
過剰の時代を超えて ラグジュアリーの未来と日本的美意識
ファッション研究からラグジュアリー研究に対象を拡大し、新しいラグジュアリーの価値について発信するなかで、なぜ日本文化なのか? なぜ伝統工芸なのか? を問われるこ…

SNS時代の流行はかつての流行とは別物
『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(6月20日発売予定)の初校ゲラを終えてあらためて感じたのだのが、20世紀には「流行」に意味があって、社会を変革する力があった。
変革とまではいかなくとも、SNS(2012年頃に生まれる)前までは、「流行」と見られる現象があった。たとえば、ミニスカートが流行ったとか、ローライズが街にあふれたとか。でも、今はそういう街の統一感は、あまり感じられない。
流行のしくみそのものが、スマホとSNSによって劇的に変わってしまったからだろう。
かつて流行は、雑誌やブランド、ファッションショーから発信されて、ゆっくりと社会に浸透していくものだった。みんなが「今年はこれだね」と感じるまでに、一定の時間とプロセスがあった。でも今は、TikTokやInstagramでたった一人の投稿がバズることで、数日で世界的なトレンドが生まれる。流行が「発表される」ものから、「発生する」ものへと変わった。
何より大きな違いは、流行の舞台が街からスマホの画面へと移ったこと。
今や、服は「誰かに会うため」に着られるのではない。SNSに投稿したときにどう写るか、共感を得られるか、アルゴリズムに拾われやすいか。そうしたことが服選びの判断基準になっている。
ところが、実際の暮らしの中で、私たちが毎日着ている服はどうかというと、実はその真逆だったりする。
SNSでは派手なトレンドが次々に現れても、現実に着ているのは、ユニクロや無印、GUのような、シンプルで機能的な服がほとんど。これは決して矛盾ではなく、むしろSNS時代だからこそ、「見せる服」と「生活する服」が完全に分かれてしまったのだ。
派手なファッションは、スクリーンの中で一瞬だけ消費される舞台衣装のようなもので、実生活では、動きやすくて、洗いやすくて、周囲に馴染む服、つまり空気のような服が選ばれる。これがいまのファッションのリアル。
この二極化が進んだことで、かえって「何を着てもいい」とされる時代になった一方で、どうせ見られないから適当でいい、という諦めと、誰にも見られてないからこそ、本当に好きなものを着たい、という自己回帰とが、同時に生まれているように見える。
で、初めの話に戻るのだが、流行の中にある「意味」が、ほんとに希薄になってきている。1960年代のミニスカートには女性の自立やジェンダー観の変化といった社会的な背景があった。けれど今のトレンドの多くは、あえて意味を持たない軽さが特徴。意味よりもスピード、記号よりも拡散。そうした「意味を問わない流行」が、次々に使い捨てられていく時代に、私たちは生きている。
(なんだか「(メンタルが)疲れる…」と感じることが増えた原因の一つはそれもあるんではないか?)
だからこそ今、問い直すべきなのは、「自分はなぜそれを選ぶのか?」という軸を持てるかどうか、という自分軸なのかもしれない。
何度も書いているが、「エレガンス」の語源には「選び抜く」という意味がある。
画面の中の刺激的なトレンドと、現実の生活に溶け込む服。この二つを行き来しながら、何を主体的に選び取るのかという自分自身の「装う哲学」を育てる、それが、SNS時代の私たちに求められている視点ではないかと思う。
Photo: Summer…

ネクタイは語る
政治家にとって、言葉と同様に雄弁なのが、装いである。とりわけ外交の場においては、国家の姿勢や理念を象徴的に伝える。
なかでもネクタイは、視線の集まる位置にあり、色・柄・幅の選択が無言のメッセージを発する。たとえば歴代日本の首相たちのネクタイにおいても、それぞれの政治信条、時代背景、国際的立ち位置が織り込まれている。選ばれたネクタイは、おそらく意図以上に、外交における信頼醸成や文化理解に寄与してきた。
象徴的な存在として、海部俊樹氏(第76・77代首相)を挙げたい。1989年、リクルート事件による政治不信が高まる中、「クリーンなイメージ」を評価されて登場した海部氏は、トレードマークとして水玉模様のネクタイを着用した。これは、テレビ出演で同じネクタイを繰り返し使っていたことを視聴者に指摘された経験を受け、逆手にとって個性として打ち出したものだった。600本以上の水玉ネクタイを所有し、常に異なる水玉で登場するという視覚戦略は、清潔感と親しみやすさを演出し、「さわやか宰相」としてのパブリックイメージを確立した。
安倍晋三氏(第90・96〜98代首相)のネクタイ選択もまた、視覚的言語として強い意味を発していた。外交の場において、青系とともに黄色系のネクタイをしばしば選んだ。青は誠実さ、冷静さ、信頼感といったイメージを想起させる定番であるが、黄色はやや異質に見える。だが、「日の出ずる国=日本」の象徴としての意識的な選択であったと解釈できる。
太陽の色である黄色や金色は、古来より光明・繁栄・知恵の象徴であるとともに、視覚的に日本を想起させる色である。国際会議のフォトセッションにおいて、黄色のネクタイは視線を引きつけながらも、攻撃性なく品位と存在感を発揮する。安倍氏が標榜した「戦後レジームからの脱却」や「積極的平和主義」の発信において、黄色のネクタイは、日本の伝統と未来をつなぐ光として、視覚的外交における確かな役割を果たしてきたのだ。
小泉純一郎氏は、グリーン系ネクタイを好んだ。グリーンは自然、再生、調和の象徴であり、政界においては異色である。しかし、彼の「聖域なき構造改革」「自民党をぶっ壊す」といったメッセージと併せてみれば、現状への挑戦と刷新を示す色でもあった。グリーンは権威から距離を置き、自然体で風通しのよいリーダー像を演出するための装いであったとも言える。
岸田文雄氏は、無地や控えめなストライプといったネクタイを好んだ。その選択は、調整型で穏健中道を旨とする彼の政治スタイルと一致している。外交の場でも落ち着いた印象を与え、相手国に対する過剰な主張を控えたバランス感覚を印象づけた。
しかし、ストライプの扱いには常に注意が必要だと思う。日本ではストライプのネクタイが若々しいイメージを与えるものとして広く愛用されているが、海外ではこれがしばしば「レジメンタルタイ(連隊ネクタイ)」として認識される。もともとは英国の軍隊やパブリックスクール、クラブに由来し、各ストライプには所属を明示する意味がある。そのため、該当する所属者でない者が無自覚に着用することは、時に無礼と受け取られる。
さらに、英国式では右上がり、米国式では左上がりのストライプが基本であり、方向性までが文化的アイデンティティを帯びている。石破茂氏のように英国式ストライプを愛用する政治家もいるが、国際舞台でこの選択が不必要な誤解や違和感を招くリスクを持つことは否めない。ストライプは、国内では無難な柄でも、国境を越えるとき、文化的誤読の種にもなる。
外交においては、無地のネクタイ、小紋、水玉といった控えめで、非所属的な柄が推奨される。こうした柄は文化的中立性を持ち、相手国への敬意や調和の姿勢を自然に伝える。ネクタイは言葉より先に、相手に見られている。ゆえに、政治的リーダーのネクタイとは、単なる装飾ではなく、自己像と国家像を織り込んだ外交の言葉として扱われるべき。
「どのネクタイを締めるか」の判断の積み重ねが、国際社会における信頼と尊敬を築いていく。
Photo:海部俊樹氏 首相官邸HP CC…

喪の色が語ること ローマ教皇フランシスコ葬儀に見る現代の弔意の多様性
喪に服す色は世界共通ではない。喪の色とは、その文化における死生観、宗教観、社会儀礼の結晶であり、それぞれの地域、民族、信仰によって意味づけが大きく異なる。
日本では明治以降「黒」が一般的となったが、それ以前の神道葬では「白」が正式な喪服であった。中国やインドでは今なお「白」が死者を弔う色であり、アフリカの一部地域では「赤」や「青」が重要な意味を持つ。つまり、喪の装いとは単なる服装規定ではなく、精神の表現であり、文化の記号でもある。
これを雄弁に示したのが、2025年4月に行われたローマ教皇フランシスコの葬儀だった。サン・ピエトロ広場に世界各国の要人が集い、最後の別れを告げたこの日、注目されたのは荘厳な儀式だけではない。各国首脳や王族、宗教指導者たちがまとった「喪服」の多様性である。現代のグローバル社会における弔意のあり方を象徴していた。
アメリカのトランプ大統領は、鮮やかな青のスーツに青系のネクタイという装いで参列した。西洋社会における一般的な喪のドレスコードから逸脱したこの選択は、批判も呼んだ。他国の首脳の多くが黒を基調とした服装で臨むなか、この明るい装いは「自己主張が過ぎる」「哀悼の空気を乱す」と受け止められた。しかし一方で、トランプ氏らしい「俺様がルール」という政治的パフォーマンスの一環とする見方もあり、その是非は文化と価値観の対立を浮かび上がらせた。
イギリスのウィリアム皇太子は、ネイビーのスーツに黒のネクタイを合わせて出席した。これは英国王室が葬儀においてしばしば用いる正式な喪服スタイルである。濃紺は控えめでありながら格式を保ち、また戦後の英国において「黒の過度な強さ」を緩和する色として受け入れられてきた。また、イギリスは宗教的には「英国国教会」であり、カトリックとはやや距離を置く。そうした微妙な宗教的立場の違いも感じられた。
ヨルダンのアブドゥッラー2世国王もまた、ネイビーのスーツで参列した。イスラム文化圏において、喪の色は一義的ではなく、白、緑、青、あるいは伝統衣装など多様なスタイルが認められている。ネイビーの選択は、バチカンの規律を尊重しつつ、自国の文化を損なわない礼節として成立していた。
インドのムルム大統領の装いも目に留まった。彼女は青のサリーで参列した。ヒンドゥー教において、死は魂の輪廻の一部であり、白が喪の色とされることが多い。だが、インドにおける女性の礼装=サリーは、弔意の文脈であっても一色ではない。ムルム大統領の選んだ深い青のサリーには、個人としての弔意とともに、国家の代表としての矜持も感じられた。
一方、戦時下のウクライナから参列したゼレンスキー大統領は、黒の軍服風ジャケットを身にまとっていた。喪服ではないが、国家非常時の指導者としての立場を象徴する装いであり、その佇まいからは、服装規定を超えた「戦時下」にいる指導者としての存在感が伝わってきた。
こうした多様な装いは、形式的ドレスコードと矛盾しているように見えるかもしれない。しかし、真に重要なのは色そのものではなく、「死者に対していかに敬意を表すか」という精神のあり方である。黒ではなくとも、ネクタイがなくとも、敬意があれば、背景に文化があれば、十分に「喪の表現」として機能する。
ローマ教皇という世界的精神指導者の葬儀が、このように多様な装いに彩られたことは、現代が直面する「儀礼の共存」というテーマを浮き彫りにした。「黒でないこと」にもまた、意味が与えられ、共感される時代へと移行しつつある。グローバル化と多文化共生の時代にあって、私たちは、弔意の形が一様でないことそのものを受け入れる寛容さを問われている。
それぞれの装いが語る弔意の背景を知ることこそ、異文化理解の第一歩である。(それにしてもトランプ大統領のブルースーツだけは、違う意味を放っていた…)
Photo:…

日本の香りを通して考える日本のラグジュアリー
日本の香りを通して考える日本のラグジュアリー。
ヨーロッパの香りとの違いとは? 海外の顧客は何を求めて日本の香水を買うのか? 価格を超える価値をどのように生むのか?
パルファンサトリの大沢さとりさん、リベルタパフュームの山根大輝さんと話した内容を記事にしました。こちらでお読みいただけます。
English…

糸に生まれる小さな傷が魅力を生む芭蕉布 「ラグジュアリーの羅針盤」ウェブ公開
沖縄の芭蕉布を取材した記事、ウェブ公開されました。
「手で績ぐからこそ糸に小さな傷が生まれる。それが艶に抑制を効かせ、布の魅力の源泉になる」という考え方に視界が開かれた思いがしました。
陰翳礼讃にも通じる日本の美意識がここにも。
職人さんの話を直接、聞いたからこそ学ぶことができた視点です。
ぎらぎらした美の誇示を避け、どこで留めるのかを配慮することが…

エレガンスとは、服の問題ではなく、
連休中は6月20日発売の『「イノベーター」で読むアパレル全史』初校ゲラと格闘です。
頻出する用語「エレガンス」をどう解説しようかとつらつら考えていて、2行で定義することなんてほぼ不可能なので、ちょっと書ききれなかった思考の余りみたいなものをここにメモしておきます。
タバコとシャンパングラスをもち、舞台裏でラフにしゃがむミウッチャ・プラダが「エレガント」と称され…

祝 KIMONO ARCHオープン
きものやまとの「ナデシコ」ラインが、KIMONO ARCH と改名、リブランディングして下北沢に路面店をオープン。おめでとうございます。
デザイナー金子茉由さんのこだわりが細部…

小さな傷が美を生む芭蕉布
北日本新聞「ゼロニイ」6月号 連載「ラグジュアリーの羅針盤」第30回は芭蕉布を創る方々を取材した記事です。
近日中にウェブにも掲載されます。
本文にも書いて…

世の喧騒、心の嵐を超えていく高揚感 セルジュ・ルタンス「ル・ペルス・ヴァン」
資生堂が扱う香水のなかでも詩的レベルの高さで群を抜くのがセルジュ・ルタンス。
写真は7月1日日本発売予定のル・ペルス・ヴァン(風を突き抜けるもの)。ボトルはサンプルサイズです。
「台風の目」がイメージで、騒乱の世界における静寂の場所を表現。
「この世の重荷から逃れ、平穏な空の彼方へ、星々が瞬く天上へ!」と天に向かって手を伸ばす82歳ルタンスさまのシルエットがイメージ写真に使われる。
ムスクノート、クラリセージ、ホワイトアンバーで神聖さや輝きを表現しています。世の喧騒、心の嵐を超えていく、救いの高揚感。これは別格の芸術です。
Among…

AI、サステナビリティ、パーソナリティ ナルシソ・ロドリゲスの香水
資生堂が扱うフレグランスのレクチャーを受けました。
まずはナルシソ ロドリゲス for herのシリーズ。すべて「ハート オブ ムスク」を核に据えています。ムスクは肌によって香調が変わりやすく、〈女性賛美のシグネチャー〉として同ブランドを象徴。ロドリゲス自身が希少なムスクオイルを贈られた体験が出発点であり、以後全ラインにムスクが貫かれています。
近年の作品を手がける調香師ソニア・コンスタンは、ジボダンの伝統技術と…

伊勢型紙の美しさと価値をご存じですか
伊勢型紙を使い照明器具をつくる高橋完治さんを取材。伊勢型紙を4000枚譲り受けた経緯や、半導体業界から全く畑違いの伝統工芸アートの世界に入った経緯を伺いました。
詳しくは後日記事にしますが、この型紙の可能性、無限にありそうです。
それにしても。きものが着られなくなり、伊勢型紙の需要がへり、型紙の価値に目をとめた外国の方がどんどん型紙を買っていく。それでいいの?
I…

メゾンフレグランスの普及に貢献 フォルテ30周年
フォルテさま30周年おめでとうございます。フォルテが扱う全ブランドと、新作の発表会。
フォルテさまとは、四半世紀ほど前に創業者の吉岡さまとウェブで対談したころからの長いおつきあいです。いまやニッチフレグランスを語るときには欠かせない存在になっています。
日本市場での香水文化の成熟には、こうした香りを地道に紹介し続けてきたエージェントの役割が本当に大きい。
フレグランスのエキスパート、MAHOさんによるメゾンフレグランス解説も香水愛が感じられてわかりやすく、楽しい発表会でした。
以下は試香した新作のなかでも印象に残ったフレグランスのメモです。
🌹ディファレントカンパニーのLove…

縁側や中庭でつながる ししいわハウスNo. 3
(No. 1とNo. 2から少し投稿の間があいてしまいましたが)ししいわハウスNo. 3。西沢立衛さんの設計。
日本の木造建築にオマージュを捧げてあり、各部屋が縁側や中庭でつなが…

「わたのまち、応答セヨ」応援コメント
ドキュメンタリー映画「わたのまち、応答セヨ」のコメントが公開されました。
人々の予測できない反応を巻き込みながら、クライマックスに向けて着々と感情が盛り上がっていく骨太なドキュメンタリーです。
「美の継承」に国境はないのですよね。三河木綿の奇跡をぜひ目撃してください。
さらに詳細なレビューは、JBpress…

時を超えて「人と人とを優雅につなぐ」モナコ 大阪万博
大阪万博、モナコ公国のレセプションにお招きいただきました。
ピエール・アンドレ・キアポリ財務大臣、ディディエ・ガメルダンジェ駐日モナコ大使はじめモナコ公国の関係者の方々にあたたかくお迎えいただきました。
モナコのパビリオンは全体が大人の社交サロンのようでした。なんといってもオテル・モンテカルロが提携しているのです。一流ホテルのおもてなしのエッセンスをコンパクトにほんの少し体験できる場所、それがモナコパビリオン。
レセプション会場となった3階のワインセラーには、SBMグループのエグゼクティブヘッドソムリエが選んだボルドー、ブルゴーニュ、ローヌ、ロワール、プロヴァンスのワインが麗しく並んでいます。…

『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』6月20日発売
初校ゲラが届きました。
大幅に増補・改訂し、500ページ近い本になりそうです。
ラグジュアリーブランドの系譜から伝統工芸をアップデートするクリエイターまで。20世紀を更新したデザイナーから21世紀を動かすカリスマ経営者まで。総勢100名ほどのアパレルイノベーターが登場します。
6月20日発売です。…

小浅間山トレッキング ししいわハウス・プログラム
ししいわハウスでは多様なアクティビティプログラムを用意しています。その一つのトレッキングプログラムで、小浅間山の山頂まで登りました。標高1655メートル。
ほんの…

人と人とを隔てる壁がない ししいわハウス2
ししいわハウス No. 2
こちらが3棟のなかではメインの建築になります。やはり一目でわかる坂茂さんの設計。(例:スイデンテラス)
切妻屋根と無柱のトラス構造による開放的なパブリックスペースで、旅人どうしの交流も促されます。ゲストの9割が品のよい外国人でした。
ウィスキーコレクションもすばらしく、カウンターで一杯ずつ手でいれていただくコーヒーも美味しい。アートやテーマ性をもった写真コレクション、美装本の数々もさりげなく飾られますが見ごたえあります。
自然にとけこむ開放的で洗練された空間、あたたかくも節度を保ったサービスのなかにいると、人と人との間の壁みたいものが無理なくとれてくることがわかります。ソーシャル・ホスピタリティとは何なのかが体感できるリトリートです。
メインレストランもこの建物に。
Shishi-Iwa…

ソーシャル・ホスピタリティー ししいわハウス1
ししいわハウスにプレスツアーで伺いました。
ししいわハウスは、中軽井沢にある3棟からなる次世代ラグジュアリー感覚を満たすリトリート。1はオーナーのフェイさんが、日頃世界各地にいらっしゃるファミリーが集うための施設として建てたブティックホテルです。自然と一体になるように建てられた曲線が麗しい。建築は、ブリツカー賞受賞の坂茂さん。
ダンボールで作られた椅子や照明までスタイリッシュです。館内のあちこちにアートが飾られる。細部まで考え抜かれた知的な空間です。
全11室で、ソーシャルホスピタリティを掲げ、共用スペースが約5割。ゲスト同士の交流が自然に促されるような設計になっています。
SHISHI-IWA…