<取り換えがきかない>あなたでなくては
横浜トリエンナーレでも観に行こうとのこのこ出かけたら、横浜美術館のチケット売り場に見たこともないほどの長蛇の列! 美術館前にはいろんな表情のモニュメントが。コワかわ系。
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大御所の弛緩芸に対してとるべき態度は
だいぶ前に「おもしろい!」と思って切り抜いておいた記事だが。朝日新聞9月28日付の、斎藤美奈子氏による文芸時評。「夢まぼろし 大家の弛緩芸」。
その業界の大御所…
「いちばん最初に名を思い浮かべてもらえるか」
昨日、シャネル社社長リシャール・コラス氏による「リュクス・セミナー」第4回目に参加。明治大学商学部ファッションビジネス特別講座の一環。以下、ほとんど自分のための備忘録のようなものだが、個人的になるほど、と思ったことの概要をメモしておきます。
今回のテーマは「無形資産」。数値として変換できない価値が、実は消費者の頭の中に存在していて、これがブランドの価値を決め、売り上げを大きく左右する。
では、その価値を具体的にどのように測るのか?
その方法の一つとして、第三者に依頼しておこなう、ブランドイメージの調査がある。ラグジュアリー製品となると、とりわけ「消費者がどう見ているか」というブランドイメージが重要になるのだ。
しかも、ブランドイメージというのは生き物であって、定期的・継続的に見ていく必要がある。その意味では健康診断のようなものでもある。そして、製品とは無関係であっても、なにか企業回りに大きな「失敗」があると(たとえば、社員によるセクハラなど)、とたんにイメージがダウンする、というデリケートなものでもある。ゆえに、イメージのファクターは、「こういうイメージを消費者に届けたい」という戦略だけで決まるのではなく、外からの要因にも大いに左右される。
ラグジュアリー・ブランドに関するイメージ調査に関しては、どんな人に聞くか、というターゲットも重要になってくる。ランダムに聞いても意味がない。具体的には、東京圏・大阪圏に住む24歳~60歳の女性、200名で、ラグジュアリー製品のレギュラーユーザー。ラグジュアリー製品年間購入100万円以上の独身女性で、年収1000万以上、など具体的に対象を決める。
ブランド・エクイティの3つの要素として、Saliency…
「背負うものが多ければ、限界突破は可能になる」
これもここしばらく持ち歩いて何度か読み返した本。内田樹先生の『最終講義 生き延びるための六講』(技術評論社)。ヒューマニズム、アカデミズムの王道をいくお話として、ひたひたと心を潤してくれるような感覚を味わわせてくれる。
「かすかなシグナルに反応して、何かわからないけれども自分を強く惹きつけるものに対して、自分の身体を使って、自分の感覚を信じて、身体を投じた人にだけ、個人的な贈り物が届けられる」
「どんなふうに人間は欲望を覚えるか、どうやって絶望するのか、どうやってそこから立ち直るのか、どうやって愛し合うのか……そういうことを研究するのが文学研究です。だから、文学研究が学問の基本であり、それがすべての学術の真ん中に存在していなければいけない」
「知性のパフォーマンスを向上させようと思ったら、自分以外の『何か』を背負った方が効率的であるに決まっています。自分の成功をともに喜び、自分の失敗でともに苦しむ人たちの人数が多ければ多いほど、人間は努力する。背負うものが多ければ、自分の能力の限界を突破することだって可能になる」
「どうやったら学びのモチベーションを高く維持できるか。そのために使えるものは全部使う。最終的に彼らが採用したのは、営利栄達でも、知的優越でもなく、自分の脳が高速度で回転しているという事実そのものだったんです。その『アカデミック・ハイ』だけは間違いなく、今ここでたしかに実感できる。最後に残るのは、この快感だけである」
「自分の知性の活動が最大化するときの、最高速度で頭脳が回転しているときの、あの火照るような体感に『アディクトする』人間がいて、そういう人間が学者になるんです。『あの感じ』を繰り返し経験したくてたまらない。だから、どうやったら自分の知性が最高速度で機能するようになるか、その手立てを必死になって考える。(中略)だから、使えるものは全部使うようになるんです。自分の知的なパフォーマンスを高める可能性のあるものは、総動員する。それが本当の学者だと僕は思います」
「自分が『理解することの困難なこと』をめぐって語っているのだという自覚があれば、書き手が最初に配慮すべきは、『読者の知的緊張をどこまで高いレベルに押し上げられるか、どれだけ長い時間それを維持できるか?」という、すぐれて技術的な『読者問題』になるんじゃないですか」
ほかにも、五感に染み渡るような「情理を尽くし語られた」ことばのオンパレード。とりわけ専門化しすぎて排他的になりすぎたアカデミズムに対するご意見のあたりが、ひやひやしながらも、とても共感できた。
ユダヤ人問題のこと、北方領土問題など、私には完全には理解が及ばなかった箇所もある。なんだかすごく大事なことが書いてありそうなのに。ホント、自分のレベルに応じたものとしか「出会う」ことなんてできないんですよね、本の内容も、人も。
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「精神的種族の保存拡大のために」
上野千鶴子先生の最終講義録が目的で買った「文學界」9月号だったが、思わぬ収穫もあった。河野多恵子と吉田修一の対談、「『逆事』と抑制の小説作法」。
河野 「そうい…
好きなものは好き、と素直に言ってみる
FB考その1につき、早速、何人かの方が、私も気づかなかったそのプラス面やマイナス面について教えてくださった。ありがとうございました。やはり使う人に応じて、というか、使い方次第で、さまざまな効用やデメリットが生じるみたい。
で、またしてもFBのおかげで経験できたことなのだが。FB上でキティ好きを公言していたところ、サンリオのジェネラルマネージャーに「発見」され、昨日、展示会にお招きいただいたばかりか、社長室やデザインルームまで案内していただいた。
展示会では、ありとあらゆる企業とサンリオとのコラボ新製品が。リヤドやレオナールといった高級ブランドとのコラボがやはりおもしろい。学校法人や製薬会社や郵便局や、それこそありとあらゆるところにキティがいる。Hello…
「問題って、あなたをつかんで放さないもののこと」
◇遅まきながら、「文學界」9月号に掲載されていた上野千鶴子先生による最終講義「生き延びるための思想」。
フェミニズムは敬遠しがちだったが、これを読んで上野先生がどのような思いで闘い、いかなる業績を築いてきたのかということの一端がはっきりとわかった。畏敬の念がじわ~っとわき、心が洗われるような思いがする。
最初は最終講義のタイトルを「不惑のフェミニズム」としたかった、と。「最終講義のときに東京大学の構内に出る看板に、『フェミニズム』という文字を載せてもらいたかったからです。その文字の入った看板が東大構内に立つのをこの目で見たかった。同時に、『フェミニズム』という文字の入ったタイトルで最終講義を行うのは、おそらく私が最初で最後であろうというふうにも、予感をしておりました」
上野先生の業績がわかったこと、フェミニズムに対する理解をあらためて得られたことも収穫であったが、それ以上に、「ファッション学」を考えるときにも応用可能な、力強く愛にあふれた言葉を、しかと「バトン」として受け取った気になれた。
「私たちは女性学というものの種を蒔き、それを育て、担い手と聴衆を共に育て、マーケットを作り上げてきました。ですから、学問もベンチャーの一種だと考えれば、ある意味、私は女性学というベンチャーの創業者の一人であったと言ってもいいかもしれません」
「学問の原点にあるのは、『私って何?』という謎です」
「フェミニズムというのは、社会的弱者の自己定義権の獲得運動」
「問題って、あなたをつかんで放さないもののことよ」
「学問というのは、こういう人々の営為が積み重なった『伝達可能な共有の知』」
「女が自分を語ろうとしたときに、語る言葉がなかったときに、女の言葉を悪戦苦闘しながらつくってきた先輩の女たちが、私たちの前にいました。その女たちの言葉が私の血となり、肉となっています。英語で言うと、I…
「返信不要」の不要
以下、満月にさそわれてのささやかな感情のひっかかりの吐露、というかたんなるつぶやき。
◇英語にembarrassmentという言葉があって、「当惑」とか「気まずい思い」「バツの悪さ」なんて訳語がついているのだけど。感情と感情の間に、まさしく bar(柵)が入るような気分の時、このembarrassmentという動詞がぴったりとくる。(語源としては別の解釈もあるようだが、個人的実感としては、気持ちと気持ちの間にbar…
「着ないでくれたら、お金出します」
◇ブランドのイメージを高めるために、有名人に自社ブランドの服を着てもらう。セレブリティ・エンドースメントと呼ぶのだが、その逆パターンが、最近立て続けにニュースになっていた。
新しいところでは、ラコステ。7月22日にノルウェーで77人を無差別に殺害したBreivikが、ラコステ愛用者だった。ワニのマークがくっきりとわかる赤いセーターを着て警察の車に乗った写真が、世界に配信されてしまった。
ラコステ側はブランドイメージが傷つくことを恐れ、ノルウェーの警察に、Breivikにラコステを着用させないように懇願。だけど、Breivikは囚人服を着ることを拒否し、自分の服を着続けることを主張しているのだという。で、現場検証のために再訪した犯罪現場でも、やはりラコステを着て、写真に撮られている。
ラコステにとっては、悪夢でしかない。とんだ災難でしたね…。
記事のソースは英「インデペンデント」9日付。Lacoste…
マース、マンキニ、そしてミュエリー
メンズファッションの盛り上がりとともに、新語も増えているという記事。ウォールストリート・ジャーナル 8日付。Grab Your 'Murse', Pack a 'Mankini' And Don't Forget the 'Mewelry'. by Christina…
「500万種類の命には、500万通りの生き方がある」
◇「ライフ 命をつなぐ物語」。BBC制作のドキュメンタリー。製作日数3000日(!)分をたった90分そこそこにまとめてしまう贅沢さ。
「生きる=食べる、逃げる、追う、子孫を守る、愛する、子を守るために死ぬ」という、とてもシンプルな基本をめぐり、動物たちが繰り広げる豊穣な知恵と驚きと純粋な愛に満ちあふれた世界。ワンシーンワンシーンにまったく無駄がなく、ただひたすら心が洗われるような深い感動に満ちあふれたドキュメンタリー映画。
人間なんて、地球の上に生かされている500万種類の命のひとつにすぎないのに、なんという傲慢で狭量で愚かなことをやってるんだ私たちは。と心底恥ずかしくなる。「500万種類の生き物には、500万通りの生き方がある」。そのほんの片鱗に、がつーんとやられた。人間なんて地球上の生物の500万分の一にすぎない、という謙虚な自覚をまずもたなくてはいけないのだ。
制作にあたった関係者すべての方、「出演」した動物たちに、最大限の敬意を捧げたい。
◇「サライ」10月号発売です。連載「紳士のもの選び」において、三陽山長の靴について書いています。機会がありましたらご照覧ください。
本誌今月号の特集は「米の力」。お米は日常のステイプルなのに、初めて知ることが多かった。おにぎりの起源が、奈良・平安期の文書に出てくる「屯食(とんじき)」だとか。勉強になります…。
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ランウェイ化するストリートスタイル
◇ガリアーノの人種差別スキャンダルが勃発し、反ユダヤ人発言をしたとして侮辱罪に問われてから6か月。昨日、パリで有罪判決が下りた。罰金6000ユーロ。約65万円。予想したより軽い。でも、「これだけで済んだ」わけではない。彼はその天才を発揮させるべき職を失った。
これを乗り越えて復活してほしい、と応援しているファンはまだ世界中に大勢いる。
◇上記のは「ニュース」だが、以下、やや「過去のニュース」記事のメモ。ひょっとしてあとからなにか関連事項がでてくるかもしれないので、メモしておきたい。
「グローバリゼーションはストリートスタイルをダメにしたか?」というNYタイムズのディベートルーム。8月22日付のGQシニアエディター、ウィル・ウェルチのコメントが興味をひいた。以下、大雑把な概要の訳。(Too…
パブリックでもありプライベートでもある、第三の空間
◇昨日は、OPENERS×GUCCI 90周年のアメブロ・リレーブログに掲載されるための取材を受けた。このテーマを語るための撮影場所として、バー、「ル・パラン」(8月27日付の記事参照…
ウェブで用語を調べることの欠点を回避させてくれる辞書
ユニークな辞典二つ。一つは、できたてのほやほや、『英和ブランド名辞典』(研究社)。山田政美・田中芳文 編著。
英語の新聞や雑誌を読んでいると、とにかく固有名詞に悩まされる。人の名前もそうだけど、最近圧倒的に増えたのが、企業やブランドの名前。仕事柄、ファッションブランドならばだいたい見当がつくが、ウィスキーの銘柄だとか家電、食料品、洗剤、家具あたりになるとお手上げになる。
ウェブで調べるとだいたい出てくるが、ウェブで用語を調べることの欠点は、行きついたサイトが面白かったら(そして近頃ますます、面白すぎるサイトが増えているのだ)、ついそこに長居してしまい、気がついたらどんどんジャンプしてまったく遠いところまで遊びに行っており、「えっと、わたしはいったい何をしようとしていたのだっけ?」ということになり、結局、仕事がまったく進んでないという事態を招いてしまうこと。その点、必要最低限の情報をさっと教えてくれる、こういうコンパクトな辞典が手元にあると、ありがたい。
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天空に浮かぶカクレクマノミ
3日(土)に遅まきながら観に行った六本木ヒルズのスカイアクアリウム。
熱帯魚の数々を、ライティングや珍しいケースや斬新な配置によって、アートのように見せるセンスは、さすがあか抜けている。
幻想的なクラゲと、
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「かわいい」氾濫は、日本にずっとつながる「ごまかし」
◇台風12号の被害が大きい。亡くなった方が30名近くも…。(その後の報道では、さらに日々大幅に犠牲者が増えている。)なんともむごいことだ。まだ見つかっていない方や、避難を余儀なくされている方々も多い。村ごと孤立しているところもある。何もできず、ありきたりの言葉で心苦しい限りだが、被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。孤立している村の方々の安全が一刻も早く確保されることを祈ります。こんなにも大きな水難が続くことなんて、かつてあっただろうか…。
◇鷲田清一先生の『くじけそうな時の臨床哲学クリニック』(筑摩書房)。2001年に『働く女性のための哲学クリニック』として出ていた本の、増補版文庫化。今年の8月10日に出たばかり。
新版には、小沼純一氏と鷲田清一氏の対談あり。震災後に鷲田先生が気になっていることとして、「子孫のことを社会が考えてこなかった」ことを指摘。
「明日は今日より絶対によりよくなるっていう感覚があって、将来のこと、つまり子孫のことをあんまり考えてこなかった。次の世代も何とかなるだろう、やっていけるんだろうって」。
だからエネルギーは使い放題。国債は発行し放題。子孫のために辛抱するとか蓄えるという人類の基本をまったく考えない社会になってしまった、と。財を残し、知恵を残し、言葉を残すということをしなくなった先に、いったい何がくるんだろう。「七世代先」のことまで考えていかなくては、みんな沈んでしまう。自戒をこめて。
この前から考えていた「かわいい=こわい」問題に対するヒントも。
鷲田「いまは、世の中にやたらかわいいキャラがあふれているけど、結局ああいうものは、想像力が一番乏しい。あのキャラクターが送ってくる電圧っていうのは、ほとんど均一ですよね。尖った議論であるとか、尖った感覚であるとか、拒絶の感覚であるとか、そういう強度の高いものを全部あらかじめシャットダウンするという感じがあります」
小沼「ある意味ではこの列島にずっとつながっているようなごまかしみたいな感じもありますよね」
かわいい=日本にずっとつながっているごまかし。
「かわいい」礼賛と、子孫を無視した国債発行やエネルギー浪費をしてしまうメンタリティは、一続きである。一見、乱暴に見えるが、いや、この視点も、あながち無視できないように感じる。
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「語る価値があるかどうかを知るには、その逆のことを言ってみる」
コリン・ジョイスの『「イギリス社会」入門 日本人に伝えたい本当の英国』(NHK出版新書)。以前の2冊で大ファンになり、新刊が出てすぐに買っておいたのだが、読了してしまうのがなんだかもったいなくてとっておいた(笑)。
やはりこの人の感覚はいいなあ。教条主義的なところはかけらもなく、ちょっと斜め後ろから、冷静に詳細に、人や社会を観察して、みんなが見ていながらはっきりと意識しなかったようなことを、すっと俎上に載せてくれる。ちょこっとユーモアのスパイスを添えて。
この本も、例によって高い観察力とまっとうなヒューマニティが駆使され、インテレクチュアルに、ユーモラスに、血の通った今のイギリスの姿を教えてくれる。
90年代のクールブリタニカのブームの描写も、とてもシブい。
「そのころ、ふつうならイギリスにはつけられないはずの形容詞がずっと聞こえていた。『モダンな』『ダイナミックな』『前進する』『革新的な』。イギリスは『リブランド(ブランド再生)』の真っ最中だという触れ込みを、さんざん聞かされた。
イギリスの著名なジャーナリストがこんなことを言っている。何かの事象に語る価値があるかどうかを知りたければ、その逆のことを言ってみて、ばかばかしく聞こえないかどうか確かめるといい。そのころイギリスに関して言われていたことについて、ぼくはこれを試してみた。『イギリスは遅れた国であり、活気が感じられず、二流国であることに甘んじ、独創的な考え方ができない』
(中略)ぼくは『ニュー・ブリテン』というコンセプト自体に疑いの目を向け始めた」
イギリスの話ではあるのだが、日本においてもあてはめうる議論もちりばめられている。たとえば19世紀に活躍した政治家、グラッドストーンについての記述。
「グラッドストーンはイギリス政治で重要であるべき原則を体現していたと思う。たとえばリーダーシップ(政治的な見返りは小さくても、価値ある原理原則を守ること)であり、健全な国家財政であり、外国との平和な関係である」
サウンドバイト(短くてキャッチーなフレーズ)を重視する政治戦についての揶揄も、どこの国にもあてはまりそう。
細かな情報がいちいちメモしたくなるほど興味深いが、それ以上にやはり、読後、「まっとうな感覚」の友人と会話を楽しんだような心地よさが得られるのがいい。
訳者が前の2冊から代わって、森田浩之さんになっている。前の谷岡健彦さんの訳もすばらしかったが、森田さんの訳もナチュラルにこなれていて、読みやすい。
3・11後の日本がコリンの目からどう見えるのか、聞いてみたい。
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「もっとも弱いものこそ、最強」
「芸術新潮」9月号がおもしろい。特集「ニッポンのかわいい」。
はにわから、仏像、国芳、春信を経て、中原淳一、内藤ルネ、水森亜土にいたり、ハローキティーで極まるまで。銀座松屋での「キティーアート」展に合わせた企画と見えるが、それだけに終わらない、渾身の特集。
ずっと「ニッポンのかわいい」絵を見ていると、だんだんこわくなってくる。このアピール、なんだろう。攻撃しませんよ、というオーラの集まりが逆にブキミになってくる、というか。
西洋的キュートだとすぐ忘れるけど、日本の「かわいい」には「私を覚えてて~」みたいなウェットなものが漂っていて、それがコワさになるのか?
女子美大教授、南嶌宏(みなみしま ひろし)さんの話に、その答えのヒントがあり。
「小さいから簡単にやっつけられるかというとそうではなくて、小さいゆえに絶対に乗り越えられない、そのような存在が放つ力、魅力、それを指し示す呪文が『かわいい』なのではないか」
「人類は、勝ち抜き、征服し、支配したいという意志を持って文化を形成してきました。しかし一方で、何か全く無抵抗なものに同化したい、弱々しいものに支配されたいという欲望も抱え込んでいる。20世紀のある時期以降の人間たちがどこか無意識に希求しているその思いが、『かわいい』によって救済されているのでしょう」
教授のとなりにフツーに座って、うなずきながら聞いているようなキティが、やっぱり「コワい」(笑)。
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原発問題とファストファッション工場問題
H&Mのカンボジア工場で働く、およそ300人の労働者が劣悪な状況下で倒れた、という記事。英「インデペンデント」29日付。
http://www.independent.co.uk/news/world/asia/hundreds-of-workers-collapse-at-cambodian-hampm-clothing-factory-2345537.html
2日間にわたって二度、トータル284人が気を失った。組合の代表は、工場の劣悪な状況を非難。「中はきわめて暑く、悪臭もひどく、工場からの煙も入ってくる」。それでめまいや頭痛が起きたり、息苦しくなるのだという。
一方、警察側は「集団ヒステリー」と。「一人が倒れると、他の人間まで気分が悪くなるのだ」。
International…
レトロな王道を演じるプロフェッショナリズム
素敵なバー体験、もう一軒は、木曜日に。新宿の京王プラザホテルの地下にある「ブリヤン(Brillant)」。本命は高層階の「ポールスター」だったが、いまは、金曜と土曜しか開けてないのだという。震災後の影響と、節電のため。だいぶ客足は戻ったそうだが、京王プラザにはバーが多いので、できるだけ電気や人手の無駄を省くためにこのようにしているとのこと。ホテル業界も必死にがんばっているのだ。
なぜ京王プラザかというと、2年ほど前にホテルバーメンズ協会主催のカクテルコンテストの審査員をしたときに、京王プラザが、歴代の優勝者を多数輩出していることで有名なホテルであることを知ったのである。そのときに私が花丸をつけたカクテル「紅(くれない)」も、ふたを開けてみると、京王プラザのバーテンダーが作ったものだった(彼はその年のチャンピオンになった)。
この日は、ホテルバーメンズ協会にも関わっている「日本マナープロトコール協会」の理事、明石伸子さんとともに訪れた。明石さんはお仕事柄、ホテルのバー事情に詳しく、ホテルマンにもお知り合いが多いので、さまざまなホテルのバーのスタイルの差異などを教えていただきながら、一味違ったバー体験を楽しむことができた。
京王プラザのバーテンダーは、一目で「あ、この人はバーテンダーだ」とわかる特徴的なヘアアスタイルをしている。なでつけた7×3分けか、リーゼント。やや時代遅れとも感じられる、このレトロなスタイルを守り続けることが、京王プラザの伝統のひとつ。
非日常的なバーという空間を演出するのにもっとも大切な要素は、「人」である。そこで働く「人」の独特のヘアスタイルは、プロ意識の証。そんな考え方が徹底しているので、レトロなスタイルが、いっそ、すがすがしく感じられる。
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