でフリーで入手できます。よろしかったら銀座にお立ちよりのついでにでも見てくださいね。

伝統あるタウン誌にお招きいただき、光栄でした。ありがとうございました。

北日本新聞別冊「まんまる」5月号が発行されました。

連載「ファッション歳時記」第91回 「『七輪』はなぜ批判されたのか」。
アリアナの「七輪」の話題もずいぶん昔のように思えますね。今年の初めの頃の話題なのに。ついでにいえば富山トークショーも一か月前。ずいぶん昔のことのように感じられます。時のスピードは速い。
100回までのカウントダウン、あと9回。
日本経済新聞朝刊20面、21面に、Precious の全面見開き広告が掲載されています。15周年おめでとうございます。4月号は本日発売です。
15周年ということで、15人からのエレガンスの提言。光栄なことに、その一人に選んでいただきました。

予想していたよりも巨大な広告で、インパクト大きかったようで、朝から旧友より久々メールをいただいたりなどの反響でした。

他のみなさま:林真理子さん、雨宮塔子さん、村治佳織さん、桐島かれんさん、中村三加子さん、齋藤薫さん、安藤優子さん、小雪さん、光野桃さん、藤岡篤子さん、鈴木保奈美さん、島田順子さんです。

本紙に掲載の全文はこちらでございます。

ことわるまでもないのですが、あくまでこれまで研究してきたエレガントなスタイルアイコンに共通する要素、というヒストリアンからの視点です。私自身はエレガンスとは程遠い存在でございます……。
集英社のクオータリー「kotoba」が明日6日発売になります。

特集「日本人と英語」。ぎっしり充実の雑誌になっています。

目次だけちら見せ。なんだか重厚なラインナップのなかに、ひとり場違いな感じで混じっておりますが。
「オックスフォード英語辞典の楽しみ方」。4頁にわたって掲載されております。
私のファッション史に関する記事のインスピレーションはオックスフォード英語辞典から得ていることが多いのです。用例から、どのように使われていたのか、背景や因果関係を推測するのです。その推測のプロセスの例を具体的に語っております。よろしかったらぜひご覧くださいませ。
春分の日はとてもあたたかな大安でしたね。私も原稿を2本、仕上げたほか、新しいチャンスをいくつかいただいた、春のスタートにふさわしい日になりました。機会を活かすも殺すも自分次第なので、万全の備えで臨みたいと思います。
さて、先日、ザ・プリンスパークタワー東京のご協力のもとに撮影が無事終了したNHK World Kawaii International 記念すべき第100回、ロリータスペシャルの回の放映が以下のように決まりました。
<放送タイトルと日時>
放送回:#100『Forever Young ~A Love Letter to Lolita~』 本放送:2月8日(金)9:30,15:30,22:30,27:30 (28分番組) 再放送:2月22日(金)9:30,15:30,22:30,27:30 ※世界各国の時差対応で1日に4回放送されます ※上記の時間は全て日本時間です
<放送の視聴について>
NHK World(※海外向けのNHKチャンネル、全編英語放送)における ライブストリーミング放送で日本でも視聴が可能です。 NHK Worldホームページ・・・http://www3.nhk.or.jp/nhkworld/index.html 国内ではオンラインでのストリーミング視聴が可能となっておりますので、 放送時間に上記URLにアクセス頂き、サイト右上の「Live」という部分を クリックして頂ければご視聴頂けます。 Live配信ページ・・・https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/live/ 上記のURL先からですと直接Live配信ページに行くことが可能です。
自分でなかなか見る気もしませんが、万一、お気づきの点あれば、今後のためにご教示いただけますと幸いでございます。
週末に原稿ネタとして読んだ本。ヴァレリー・スティール編集の”Pink: The History of Punk, Pretty, Powerful Color”. ピンクという色について徹底的に考察したビジュアル本。いやもう見ているだけで気分が春になりました。日本におけるピンクの扱いもまるまる一章あって、楽しい本でした。どこにどのように書こうか、思案中です。
Elle Japon 3月号発売です。

ファッションドキュメンタリー映画の特集があります。
マックイーン映画について、ミニミニコメントをしています。(「あの人の視点」)

ファッションデザイナーについて、映画から学びたい人にはお勧めの特集。ぜひチェックしてみてくださいね。
今週も終わらせるべき締め切り満載のほか、新しいプロジェクトがいくつか始動します。機会をいただけることに感謝して、ひとつひとつ確実に丁寧に完遂することを心掛けつつ没頭したいと思います。
みなさまも風邪やインフルの予防を万全に、どうぞ充実した一週間をお過ごしくださいね。私の予防法はビタミンCの多めの摂取。あとは笑うことと、強くて美しい人の心のあり方をフォローすること。免疫力を高めるらしい。それぞれの工夫で厳寒の季節を乗り切りましょう。

先日ご紹介した「エスタブリッシュメント」に先立つオーウェン・ジョーンズの衝撃のデビュー作、「チャヴ」。
最初の作品だけあって、こちらのほうが鮮烈に、よりエモーションをゆさぶる筆致で描かれている。翻訳もうまい。
サッチャー主義こそが、地域のコミュニティの団結と、労働階級の美徳や倫理を壊してしまった。その結果、もたらされた「自己責任論」。弱者はますます虐げられ、かつてあった労働者階級の美徳はどこへやら。今はまったく新しい、くず扱いされて当然という「チャヴ」という階層を生み出すに至った。
チャヴの生態、チャヴをめぐる数々の事件の描写もすさまじいけれど、そういう階層は人間以下だから虐げて当然、というイギリスの中産階級以上の階層の態度や言動はさらに信じがたい。人種や宗教や性的嗜好が異なる人は寛大に受け入れるし、差別を許さないけれど、同じ民族の下層階級チャヴはいじめほうだい。なんだこれは……。労働者階級の味方であるべきだったニューレイバーも、結果として同じ「エスタブリッシュメント」側としてチャヴ増殖に寄与していたことが示され、空恐ろしくなる。
新自由主義の結果、似たような状況がおそらく世界中で起きている。日本でも。
なんでもかんでも民営化、規制緩和してしまい、自己責任ですべて片づけられてしまう社会というのは、こういう末路をもたらすのか。
ブレグジットの国民投票の結果がああなってしまったのも、原因の源をたどればサッチャー主義にあることを気づかされる。
もう「キングズマン」のエグジーをこれまでと同じ目では見られない。これを読めばエグジーの家庭や育った地域がなぜああだったのか、痛みとともに理解できる。
現代のイギリスに関して何かを語るためには、これを読んでおかねば話にならない。弱者にツケを回し、「自己責任」でなんとかやれという現代日本の行く先を考えるときにも、たいへん参考になる。それほどの必読書。読んだのが遅きに失した感もあるけれど、でも読むことができてよかった。
今年は新しいご縁にも多々恵まれた一年でした。そのひとつ、English Journal が年明け早々に発売になります。ヴィヴィアン映画がきっかけで、執筆依頼を頂戴いたしました。

特別企画「イギリスファッション史を彩るデザイナー」。そのなかで、「マリー・クヮントとヴィヴィアン・ウエストウッド」についてそれぞれコラムを書いています。
ポップでカラフルな全4ページ。写真もほかではあまり見られない個性的なものが選ばれています。ヴィヴィアンの映画中のセリフの一部も収録されています。付録のCDでこれを聴くこともできますよ。

発売前につき「予告編」のみですが、映画とイギリス文化と英語が好きな方はぜひ、年明けにお手にとってみてくださいね。
マリー・クヮントのことを知らない人(コスメやポーチのブランドだと思っている人)は、1月5日から公開される「マイ・ジェネレーション ロンドンをぶっとばせ!」を観てばっちり学んでくださいね。

ほかにもコリン・ファースとレイチェル・ワイズのインタビュー記事はじめ、世界を取り巻くリアルな英語事情の解説など、お楽しみからお役立ちまでよい記事が満載です。「女王陛下のお気に入り」の解説がさっそく載っていたのもうれしかったな。(「英国式庭園殺人事件」を連想したのは私だけではなかった!)
English Journalを読んでいたら、もう20年も前のことですが、東大の駒場で映画英語の授業をもっていたときのことを思い出しました。自分でオリジナル教科書まで作っていたなあ……(そんな体力もありました)。映画と言語と文化が交わる世界は、もしかしたら最も好きなテーマです。そのころはEngine 誌で「映画のなかの英語」という連載ももっていました。本HPのmagazine 欄で一部pdfを公開しています。お休みの間のDVD鑑賞のご参考にでもなれば幸いです。
2018年もご愛読ありがとうございました。公私にわたるあたたかなご交誼に心より感謝申し上げます。みなさまご健康第一に、どうぞよいお年をお迎えくださいませ。






































































































































































































































































































































































































































































































































































































品行方正で倫理的な王室メンバーばかりではない。むしろ人間くさくどうしようもなく愚かなところを見せてくれるからこそ、注目を浴び続け、愛されてきたような一面が英国王室にはあります。かつては英語を話せない国王もいたし、ハニートラップとしか思えない状況で国王をやめてしまった王もいた。この程度のスキャンダルは、むしろ「圏内」のように見えます。生涯を国家に捧げると誓ったとてつもなく安定した気質のエリザベス2世の威光と、問題児アンドリュー王子や反乱児ハリー王子夫妻の影。この対極あってこそ歴史家やジャーナリストは筆をふるい、人々の関心をひきつけ、「家族とはなにか」「王室の存在意義は」という議論が盛り上がったりする(関心のない人はとことん無関心だし)。英王室は多民族からなる複合国家の象徴でもあり、複雑化・多様化する社会や家族像の反映にもなってきました。ファミリーの反逆児はどの家庭も抱える問題。それに対して家長がどのように対応するのか、反逆児はその後どうなっていくのか、すべてがリアルな人間的関心の的です。だからこそ、英王室は各時代のクリスマスツリーのてっぺんの飾りのような存在であり続けることができるのです。あとからふりかえって、このファミリーの問題をきっかけに時代を語ることができる。そんな存在、貴重です。
次の国王となる予定のチャールズ皇太子は、故ダイアナ妃をめぐるスキャンダルでいろいろ非難も浴びましたが、いまは地球環境問題において世界でリーダーシップをとる存在です。当初、悪女呼ばわりされたカミラ夫人も、誠実に公務をこなして今では好感度も高く、女王までもが「未来にはカミラにクイーン・コンソート」の称号をと言っている。ひとりひとりの人間の成長はこうやってもたらされ、人の評価というのはこのように変わるのか……ということを考える人類共通のネタ(失礼)をも提供してくれています。